突然ですが、あなたが最後に“漏らしてしまった”経験はいつだったでしょうか?
幼いころに誰しもが経験したであろうそのときの感覚や気持ちを思い出すと、なんともやりきれない気分になるかもしれません。
トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社の代表取締役・中西敦士さんは、自身の「漏らしてしまった」経験をもとに、排泄予知デバイス「DFree」を考案し開発。このデバイスは単なる排泄予知による介護現場の業務の効率化にとどまらず、排泄介助が必要な人でも安心して日常が楽しめる可能性を与え、日本だけでなく世界中から熱視線を集めています。
今後の“人の生き方”までもを変えるかもしれない大きな可能性を秘めた「DFree」、その魅力について取材しました。
「10分後にうんこが出ます」…!?
陳列された本の中に思わず目を奪われてしまうストレートなタイトル。中西さんの著書『10分後にうんこが出ます』は、DFreeの涙ぐましい開発秘話を明かした一冊であり、DFreeの機能を一言で説明するコピーでもあります。
DFreeは、超音波で膀胱や腸の膨らみ具合を検知し、スマートフォン専用アプリで排尿・排便のタイミングを知らせてくれるウェアラブルのデバイス。膀胱や腸に排泄物が溜まり、排出される経過のデータを記録・蓄積していくことで、コンピューターが学習し、次に尿意・便意を感じるまでの時間を予測して教えてくれます。
使い方はとても簡単。電源を入れて、ジェルを塗って下腹部の上にテープで貼る、たったそれだけ。
介護施設で使われることを想定していて、排尿対応の製品としてスタートしました。さらに排便対応モデルも今年中には商品化のめどが立っているといいます。
「排泄」の悩みは人に相談しづらいとてもナイーブな問題。しかし、いつかは突破口を見つけないと明るい未来はやってきません。ただ、対象物は「排泄」。手をつけようにもそうそう簡単には手は出せないし、若い20代の方は気持ちが引けてしまう課題でしょう。
そんな中、中西さんはなぜこのDFreeの開発に着手しようと思ったのでしょうか?
バークレーで衝撃の事件が勃発!!
大学の商業学部を卒業後、コンサルティング会社に入社。その後、事業立ち上げの経験を得るため青年海外協力隊に参加し、ビジネスを学ぶために2013年、アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校へ留学した中西さん。当時29歳だった彼は、留学先で忘れもしない“運命の日”を迎えることになります。
ある日、当時住んでいたところから徒歩30分ほどの場所にあるバークレーの新しいアパートに引っ越しすることになった中西さん。荷物も少なかったため、徒歩で軽く2往復もすれば荷物を運べるだろう、そう予想していたそうですが…。
「引っ越しの日の朝に冷蔵庫の中の余りものを全部食べたんです。それでおなかを下したんでしょうね。2往復目の道中で我慢できず、うんこを漏らしてしまったんです(笑)」
「あかん、やってもうた…」。
この“大事件”のせいで、しばらくは「また漏らしてしまうのではないか」という不安が彼を襲い、せっかくの留学先で外出ができなくなってしまうほど精神的にまいってしまったそう。
「うんこなんて、なくなればいいのに!」。
そう強く願ったそうですが、それはさすがに人間の体のしくみからして不可能なこと。ならばいかにしてこの悩みを解決できるだろうか? その探究心とこの“運命のお漏らし体験”こそが「DFree」誕生のきっかけとなり、プロジェクトは走り出しました。
中西さんが「DFree」の構想をインターン先のベンチャーキャピタルでプレゼンしたところ、なんと絶賛を浴びることに。そこで手応えを感じ、7万円だけを資金に2014年5月にバークレーで会社を設立します。
実際に「DFree」が市場で受け入れられる可能性があるかどうかを調査すると、「アメリカのシニアは4300万人、日本のシニアは3200万人」「日本の大人のおむつユーザーは200万人以上」「排泄ケアは介護で一番つらい仕事である」という事実が見えてきました。
--もっと精神的に、排泄の悩みを軽減できる施策があるんじゃないだろうか?--
「漏らしてしまうことは、人間の尊厳に深く関わる問題です。『これは間違いなく世の中が必要としている製品だ』そう確信しました」
「え?そこにソーセージ…」?? 涙ぐましい開発エピソード
vこのビジネスに賛同してくれた旧知の友人や優秀なエンジニアたちを巻き込み、まずはプロトタイプの開発を行うことになった中西さん。それは「超音波のセンサーをベルトに付けて直腸の膨らみを検知し、便意を知らせる」というシンプルなものでしたが、資金調達はもちろん、“超音波装置のウェアラブル化は前代未聞”ということから、開発には並々ならぬ苦労と努力があったそう。
「まず、超音波装置でどこが膀胱でどこが直腸か、画像で確認する必要がありました。そこで、膀胱の様子をよりはっきり確認するために、コーヒーを1日に3リットル飲んだり、直腸の場所を画像で見つけるために、肛門からソーセージを突っ込んだりしてね…身をていして開発にあたったわけです」
こう聞いただけでも、体を張った開発者たちの血のにじむような努力が伝わります。開発期間中は“大惨事”を未然に防ぐため、全員おむつを着用して挑んでいたのだとか。
