自分らしいキャリアをデザインする極意とは? ーTWDW2014「常識をブッ飛ばせ、オンリーワンキャリアの作り方」レポート

国内最大級の働き方の祭典「TOKYO WORK DESIGN WEEK 2014」が、11/19-25の7日間に渡って開催されました。

自分らしいキャリアをデザインする極意とは? ーTWDW2014「常識をブッ飛ばせ、オンリーワンキャリアの作り方」レポート

国内最大級の働き方の祭典「TOKYO WORK DESIGN WEEK 2014」が、11/19-25の7日間に渡って開催されました。

キャリアコンパス編集部は「常識をブッ飛ばせ、オンリーワンキャリアの作り方」というプログラムに潜入取材! 独自のキャリアを歩んでいる3人のビジネスパーソンが語る、自分らしいキャリアをデザインする極意を皆さんにレポートします!

イベント名
「常識をブッ飛ばせ、オンリーワンキャリアの作り方」

登壇者
岡本 拓也(ソーシャルベンチャーパートナーズ東京代表、NPO法人カタリバ常務理事)
森山 和彦(株式会社CRAZY代表取締役社長)
山崎 大祐(株式会社マザーハウス取締役副社長)

3人のオンリーワンキャリア


山崎さん:まず今日登壇する3人はどのようなキャリアを積んできたのか、それぞれ紹介していきたいと思います。まず僕は、「途上国から世界に通用するブランドを作る」という理念のもと、9年前に山口絵理子と一緒に作った「マザーハウス」という会社で副社長をしています。マザーハウスは、バングラデシュでバッグを作り、ネパールでストールを作っている会社です。現地の素材を使って、現地の人たちの可能性を信じてものづくりを行っています。

以前は「資本主義を変えたい」という思いから、ゴールドマン・サックスでエコノミストをやっていました。学生時代に訪れたベトナムで、日本の子どもと比べ、現地の子どもたちが元気に走り回り、目を輝かせて夢を語る姿を目の当たりにし、「豊かさとは何か」と考え始めました。その後、どんなに現地でがんばっている人たちがいても、金融危機の一発で人々の生活が変わってしまうことに気付きました。「やはりいまの資本主義の流れは違うのでは?」と思い、「それなら金融のど真ん中に行こう」と前の会社を選んだんです。


でも、向いている仕事と好きな仕事は違うんです。エコノミストは向いていたけど、上司を見て「将来この人になりたいわけじゃない」と思いました。そんななか、4年目に3つの出会いがありました。1つ目がマザーハウス。大学の後輩である山口と、二人でお金を出し合って会社を作りました。1か月に10個しかバッグが売れませんでしたが、大学の同期に声をかけてプロボノ的に手伝ってもらったりして、やはり目的を持って仕事するのは楽しいと思いました。

2つ目の出会いが堀江貴文さん。当時僕はエコノミストとしてお会いしたのですが、驚いたのは金融やITの知識がスゴいこと。当時注目のビジネスを聞くと、彼はミドリムシだと。「ミドリムシを培養して途上国に売るんだ」と言っていて、衝撃でした。世の中に必要なものを、固定観念なく提供するのが経営者の仕事だと、初めて知りました。

3つ目が百貨店にマザーハウスのバッグを出せたこと。物を売るのは余裕だと思っていたんですが、売れないんです。「売る」のが大変だということを知らなかった。そこで初めて、僕は「エコノミストで社会に役立つ人間になれるのか」と考えるようになりました。それで、すぱっと会社を辞めてマザーハウスに入ったんです。

岡本さん:現在はソーシャルベンチャー・パートナーズ東京(SVP東京)の代表理事と、カタリバの常務理事および事務局長をやっています。SVP東京は、社会的な課題の解決に取り組む革新的な事業に対して、資金の提供と、パートナーによる経営支援を行うNPOです。また認定NPO法人カタリバは、高校生を対象にした「カタリ場」という、学生のボランティアスタッフが中心となって高校生と本音で語り合う授業を運営しています。

