有名企業の社長も並ぶ「千葉スペシャル」代表・千葉尊さんの人間関係も磨く、靴磨き

アパレル大手のユナイテッドアローズの社長や、大手ディスプレイデザイン会社・乃村工藝社の会長など、有名企業の顧客を多数持つ靴磨きのスペシャリスト集団。それが「千葉スペシャル」です。

有名企業の社長も並ぶ「千葉スペシャル」代表・千葉尊さんの人間関係も磨く、靴磨き

アパレル大手のユナイテッドアローズの社長や、大手ディスプレイデザイン会社・乃村工藝社の会長など、有名企業の顧客を多数持つ靴磨きのスペシャリスト集団。それが「千葉スペシャル」です。

20年前に有楽町駅前の路上で営業をスタートさせたものの、あるとき規制によって閉店の危機に追い込まれます。そんな彼らの事業を再開させたのは、ファンである顧客たちの復活を望む声がきっかけでした。

現在は、有楽町・交通会館1Fの三省堂書店前の広場に店を構える千葉スペシャル。混雑時には15人ほどの行列になることもあるのだとか。今回は創業者の千葉尊さんに、千葉スペシャルのこれまでと、靴磨きに込める思いを伺いました。有名企業の社長までもを魅了する、納得の理由が明らかに!

靴が傷んでしまう従来の靴磨きにがくぜん。オリジナルの手法を開発


仙台の訓練学校の電気工事科を卒業し、電気関係の仕事に就いた千葉さん。その後、材木業、電気工事士、溶接工、製缶工と技術職を転々としてきたそうです。そして、これから何をすべきか考えあぐねていたとき、のちの師匠と偶然に出会い「靴磨き」を始めることに。それは千葉さんが41歳のときでした。

「客商売をしたいと思っていたのですが、一般的な商売だと横流しのものが多いじゃないですか。でも私は技術を生かせる客商売がしたかった。そのとき師匠に『靴磨き』を勧められ『それなら私の性に合っているはずだ』とピンときて、始めることにしたんです」(千葉尊さん:以下同じ)

靴磨きの技術について、熱心に心から楽しそうに教えてくださる千葉さん。


まずは師匠に手ほどきを受けながら、靴磨きの仕事を開始。勉強をするうちに市販の靴磨きクリームでは靴にダメージが出てしまうと知った千葉さんは、靴が長持ちするオリジナルクリームの開発に着手します。

「革靴を長持ちさせるには革を柔らかくすることが一番重要なのですが、市販のクリームを使うと革が硬くなってしまうのです。また防水スプレーなどのコーティング剤も、革の呼吸を妨げてしまう。だから靴磨きの材料から磨き方の手順まで、すべてを変える必要がありました。

これまでの職業柄もともと成分に関する知識があったので、それを生かし試行錯誤を繰り返すなかで、現在のオリジナルクリームや磨き方の手法を生み出すことができたのです」(同)

千葉さん開発のクリーム。ワゴンの中にはクリームが詰められた銀缶がぎっしり。


そのなかでももっとも画期的だったのが、「靴を磨く布を濡らす」ことだそう。

「それまでの靴磨きは乾いた布で拭くのが常識でした。でもあるときお客さんから『水で指を濡らして磨く靴磨きをする店があったんだけど、あそこはムラが出るからダメだよ』と聞き、パッと思いついたんです。布を均等に濡らして磨けばそれだけでツヤが出るし、キレイな状態が長持ちする方法ではないかと。

案の定これが大成功。一度の靴磨きで3カ月ほどツヤが保つようになり、その間にホコリがたまってもサッと水拭きをするだけでOK。そういった自己管理の簡単さもウリになり、お客様から好評をいただけるようになりました」(同)

わずか10分少々の靴磨きでキレイな状態が継続するうえ、靴も傷まず長く愛用できる。しかも価格はわずか1,100円。通常、鏡面仕上げの靴磨きは2,000円ほどが相場ですので、コストパフォーマンスも抜群です。こうした顧客目線の徹底したこだわりこそ、大企業の社長や経営者にも支持されている理由なのでしょう。

閉店の危機から交通会館の広告塔に! お客様に支えられて今がある


今でこそ顧客が絶えない人気店となった千葉スペシャルですが、一時、閉店の危機に追い込まれたことがありました。1997年から有楽町駅前の路上で営業をしていましたが、都条例の規制によって路上での商売を禁止されてしまったのです。

平日の午前10時にもかかわらず満席。


「路上がダメになったあとは車を駐車して営業していたのですが、それもダメだと言われてしまい……。それでも郵送で靴を送ってもらったり、自宅にお客さんを呼んでなんとか続けていました。不便をかけてでもわれわれを選んでくれるなんて、ありがたかったですね」(同)

