「押忍!」
一歩足を踏み入れると、圧倒されるほどの熱気が肌に迫ります。
ビジネスパーソンが多く行き交う品川駅から徒歩10分程度にある空手の道場。ここでは3歳からご年配の方、国籍も多様な老若男女が真剣な面持ちで、連日稽古に精を出しているといいます。平日の20時から始まる夜の稽古には、スーツ姿で駆け込み、大急ぎで道着に着替えるビジネスパーソンたちの姿も。
2020年の東京オリンピック正式種目にも選ばれた日本が誇るべき武道、空手。実は今、仕事終わりや週末に空手道場へ通うビジネスパーソンが増えています。彼・彼女らはなぜ、多忙な仕事の合間を縫って武道の道を志すのでしょうか。そこで今回、記者が実際に体験入門。体験終了後、師範の小井泰三さんに、空手を学ぶことで仕事やプライベートにどんなメリットがあるのかを伺ってきました。
インプットのために自分自身を“ゼロ化”する
―本日はとてもいい汗を流すことができました。パッと見たところ、社会人の方が多い印象ですが、なぜ最近空手道場に通うビジネスパーソンが多いのでしょうか?
うちの道場に通っている方は30代以上が多いですね。動機は「子どもが空手を始めたから一緒に習いたい」「体をシェイプしたい」「ジムより習い事の方が続きそう」「武道に憧れて」などさまざまですが、空手にはビジネスに生かせることが数多くあることも、理由の一つだと思います。
―ビジネスに生かせることとは、例えばどんなことですか?
ビジネスはアウトプットよりもインプットの作業の方が多く、肉体よりも精神的な部分に比重を置いていると思います。しかし、空手の考え方は「吐く(アウトプットする)ことによって生を得る」というもの。例えば、赤ちゃんは「おぎゃあ」と言って息を吐いて生まれてきますが、亡くなるときには「息を引き取る」といいますよね。人間は吐き出すことでエネルギー、生の力を全身から発しているのです。
空手の稽古は、気合いを吐いてどんどん汗を出すことで自分を空っぽに“ゼロ化”して、ビジネスでのインプットをしやすくします。思いきり吐き出したからこそ、その瞬間に自分が無になり、多くのものが入ってくるんです。
また、僕は「週に一回、稽古で自分自身をトランスフォーム(変身)しましょう」と提唱しています。週に一回の稽古のために、普段から食事や軽いトレーニングなどをするので、道場に来るタイミングに合わせて調整することを自然と心がけるようになる。自分で自分をコントロールしてもらうことで、マネジメント能力を身につけることができるのです。
意外と多い? 空手とビジネスの共通点
―組手を初めて体験しましたが、数十秒というごく短い時間の中に集中して戦略を考えている自分に気づきました。これは仕事のときにも置き換えられそうですね。
そうですね。組手では、まず相手の動きを見た上で、自分で攻撃を組み立てていくことが必要になります。相手のどこを崩していけば、自分に有利なポジションに持っていくことができるのか。時には相手の懐に入って、インファイトでガッツリ打ち合わなければいけないこともあります。
こうした場面も、ビジネスに置き換えられるのではないでしょうか。もし取引先やお客さんとの間でクレームなどの問題が発生したとき、解決するためにいち早く相手の懐に入る必要がありますよね。空手は自分の出す技を決めていくために、相手の攻撃を受けたり、じっくりと耐え忍んだりしなければならない場面があります。相手の出方を見極めて、自分が次に取る行動を判断する。こうやって活路や解決方法を見いだしていくことは空手と共通していそうですね。
―生徒さんたちが稽古の区切りで、「押忍!」「ありがとうございました!」と、小井さんにはもちろん、生徒さん同士で頻繁にお礼を言い合っている姿も印象的でした。
稽古は「すべてのことに学びがある」という考えのもと行われています。素直な心と感謝の気持ちを抱く。稽古の中で起きるすべては勉強であり、何か選手権などで好成績を達成してもそれは一通過点でしかなく生涯修業なのだ……という姿勢が大事なので、常に謙虚でなければいけません。
謙虚になることで慢心をリセットして、誰に対しても尊敬の気持ちを持って学ぶという姿勢を続けていくと、道場の中であれ外であれ、ものの見方が変わってきます。会社でも、役職によるヒエラルキーや年功序列的な考えだけに甘んじていては、成長は止まってしまうでしょう。
道場は自分自身の鎧を外して無になり、晒していく場所です。中学生の子も政治家の先生もお医者さんも、誰もが平等に拳を交えています。「今日は相手に勝った、技が決まった」ではなく、いかに自分と向き合い自分を晒すことができたかが大切。その姿勢に対してお互いが尊敬の念を抱いていきます。武道は姿勢にすべてがあるのです。
集中して相手と向き合い戦うことで、体の姿勢も良くなるのだとか。皆さんのピンと伸びた背筋からは芯の強さが感じられました。
チャンスを逃すな!