僕はもともと外資系コンサルティング企業にいて、企業再生の仕事をしていました。その前は公認会計士でした。ビジネスの世界にいたあと、ソーシャルな世界に入ったんです。

16年前に、学校を1年間休学して海外を旅したことがあります。そのとき、最後に訪れたバングラデシュで、小口の金融で貧困問題を解決する「マイクロクレジット」と出会い、感動しました。それまでビジネスと社会貢献は別物だと思っていたのがつながったんです。また、放浪を通して自分自身力をつけたいと思ったこともあり、その後3年かけて公認会計士の資格を取り、企業再生の分野に入りました。


しかし29歳のとき「そもそも俺なにがやりたかったんだっけ?」と思い始めました。そこで出会ったのがSVP東京です。SVP東京を知って、プロボノをやりながら本業をやる決意をしました。しかし次第に社会的な仕事に脳内シェアを奪われていき、一方で本業から給料をもらっていて、いちばんいい時間を使っている、ということに矛盾を感じて、「好きなことをやろう」と2010年に決意。2011年2月に前の会社を辞め、SVP東京で働くようになると同時に、カタリバも週に2回くらい理事として関わるようになりました。現在はSVP東京の代表と、カタリ場の事務局長になりました。いま自分のキャリアはソーシャルビジネスに特化しています。

振り返ると、「自分の貴重な人生の時間を何に使うのか?」という問いを突き詰めた結果、いまの自分があると思います。ここが自分の大きな軸です。正直キャリアとか成長とか最後はあまり考えていなくて、この問いに真摯に向き合ってきたんです。

森山さん:僕はいま「crazy wedding」という、オリジナルの結婚式をプロデュースする事業をしています。日本一クリエイティブで自由な結婚式をやっています。

以前は人材教育研修や経営のコンサルティングの会社で、新卒から6年半、毎日20時間働いていました。そのあと1年半世界旅行をしました。その後株式会社UNITED STYLE(現、株式会社CRAZY)という会社を妻と立ち上げて、いま2年とちょっとですね。僕のなかで2,000社起こそうという目標をもともと思っていたので、また来年も会社を起こしていくつもりです。

僕には「私は何者か」という座右の問いがあります。僕は変態なので(笑)、これまで100万回以上問いかけました。1日20時間働いていて、苦しいときは公園でブランコをこぎながら、この問いを自分に投げかけたんです。すると「私は世界一の経営者だ」という答えが出る。するとまた「世界一の経営者だったらどうするか」という問いが出てきて、「じゃあこうするだろう!」と答えが出てくる。それを6年半毎日やっていました。

でもあるとき、違う質問が降りてきたんです。「僕たちはいったいどこに向かっているんだろう」。この問いに打ちのめされました。日本の国の借金が1千兆円あるなかで、このまま日本経済が進んでいったらどうなるか。自分はこんな仕事をしていていいのだろうかと考えました。当時の会社はコンサルだったので、どうやったら物が売れるかという話を経営者にしていました。よく学生の説明会のワークショップで、「晴れの日にどうやって傘を売りましょう?」というマーケティングの問題があるんです。僕は「晴れの日に傘いらねーよ」と。「なんで需要を生む必要があるの? 地球環境に悪いでしょ」と思ってしまったんです。


そんな問いがきちゃったから6か月悩みつくして。あるとき、ベッドサイドで「地球が喜ぶ仕事がしたい」という言葉が浮かんだんです。雷に打たれたように感じました。「これしかない!」と思い、ビジネスモデルも何も無いなかで会社を辞めました。その後友達や母から借金をして、1年世界各地を放浪しました。そうして「僕はこういう社会を作り出したい」というものを1年かけて作り出して、いまの会社があります。

「クレイジー」という名前にもあるように、世の中の人が求めているものは「熱狂」だと思うんです。モノではなく「状態」が欲しい。何かに夢中になっていたい。それはお金や成長でなく、もっと本質的なものだと思うんです。それをビジネスで提供できたらと思っています。

自分を支える原体験


山崎さん:お話しを聞いていると、共通点として3人とも自分に自信を持っているように思います。自分を支えてくれる原体験が何かあるのでしょうか?

