これまでキャリアコンパスでは、「サッカー審判員」や「プロYouTuber」、「データサイエンティスト」、「スーツアクター」、「プロの紙芝居師」など多様な職業を紹介してきましたが、今回お届けするのは、ひよこのオス・メスを分別する初生ひな鑑別師です。
初生ひな(卵からかえったばかりのひよこ)のオス・メスを見分けるのは非常に難しく、そこには熟練の技術が必要とされるそうです。今回はそんな初生ひな鑑別師の業務や年収、やりがいなどを、全国初生ひな雌雄鑑別選手権大会で優勝経験を持つ鑑別師の三瓶琢郎さんに伺います。
日本発祥の伝統技術! 海外での仕事も多数
─初生ひな鑑別師は一般的にあまり知られていないお仕事だと思います。どのようなお仕事なのか教えてください。
三瓶琢郎(以下、三瓶):鶏のひな(ほかにも七面鳥やウズラ、アヒルなど)のオスとメスを見分ける専門職です。基本的には取引先から依頼を受け、そちらに出向き鑑別をします。
そもそもひな鑑別は日本発祥の技術で、そのニーズは海外にも及び、数十年前から今に至るまで、多数の日本人鑑別師がさまざまな国に派遣され活躍しています。
─日本発祥の技術だったのですね。三瓶さんが初生ひな鑑別師を志したきっかけはなんだったのでしょうか?
三瓶:鑑別師になる前は製薬会社で薬品の製造をしていたのですが、基本的にはマニュアルに沿った作業でした。しかしあるとき、社内でも特殊な製品を作る部門へ配属になりました。そこではほとんど自動化されていない装置を使い、あらゆることに対して自分の感覚を使い臨機応変に対応する必要がありました。そんな環境で仕事をしていて、自分の感覚を駆使して仕事をする面白さに気づいたんです。
そんな折、たまたま書店で手に取った資格取得案内の本で鑑別師を見つけ、直感的に「面白そう!」と思い、初生ひな鑑別師を目指しました。
─どのようなステップを踏めば、プロの初生ひな鑑別師になれるでしょうか?
三瓶:一般的なアプローチとしては、まず畜産技術協会の初生ひな鑑別師養成所の入所試験を受け、それに合格したら5カ月の講習を受けます。その後、鑑別師協会のあっせんで国内の現場に研修生として受け入れてもらい、そこで先輩鑑別師の指導を受けながら技術取得に励みます。
そのなかで予備考査・高等考査の2つの試験に合格すれば、晴れて資格取得となります。資格取得後も研修生として技術向上に努めながら、協会からの派遣要請を待ちます。派遣要請を受け、その派遣先と契約を結んだら、そこからプロの鑑別師としてスタートとなります。
早ければ朝2時半に起床
─養成所に通うことと、資格の取得が必要なのですね。それでは、初生ひな鑑別師の一日の働き方を教えてください。
三瓶:その日の現場や鑑別するひなの量によって、入り時間や終わりの時間はだいぶ違うのですが、共通しているのは朝が早いということですね。私の場合、最も早い現場ですと、朝2時半ごろに起床します。われわれが扱っているのは生き物なので、できるだけ早く農場に搬入する必要があるんです。
また、鑑別が終わらなければ、仕分け後の作業に遅れを来してしまうので、必然的に鑑別の仕事開始は早くなってしまうんです。
一日の主な仕事内容としては……基本的にわれわれはただひたすら鑑別をするのみです!(笑)。ただ、現場が遠方ですと長距離運転が必要になるので、それも仕事のうちになりますかね。
昔は一獲千金を目指す人が鑑別師を志した
─かつてと現在の初生ひな鑑別師に仕事の違いはありますか?
三瓶:「初生ひな鑑別師といえば高給取り!」……といううわさを今でも耳にすることがありますが、先輩方の話を聞くと、実際にそういう時代もあったようです。ひな鑑別は日本発祥の技術で、昔は日本人の専売特許でしたからね。それこそ1ドル360円のころなどは、貴重な外貨の稼ぎ手として重要な役割を担っていたようで、「年末には大使館の人が菓子折りを持ってきた」なんてことも聞きました。
そんな時代ですから一獲千金を目指して鑑別師を志す人も多かったみたいです。当時はいろいろな国に大小さまざまな現場があり、鑑別師もその動向に合わせて、何年かごとにあちこち拠点を移りながら仕事をするスタイルが一般的であったようです。
また数多くの現場での仕事をこなすために、2日くらい徹夜で作業をすることもしばしばだったとのことです。高給取りだった背景には、単純にものすごい仕事量をこなしていたということもあるようですね。
現在は、鑑別師による鑑別の必要なひなの種類が減ったことや、取引先である養鶏業界の経営統合や現場の大規模化も進み、仕事自体の絶対数は昔に比べ少なくなりました。
なので、鑑別師側もひとつの拠点に長い間腰を据えて仕事をするスタイルが一般的になってきています。収入面で「一獲千金を目指して!」って人も、今はあまり見受けられないですね。
それと、昔と大きく変わった点としては、韓国にも鑑別技術が伝わり、韓国人鑑別師も多くなったことです。海外の現場は韓国人鑑別師と協力して仕事をするのが普通になっています。
─現在の初生ひな鑑別師の平均的な年収はいくらくらいなのですか?