「排泄物で汚れて壊れないかを確認するためにも、故意に漏らしたりすることもありました」と中西さん。
そのほか、1度の排泄でどれだけの量の排泄物が出るか計測し、次の尿意や便意が来るまでのデータを記録し続けるなど、地道なデータ取りの積み重ねにより今日の「DFree」が完成したのです。
それから「DFree」のプロトタイプを介護施設に試験導入して実際の入居者の排泄データを取り始めます。
介護する側もされる側もハッピーに
実際に介護の現場に出向いて分かったことはたくさんありました。介護士からは聞こえたのはこんな声でした。
「効率化のため時間で決められたトイレ誘導のほとんどは“空振り”に終わり、漏らしてしまう。結果、おむつ交換に時間がかかり非効率に変わる」「漏らすとしょんぼり落ち込んでしまってご飯を食べなくなる」
結果、繊維質が減るため排泄のタイミングが不規則になったり、食事の場でのコミュニケーション不足で認知症のリスクが高まってしまうかもしれません。
排泄を予測することで、漏らす回数を減らすことができます。すると、おむつゴミが減り廃棄の負担は減る。感染症のリスクも軽減できるし、認知症の予防にもつながるかもしれません。介護する側とされる側で良いサイクルが生まれるんです。
人間としての尊厳を守り、介護する側もされる側もハッピーにしたいですね」
実際にDFreeを使った方からは、こんな声も届いたそうです。
「足腰が弱って自力でトイレに行けなくなってしまったお年寄りの方がいらっしゃって、『漏らしたくないから外にも出たくない』という心身状態になってしまっていたそうです。漏らしてしまうかもしれない。誰にもその姿を見られたくない。それは言葉にはできない、奥深い悩みです。
そしてその不安から30分に1回、日中だけで20回もナースコールを押すようになってしまった。でもDFreeを使って尿意を“見える化”したことで、ナースコールは日中5回ほどに激減し、介護士も本人も安心感が生まれたと言っていました。本当にうれしかったですね。
外出に対する不安は消えて自信を取り戻し、『野球を見に行きたい!』と笑顔で話していたのが印象深いです」
「楽しく生き抜く」社会を実現したい
排泄と介護の悩みを抱えている人がいるのは、日本のみならず世界に共通するもの。しかし、介護のしくみが整っている国は世界中で日本を含めてごく一部のため、海外からの問い合わせも多いといいます。
「超音波診断装置は、肝臓や腎臓など体内のさまざまな器官を安全に見ることができます。血圧・脈拍・体温だけでは分からないこともいろいろと分かるので、要介護になる前の予防に対する応用が期待できます。あと、空腹などの感覚的なものも、数値化して“見える化”することができたら食事管理もできますよね。
自分の体調を管理するためにも、超音波を活用したウェアラブルデバイスがもっと身近になる未来はそう遠くないのでは」
そう語る中西さんが最終的に目指すのは、「寿命」の予測だといいます。寿命が明確になれば、寿命が不透明だからこそ存在する年金制度や生命保険というしくみに大革命が起きるかも、と中西さん。最後に、私たちがこれから生きる未来へ希望を込めて、このように締めくくってくださいました。
「介護が大変で、手が離れたときにホッと胸をなで下ろすなんて、なんか不幸なことじゃないですか。『家族や周りの人に迷惑かけている』という気持ちで人生の最後が終わるのではなく、もし自分の寿命が分かったらその3年前から毎日スナックに通って『ああ楽しい人生だった!』って大きな声で言いたいんです(笑)。
今このときから最後の瞬間まで自分の時間を大切にして存分に生きることを楽しむ。そんな社会を実現したい。そうすれば、毎日を生きるモチベーションがもっともっと上がっていくと思いませんか?」
目を背けないで問題へと突き進む。そこに成功が待っている
バークレーでの“悲劇”から「DFree」開発までの道のりを、包み隠さず前向きに話してくれた中西さん。漏らしてしまうつらさを痛感し、それを解決しようとお尻を痛めつけながら中西さんたちが作り上げたデバイスが、現在、排泄に関して悩み続けてきた人たちの救いとなりつつあります。
排泄の問題は誰もがいつかは直面する問題。「見たくない」「考えたくない」と目をそらし続けては解決できません。そんな「汚れ仕事」にテクノロジーの力で立ち向かい、「人が幸せに生き抜く」ための手助けをしている中西さんは紛れもなくスーパーヒーロー。中西さんたちの手がけた「楽しく生きる」ためのデバイスたちは、今後わたしたちの生活をより生き生きとサポートしてくれているに違いありません。
(取材・文/ケンジパーマ)
識者プロフィール
中西敦士(なかにし・あつし)
兵庫県明石市出身、慶應義塾大学卒業。会社員や青年海外協力隊を経てUC Berkeley MBTプログラム修了後独立。2015年トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社設立。
※この記事は2017/04/24にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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