岡本さん:本質的に自分を突き動かしてるのは、「希望」や「可能性を信じる」ということですね。ちょっと前まで「怒り」がないことにコンプレックスを感じていたんです。でも最近は「希望」や「可能性」のほうがサスティナブル(持続可能)だし、そっちのほうが楽しいし、そういうふうに動く方がもっとボトムアップで世の中が良くなる。僕は「怒り」よりも「希望」で突き動かされますね。

森山さん:原体験は母ですね。僕は小学校3年生まで登校拒否だったんです。いじめられていないけど、学校に行くのが嫌だった。でも母は僕を怒らず、可能性を信じてくれた。いまでも覚えている原風景があって、僕の家の前は200mくらいの直線の道なのですが、家を出て後ろ振り返ると母がいて、角を曲がって振り返ると母がいて、途中座り込んじゃったりすると母が一緒についてきてくれて、校長室で麦茶を飲んで……みたいな。母が登校を見守ってくれたんです。「だいじょうぶだよ、できるよ」と言ってくれた。その経験があるから、僕は母の人生も自分の人生も肯定したい。その体験と社会人のときに向き合って、昔から「世界一の経営者になりたい」と思っていたので、やるんならやろうと思ったんです。それまでは普通すぎてコンプレックスだったのですが、それから一気に変わりました。


山崎さん:人は変わるんですよね。僕も高校までゲーセン三昧で、やりたいことは何もなかったんです。でもどこかで信じた瞬間に、いまの社会ってドライブがかかるというか、変わるんですよね。だから信じたもん勝ちみたいなところがあります。

モチベーションを高めるもの


山崎さん:人ってあんまり強くないじゃないですか。そんななかで成功する人の共通項は、自分の気持ちが落ちたときに向き合う方法を知っていることだと思います。誰でも弱気になることがありますけど、そんなときに気持ちを高めてくれるものは何かありますか?

森山さん:本当におすすめなものがあって、漫画です。僕は会社の近くのコンビニでジャンプ、マガジン、ヤングジャンプ、ヤングマガジンを立ち読みしてるんです。主人公がかっこいいんですね。昔なりたかった姿なんです。友達を大切にして、権力にも負けないし。彼らを見ているとモチベーションが高まります。

岡本さん:僕は一人でできることは限られていると思っていて、やはり仲間の存在にはずっと救われてきました。アフリカの言葉で「はやく行きたければひとりで行け、遠くに行きたければみんなで行け」というものがあります。結構いい言葉だと思っていて。僕は自分がカリスマではないので、みんなでやっていくと遠くに行けるなと思います。

山崎さん:その気持ちすごく分かります。僕はすごく弱い人間で、サボリたがりだし楽しいこと大好きなんです。だから僕の場合、口に出して「これをやる」と言っちゃうんです。口に出すとやらざるを得ないじゃないですか。あとは何度もこの会社を辞めようと思ったけど、辞めたほうが楽なんです。でも辞めた先には自分の楽しさしかなくて、何かやろうとすると絶対仲間がいるんですよ。逆に言うと、絶対に自分一人で戦おうとしちゃいけなくて。みんな強くないですから。

キャリアチェンジするときの恐怖心


山崎さん:キャリアチェンジするときに恐怖心は無かったのですか?

森山さん:「辞めるハイ」だったのかも(笑)。辞めたときは気持ちが高揚していましたね。ただ現実って待っているので、ほんと大変だったんです。「僕は世界を変える会社を作るんだ」ということを思っても、いろいろビジネスモデルとかを調べていくと「できなそうだな……」と思えてくるんです。辞めたあとに不安になりましたね。でもいま思えば辞めて良かったです。

岡本さん:前の仕事を辞めて、めちゃくちゃ給料が下がりました。それに、会社として誰一人理解してくれなかった。「NPOって何?」みたいな。ほんとに大変だったんです。1年間すごく悩んで、「自分が何をやりたいのか」と内省しました。でも考えすぎると、どうでもよくなるんですね。どうでもよくなったときにふと降りてくるのが、自分が本当にやりたいことなんです。僕はプロボノと本業をギリギリまで両方やろうとしたけど、体調を崩しました。寝込んでいるときに「もういいや、好きなことをやろう」と。そうしないと10年後に後悔すると思いました。決断したら、もうやるしかない。あのときはNPOで食えるなんて思っていないし、震災がくることももちろん知らないし、ソーシャルなんてまだまだだったけど、あのときに辞めていなかったら後悔していました。