―今回、空手体験をしてみて、道場に通いたいと思うほどの爽快感がありました! 空手に興味のある20代のビジネスパーソンに背中を押す一言をいただけますでしょうか?
まず、「チャンスを逃さない」ということ。迷ったら一歩出る、そういうクセを30~40代に向けて身につけた方がいいでしょう。
人はすぐに「また次にしよう」と考えがちですが、次はほとんどなかったりするもの。あの店に行ってみたい、と思ったら行ってみること。思い立ったらまず行動するクセをつけること。それがトレーニングになり、仕事の中で必ず生きると思います。
―「迷ったら一歩前へ出る」。空手の組み手でも同じですよね。
そう、まずはやってみて、その後に「できる」「できない」を判断するんです。その姿勢を道場でも会社でも、自分より若い世代に見せていく。そして、その姿勢こそが会社や社会の中でこれからの世代を引っ張っていく原動力になるのではないでしょうか。
空手の試合では最低限の安全を確保した上で、実際に相手が打ってくる、蹴ってくる。ものすごい形相で自分に立ち向かってくる緊張感がある。そこで体験し、体得する「何事にも動じない自分の心」はかけがえのない自信になるはずです。
あれもこれもというのではなく、ある程度ターゲットを絞って週一回でも時間をかけて長く深く掘り下げていくことは、自分の人生を豊かなものへと変えていきますよ。
―男性だけではなく、女性の生徒さんも多くいらっしゃいますよね。女性が真剣に流す汗は非常に美しく魅力的です。
そうですね。空手で教えていることは、「男性は強さの中に美しさ、女性は美しさの中に強さ」を見いだし、それぞれの性別を尊重してお互いを理解すること。この場所では男性だから、女性だから、という分け隔てはありません。みんな同じ目線の高さで稽古をしています。
―稽古を受けている中での、小井師範の「覚醒させていきましょう!」という声も印象的でした。瞬間的に頭のスイッチを入れて打ち合う。それってすごく大事なことですよね。
そうなんです。マルチタスクで動いていくビジネスの中で、一点集中する機会って少ないかもしれません。ぜひ、空手という非日常の中で、何か接点を見つけてもらってトランスフォームしていただけたらと思います。
礼に始まり礼に終わる
「押忍!」「ありがとうございました!」
稽古の後にも響きわたる気持ちのいいあいさつ。1時間とはいえ非常に激しい稽古。しかし生徒の皆さんは疲れを見せるどころか、とても明るく、そしてスッキリ晴れやかな表情で道場を後にしていました。
相手への敬意、礼儀、そして覚醒した体から絞り出される一つひとつの拳や蹴り。はたから見ているときでも気迫や熱量がビリビリと伝わってきました。
稽古を通じて、心身共にビジネスパーソンに必要なビジネススキルの“型”を身につけることができる、空手。自分にスイッチを入れたいあなた、アウトプットを増やしたいあなた。思い立ったら、まず一度道場の門をくぐってみてはいかがでしょうか。
(取材・文:ケンジパーマ)
識者プロフィール
小井泰三(こい・やすかず)
1968年生まれ、徳島県出身。NPO法人 全世界空手道連盟新極真会事務局長。
2014年に五段取得、2016年に新極真賞を受賞。得意技は突きと廻し蹴り。
※この記事は2017/06/14にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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