三瓶:近年は国内外合わせて平均で500~600万円くらいだと聞いています。ただその年や場所によってもピンキリですし、同じ場所でも鑑別師の技術次第で、収入にも幅が出てきます。そのへんはやはりシビアな側面もあります。
実は自由でグローバルな仕事!?
─初生ひな鑑別師になるメリット、デメリットを教えてください。
三瓶:メリットは働き方の自由度の高さです。鑑別師は基本的に個人事業主ですので、仕事に関してはある程度自分のペースや都合ですることができます。
また、労働ビザをもらって海外で働くことができるのも大きな魅力でしょうね。実際に海外で働くことが目的で鑑別師を目指す人も多いです。
それと、個人的な意見かもしれませんが、必要な数の鑑別が終わった時点で全ての業務は終了ですので、即帰宅できます。サラリーマン勤めをしていた身としては、この「残業無し」というのはすごく気に入っています(笑)。
逆にデメリットは、メリットの裏返しですが、不安定さやリスクですかね。ひな鑑別自体はあまりにも専門的過ぎて、ほかの仕事に応用が利く技術でもないので、ほかの仕事に転職しても直接は生かせません。
─それでは、初生ひな鑑別師としてやりがいを感じる瞬間はどんなときですか?
三瓶:今は日本で仕事をしていますが、以前は海外で仕事をしていました。そのときの、腕一本でさまざまな国や現場を渡り歩いて、腕を振るう感覚には、なかなかの充実感を覚えました。
それと、われわれは技術を提供するサービス業ですので、良い仕事をして取引先に喜んでいただけたときは、純粋にやりがいを感じますね。
─逆に「これはしんどいな」ということはなんでしたか?
三瓶:しんどいことは、まぁいろいろとあるのですが……(笑)。やっぱり作業が長時間に及んでくると単純にしんどいですね……。
孵化してから時間が経つほど、ひなの状態は悪くなっていくのですが、その状態に比例して鑑別も難しくなっていきます。当然、仕事の時間が長くなればなるほど人間も疲労しますので、集中力を保つのもひと苦労です。
また、同じ姿勢で同じ作業をするのはキャリアを積めばだんだんと慣れてはきますが、それでも十数時間ともなるとやっぱりなかなかの苦行ではあります(笑)。
向いているのは「職人×アスリート」の気質を持つ人
─初生ひな鑑別師の仕事は、どのような人におすすめのお仕事ですか?
三瓶:ひとつのことを突き詰めることに面白さを感じる人や、地道な作業をコツコツとやり続け、結果を出すことに喜びを感じる人などには向いているのではないでしょうか。
あくまでも私見ではありますが、鑑別は“職人とアスリートを足して2で割ったような職業”だと思っています。「己の体と感覚で、スピードと正確さを追求する」といった作業にはアスリート的な側面があります。また、鑑別という仕事において一番重要なのは、商品であるひよこを鑑別で殺さない、傷めないということです。こうした「ひなのダメージに配慮する」ことは、速さや正確さとともに鑑別技術を構成する大切な要素であり、職人としての領分ではなかろうかと思います。
そのため、ひたすら速さや正確さといった数字を求めていくアスリート的な追求と、数値化できない職人的な配慮、これらふたつの気質を持っていれば、鑑別の面白さや奥深さにけっこうハマるかもしれません。
─今後、初生ひな鑑別師という職業はどのように変化していくと思いますか?
三瓶:初生ひな鑑別という仕事は、養鶏業界の中でもすごく特殊で、地味な仕事ではありますが、とても重要な役割を持っていると思います。人の手でのみ可能な技術である以上は、これからも確かな技術を求められながら、生き残っていく仕事でしょう。ただ、変化していく業界にきちんと寄り添えるように、柔軟な思考と姿勢も持っていないといけないのではないでしょうか。
─三瓶さんは鑑別選手権大会で優勝されたそうですが、どのような大会なのか、審査内容など教えてください。
三瓶:この大会は鑑別技術の向上と普及を目的に、年1回開催され、国内外から多数の鑑別師が参加し、持ち前の技術を披露します。100羽のひなを鑑別し、その正確さとスピードを競い、優勝者には「農林水産大臣賞」のほか、多数の褒賞が贈られます。
“世界有数の地味さ”を誇るこの職業の(笑)、唯一と言っていい晴れの舞台がこの大会です。
自分が優勝したときの心境は「よもやのまさか!」というのが率直なところです。
ですが、優勝という結果を手にしたのは事実ですので、その結果に見合った技術者であれるように、「今後も精進を重ねていかなければならない」と、この結果を仕事の励みにしています。
まとめ
ロボットが普及し、さまざまな仕事がオートメーション化されてきていますが、初生ひな鑑別師は機械でも不可能な日本の伝統的な技術であることが分かりました。
皆さんももし、日本の伝統技術を生かしてグローバルに働きたいと思っているなら、初生ひな鑑別師になることを目指してみてはいかがでしょうか?
※この記事は2016/01/25にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています
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