山崎さん:僕は前の会社を辞めて5年くらいして、失ったものの大きさに気付きました。辞めるときは、失うものの大きさって分からなかったです。1社目の会社しか知らないと分からない。あの年齢でいくらの年収をもらって、あの部署で仕事させてもらえていたことを失った大きさって、いまになって分かります。でも分からなくていいこともある。やっちゃったらやるしかないんです。ただひとつだけ言えるのは、努力すれば絶対にかたちになるんです。

キャリア戦略を考えるときのリスクヘッジ


山崎さん:キャリア戦略を考えたときに、リスクヘッジとしてやったことは何かありますか?

森山さん:僕はキャリア戦略上、自分に力があることが大事だと思います。そのためにはいまの仕事に両足を突っ込まないと、自分に力もつきません。仕事に片足しか突っ込まないから、何も力がつかないジョブホッパーっているんですよ。これは絶対いい仕事ができない。片足を突っ込んで働くことほど、無惨な結果をもたらすものはない。仕事は無機質なので、それ自体が「面白い」「面白くない」なんてないじゃないですか。自分で仕事を「楽しむ」という点は、どの会社に行っても変わらないんです。だからまず両足をぶちこんで、「この会社が大好きなんだ」「この仕事が大好きなんだ」と思うことです。なので僕がおすすめするのは、そのときの仕事に両足を突っ込んで没頭するということです。

岡本さん:僕も森山さんと共感するのは、本業で評価されない人はプロボノをやっても価値を出せないんですよね。プロボノのNPOも人生を懸けてやっている。そんな人に「助けてあげる」といっても信用されないんです。僕もカタリバの代表である今村久美さんに、「中途半端な関わりならいりません」と言われて。最初はとにかく信頼を築くところからスタートしたんです。

とはいえ森山さんと逆なのは、「それが本当にやりたいことなのか」ということは慎重に見極めた方がいいと思います。本当にそれがやりたいことなのかは、その世界に入ってみないと分からない。NPOはビジネスとはかなり違う世界なので、そこに入る前にその世界を知るためにプロボノをやるのはおすすめです。ただ、入るときはそれまでのキャリアは捨てる。でも捨てたものもあとで戻ってくるんです。必ずどこかで役に立つんです。

山崎さん:いまお二人が言ったことの共通点でもあるのですが、やっぱり本気でやらなきゃだめですね。本気でやったことは絶対うそをつかない。僕もゴールドマン・サックスからマザーハウスを始めたときに、店頭に立ってダンボールの上げ下げやって、でも売れないんです。エコノミストのスキルなんて関係ないんです。それでも、本気でやるとどんな仕事もできるようになる。で、そこから4年5年経つと会社が大きくなって、ファイナンスが重要になるんです。そうすると、前の会社でやっていたことが役に立った。やっぱ真剣にやっていて良かったと思いました。それぞれのところで真剣にやることが大事なんです。


山崎さん:僕の方でもうひとつ加えさせてもらうと、やはりキャリアの戦略を立てることが大事だと起業してから思ったんです。特に女性はリアルです。たとえば女性が26、7歳で会社を辞め、そこから起業して5年間頑張って、ようやく会社が軌道に乗り始めたときに、ライフプランとキャリアプランが重なって、100%働くことが難しくなることがあります。ライフプランとキャリアプランは違うんです。僕は起業したい人に聞くのはライフプランなんです。100%やりたいことをやれる時間ってライフプランのなかで限られています。僕が早く起業して良かったのは、自分のライフプランの心配をせずに100%やれたことです。

それぞれオンリーワンのキャリアを築いてきた3人の登壇者。しかし今回のトークセッションから、「自分を支える原体験がある」「気持ちが落ちたときにモチベーションを上げる方法を知っている」「辞めるときは恐怖心があっても辞める」「そのときの仕事を本気でやる」といった共通項が見えてきました。こうした自分らしいキャリアをデザインする極意を、ぜひ皆さんも参考にしてみてはいかがでしょう。


※この記事は2014/12/08にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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