「ギネス世界記録(TM)」は、ギネスワールドレコーズ社の中の記録管理部(記録の調査、登録、管理、ルール作成を行うチーム)で活躍する“公式認定員”により、全世界同一ルールのもと認定されます。
本社のロンドンをはじめ、ニューヨーク、ドバイ、中国、そして日本と世界中に支社を持つ同社は、連日世界中の「世界一」の瞬間を計測しているのです。
今回は日本人初の公式認定員で、10年のキャリアを持つ石川佳織さんに、知られざる“公式認定員”という仕事内容について伺いました!
きっかけはブリティッシュ音楽
―石川さんは、なぜギネス世界記録公式認定員の仕事を選ばれたのですか?
もともとビートルズなどのブリティッシュ音楽が好きで、イギリスという国に興味を持っていました。その影響もあって、大学生のころに交換留学で1年間イギリスのマンチェスターにある大学に在学したのです。大学卒業後は日本で就職しましたが、もう一度イギリスに行ってみたくて。転職してロンドンの大英博物館で日本人観光客向けに案内の仕事をしていました。
ある日、ギネスワールドレコーズ社が初めて日本人の社員を募集しているのをたまたまウェブサイトで見て、「面白そう!」とエントリー。最初は翻訳の仕事だと思って話を聞きに行ったのですが、公式認定員の仕事を募集していたと知って驚きました。
2007年に公式認定員になってからは、ロンドンから世界各国を飛び回って各地で認定する日々を過ごし、2012年春から東京オフィスの配属になりました。
気になる公式認定員に必要なスキル
―公式認定員になるまでは、どのような研修をされるのでしょうか?
はじめは「記録とは何か」という座学から入ります。次に研修生として公式認定員と一緒にギネス世界記録に挑戦する実際の現場を見にいくんです。その後、ロンドン本社でストップウォッチやメジャーなどを使った測定に関する研修などを受け、帰国後も公式認定員と一緒に現場に赴き、1年ほどで独り立ちしていきます。
―公式認定員になるために必要なスキルはありますか?
英語力は避けては通れません。世界記録ということで、ロンドン本社と英語のやりとりが日常的に発生します。また、全て英語でガイドライン(ルール)を作り、現場ではそれを伝えなければなりません。
ですから読み書きはネイティブレベルが求められ、バイリンガルと呼ばれるレベルの英語力が必要です。
次に自発力。公式認定員は基本的に一人で現場に行って決断をし、そこにいる人たちとコミュニケーションをとらなくてはいけません。話題がないと人と交流することもできませんので、地方に行くときは事前にその地域のことを調べてから行きます。
日々、世界中でさまざまなジャンルのギネス世界記録への挑戦が行われていますので、自分から多様な物事に興味を持ち、自身をアップデートしていける好奇心旺盛な人が向いていると思います。
ギネス世界記録の申請は、1日に100件以上…!?
―石川さんのような公式認定員は、世界にどれくらいいらっしゃるのでしょうか?
私を入れて世界中に90人ほどしかいません。
―たった90人しかいないのですね! ギネス世界記録は現在どのくらいの数の記録が登録されているのですか?
現在、ギネス世界記録として登録されている記録は約5万件です。世界中から年間4万7000件ほどの申請があります。
―え!…ということは1日100件以上の申請が世界中から来ている計算になりますね。すごく忙しそう…。
私が所属している記録管理部は、ただ認定するだけではなくルールを作ったり、本当に世界一なのかというリサーチをしています。皆さんが目にしている計測の仕事はごく一部で、実際は全世界から届くギネス世界記録の申請に対して、それが新しい記録になるのかリサーチをする、という業務が大きな比重を占めます。
―申請に対してどのように認定するのですか?
映像資料などを送ってもらってオフィス内で審査することが多いのですが、要請を受けた場合は、実際に現地に赴いて記録を審査することも、同様に多くあります。
基本的には日本国内が中心ですが、場合によっては海外に行くこともあります。私は今まで20カ国以上、100件以上の現場に赴いて測定と認定を行ってきました。映像チェックの認定などを入れると数えきれない数になります。
「世界一」に携わる、というやりがい
―公式認定員という仕事で苦労することは?
すべての挑戦がうまくいくとは限りません。そのため、うまくいかなかったとしても正直にその結果を伝えなければならない。
頑張っている人たちの姿を間近で見たり、「1年間必死に練習してきた」という話を聞くと、私も人間ですので「なんとかならないかな…」という思いがよぎります。しかし公式認定員は中立の立場でいなければならないことが根本にあるため、「こういう理由でダメです」とハッキリ言わなければいけません。
ギネス世界記録は、1955年から始まって60年以上の歴史があります。その信頼のもとに成り立っているので、その重みを感じながら仕事と向き合っています。
また、真夏であろうと真冬であろうと、記録が作られる過程は長時間だとしても見守らなければいけませんので、体力的にもつらいときはありますね。
全国でも最も寒い2月の北海道で、町の人々が「1時間にスノーマン(雪だるま)を何個作れるか」という記録に挑戦されたのですが、その極限の寒さの中で、2,000個ほどのスノーマンを1個1個チェックしました。
凍えるような寒さの中でも、結果を待っている人がいるので、チェックの最中に崩れてしまわぬよう、迅速かつ丁寧にこなさなければいけなかったのは大変でしたね。終わった後も、しばらく手の感覚がありませんでした(笑)。
―中立の立場でジャッジすること以外にも、集中力や忍耐も大切なのですね。逆に公式認定員という仕事のやりがいはなんですか?