そんななか、常連の顧客からの復活を望む声が日増しに膨れ上がり、その声が有楽町の交通会館にも伝わることに。思いがけず会館の幹部の方から「交通会館の広告塔になってほしい」との依頼を受け、有楽町での店舗復活が決まりました。

さらに千葉さんの常連だった、ユナイテッドアローズの重松会長からは蝶ネクタイとハンチング帽が目を引くおしゃれなユニフォームが、乃村工藝社の渡辺会長からはお客様用とスタッフ用のイス、道具箱の3点セットが好意で支給されたというから驚きです。

クラシックでおしゃれな制服とワゴン。このメガネも制服とセットなのだとか。


「私としてもなぜこのような展開になったのか、正直ワケが分かりませんでしたが、ただただうれしい、ありがたいという気持ちでいっぱいでした。

路上で営業をしていたときに『そろそろ顔を覚えてよ』とお客さんに言われてしまったことがあります。それからは心を入れ替えてお客さんと良い関係を築けるように努めてきたため、それが今の結果につながったのかもしれません。なんにせよ、お客様の支えのおかげで今があると思っています」(同)

一度は有楽町から強制退去されてしまった千葉スペシャルが、今では交通会館の“顔”として有楽町を盛り上げる存在になっているのですね。靴磨きの手法を熱く語る千葉さんの姿から、その気持ちがお客さんにしっかりと伝わっているのだろうと感じました。

情報をなんでもうのみにせず、疑問をとことん追求してほしい


千葉スペシャルの常連客は経営者の方が多いそうです。靴を大事にする人はどんな人なのかと尋ねたところ、千葉さんからこんな答えが返ってきました。

「うちに来てくださるお客様は、対人関係を重要視される方が多いですね。靴すら大事にできない人は対人関係を大事にするのは難しいと思います」(同)

よく「靴を見ればその人の人柄が分かる」などと言われますよね。どんなにすてきな人であっても靴が汚れていたら、「ダラシがなさそう」と印象はガクッと下がってしまうのかもしれません。

また靴磨き職人に向いているタイプは、「向上心がありお客様へ真心を尽くせる人」とのことでした。千葉さんご自身は物事をとことん突き詰める職人気質だそう。

寒い日でも、絶えずお客さんが訪れる。ひざ掛けをお渡しし、スーツが汚れないようにビニールをかける配慮も。


最後に、千葉さんの靴磨きに対する信念について伺いました。

「靴磨きに限らず仕事をするうえで大事にしているのは“情報の大元を知る”こと。本来、言葉の一つひとつには意味や成り立ちがあって、それを広辞苑や専門書などできちんと調べるべきなのです。たとえば靴磨きの『磨』という漢字は、『カビやホコリを削ってツヤを出すこと』を意味します。

靴を磨くという一見単純に見える行為であっても、本来の意味を知り、手法を試行錯誤することで、誰もまねできない独自の武器になります。若い皆さんも言われたことをそのまま受け止めるのではなく、小さな疑問を持ち、それを徹底して追求する気持ちを大事にしてほしいですね」(同)

靴磨きの時間は10分ほど。こちらのお客さんは八重洲の店舗にもよく行かれるのだとか。

 

お客さんを思って磨いた技術が、お客さんに選ばれ愛される


靴磨きのことを語らせたら右に出るものはいないというぐらい、熱心にインタビューに答えてくれた千葉さん。靴磨きのクオリティーの高さはもちろん、飾らない人柄も非常に魅力的で、千葉さんのこのざっくばらんな語り口調に有名企業の社長たちも心つかまれてしまったのかも、と思うほど。


取材に伺った平日は朝も風が強く寒い日だったにもかかわらず、途切れることなくサラリーマンが靴磨きに訪れていました。お客様にとって「良い」ものを常に追求し、技を磨きあげていく千葉スペシャルの姿勢には、私たちも見習うべきものがありそうです。

(取材・文:小林 香織)

識者プロフィール


千葉 尊(ちば・みこと)/千葉スペシャル 靴磨き 代表取締役(61歳)
宮城県の旧鹿島台で生まれ、地元の小中学校、仙台の職業訓練校を卒業。電気工・材木業・溶接工・製缶工・鍛冶鳶を経験し、その後、1997年5月靴磨きを始める。趣味 将棋・囲碁・ゴルフ。

千葉スペシャル:http://www.kotsukaikan.co.jp/clinic_service/service/307/


※この記事は2017/03/17にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています

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