世界記録へ挑戦する現場にいける体験は、普段そうそうできることではありません。皆さんの一生の思い出になるような時間に携われることに責任感を感じつつも、世界一を目指す方々からは多大なパワーをもらっています。
つい最近では、「作った折り紙をどれだけたくさんつなげられるか」という挑戦の現場に行きました。社員の結束を深めることを目的とした法人企業の挑戦。挑戦者の皆さんは記録開始前の式典ではスーツ姿でビシッとしていたのですが、始まったとたん床に膝をついて必死に取り組み、声をかけ合い、大人たちが童心に帰って汗を流しながら作っていたのです。
ギネス世界記録に挑戦するということは、何かの大きなモチベーションになるんだなと教えられました。常に学ぶことは多く、日々やりがいを感じています。
―世界に挑むわけですよね。オリンピックではないですが、誰もが“日本代表”として世界に挑める、というのは素晴らしいことですよね。
そうですね。私は公式認定員なので、立場上、ギネス世界記録には挑戦できませんが、実は挑戦できる皆さんをうらやましく思っていたりもするんです(笑)。
それぞれの挑戦から垣間見える人間ドラマ
―お仕事をする上で心がけていることはありますか?
この仕事に悪い意味で慣れないよう、常に新しい気持ちでいることを心がけています。なぜなら、一つひとつの挑戦に思いがあり、たとえ同じ記録挑戦でもそれぞれ違うドラマがあるから。「ギネス世界記録」の本では辞典的に記録が羅列されているだけですが、実際に記録の認定に携わると、その人がどんなきっかけでコレクションをし始めたのか、その背景やエピソード、人間ドラマを知ることができるのです。
「モヒカンの高さで123センチ」のギネス世界記録を持っている渡辺一祐さんは、子どものときにギネス世界記録の本を読んで「自分も何かの世界一になろう」と思い、試行錯誤してきたそうです。それでたまたま髪の毛を伸ばしているときに「もしかしたら世界一を目指せるかも…」と、この記録に挑戦したと言います。
―最近は個人だけではなく、町おこし的に、地域の団体などで挑戦する人たちも増えていますよね? そこにもドラマがありそうです。
はい。皆さん必ず言ってくださることが「ギネス世界記録に挑戦する過程で、みんなが仲良くなれたことが一番の収穫だった」ということ。
ギネス世界記録というものは、とても意味のあるものだと実感しました。
印象的だったのは、栃木県栃木市の青年会議所を中心に、町の人たちとドリンクコースターを使って栃木市のゆるキャラの大きなモザイク画を作る、という挑戦。実はその数週間後にその町で災害が発生したのですが、落ち着いたころにメールをいただいて。「記録への挑戦が人々の団結力が高め、そのパワーを元に災害を乗り切ることができました」とご報告いただきグッときました。
誰でも「世界一」に挑戦できる場所
―ちょうど2017年で公式認定員として10年の節目ですが、今後挑戦したいことはありますか?
ギネスワールドレコーズの本社があるイギリスやアメリカでは、クリスマスプレゼントとして子どもにギネス世界記録の本を贈るという文化があります。大人だけの記録ではないので、「あの国の同じ年齢の子がこんな記録で世界一に」って、子どものころに知ることって大きいと思うんですね。
私は栃木県足利市の出身ですが、昔は元気だった商店街がシャッター街になり、寂しい思いをしたことがあります。しかしそんな町にも“世界一”になれるものが隠れていたりするので、そういうものを見つけて日本の中から世界に発信していきたい。
ギネス世界記録で町おこしに一役買うことができたらうれしいなと思います。
何か一つだけ得意なことや好きなことがある人、そしてまだ気付かれていない魅力ある土地に、“世界一に挑戦できる場所”を与え続けていきたいですね。
だって、自分の好きなことで世界一になれる世の中って、面白いと思いませんか?
世界中の老若男女、誰もが平等に“世界一”への挑戦の切符が用意されている「ギネス世界記録」。そこにはいつも胸を熱くするドラマがあります。もしかすると、あなたの身近なところにも世界一になれる何かが眠っているかもしれませんね。
(取材・文:ケンジパーマ)
識者プロフィール
石川佳織(いしかわ・かおる)
ギネスワールドレコーズジャパン記録管理部 ディレクター/公式認定員
2007年、英国本社ギネスワールドレコーズに入社。日本人初の公式認定員となり、記録認定のために、英国をはじめとしたヨーロッパ各国、日本、アメリカ、インド、台湾、アラブ首長国連邦など、世界中を飛び回り、今まで100以上の記録挑戦に立ち合う。2012年、日本支社に異動。2014年5月から現職。好きな記録は「ハイヒールで走る100m最速記録」(13秒557)。
上智大学外国語学部英語学科卒。プライベートでは、ネコと音楽をこよなく愛するベーシスト。
※この記事は2017/04/13にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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