元デザイナーの“焼芋家”に学ぶ、自分だけの仕事をつくるために大切なこと

しっとりと甘く、まるで餡子(あんこ)のようだと評判の焼き芋を提供するお店があります。

元デザイナーの“焼芋家”に学ぶ、自分だけの仕事をつくるために大切なこと

しっとりと甘く、まるで餡子(あんこ)のようだと評判の焼き芋を提供するお店があります。

その名も、「やきいも日和」。石焼きではなく、素焼きの大きなつぼでじっくり焼き上げる「つぼ焼き」という昔ながらの製法や、オリジナルの包装紙のデザインなど、一般的な焼き芋屋さんとは異なる魅力から、さまざまなメデイアで取り上げられるお店です。

その「やきいも日和」の店主が、長橋徹(ちょうはし・とおる)さん。自ら生み出した“焼芋家”という肩書きを持ち、焼き芋の魅力を学ぶ“やきいも学”の講座を開くなど、独自の活動をしています。


そんな長橋さんも、なんと「やきいも日和」を始める前は建物の内装やインテリアの設計に携わっていたデザイナーだというから驚きです。長橋さんはいったいどのようにして、“焼芋家”という自分だけの仕事をつくっていったのでしょうか。「自分だけの仕事のつくりかた」をテーマに、長橋さんに話を聞きました。

仕事を辞めたら世界が広がった


高校時代からものづくりが好きだったという長橋さんは、多摩美術大学卒業後、都内の設計事務所のデザイナーとしてキャリアをスタートさせました。しかし、クリエイティブの現場はとにかくハード。常に仕事に忙殺され、頭は案件のことでいっぱい、という状況だったとのこと。

「あるとき『このままずっとこの仕事を続けていくのか?』という疑問が湧いたんです。その思いは消えず、当時2年間働いていた事務所を退職しました。その後中国の設計事務所で1年働いたりもしたのですが、帰国した後もまた別の設計事務所で働く、ということが考えられなくて。地元に戻って、一級建築士の資格を取得する勉強をしながら、働き方を本気で模索しはじめました」

デザインなどの忙しい業界のなかにいた時期は、会社と家の往復だけになり、業界の外とのつながりが希薄になってしまいがちだったという長橋さん。しかし、働き方を模索した期間を通して、自分を客観的に見られるようになったと言います。

その後、一級建築士の資格に見事合格。しかし、勉強期間に「働き方」をじっくり考えた長橋さんは、建築士というクリエイティブの業界に戻るのではなく、「自分自身で仕事を見つけていこう」と考えるようになっていました。

失敗への恐れはなし。アイデアを一つずつ形にしてきた

 


今までとは違う働き方を求めて、長橋さんが行き着いたのが、焼き芋屋でした。現在のお店へのこだわりから推測すると、さぞアツい思い入れがあったのだろう……と思いきや、長橋さんにとって焼き芋は、目的ではなく、あくまで手段だったそう。

「僕がやりたかったのは、『古くて良いものだけど、今は注目されていないもの』をリデザインして、興味を持ってもらうということ。

例えば、デザインのスキルを生かしてパッケージや紹介の仕方などを変えることで、古いものに興味を持ってもらえば、それが新しい仕事につながるかもしれない……という発想でした。そんなコンセプトを考えていたときに出会った『古いもの』が、焼き芋だったんです」

焼き芋をリデザインするというアイデアがひらめいた長橋さんは、甘くておいしいさつまいもを求めて新しい芋の品種に挑戦したり、デザインのスキルをフル活用して必要な備品を手作りしたりと、一つずつ新しいアイデアを形にしていったそうです。

芋を焼くつぼ一つと、手作りののぼりをリヤカーに積んだ「やきいも日和」の屋台は、地域のイベントを巡り、どんどん評判を高めていきました。

「『焼き芋』を作るのは調理にはあてはまらないので、開業にあたっての許可はいりません。そういう手軽さもあり、設備も最低限にしていたので、失敗への恐れはありませんでした。もし軌道に乗らなかったら『大きなつぼが一つ邪魔になるなぁ』というくらいでした(笑)」

焼き芋を売ったら施工の仕事が舞い込んだ


「やきいも日和」の知名度が上がるにつれて、長橋さんのもとには焼き芋以外の仕事も舞い込んできたそう。

「仕事を見つけるときに、チラシを持って営業するより、自分のスキルでなにか面白いことを起こし、それを知ってもらうことが仕事につながるんじゃないか、という思いがあったんですね。そこで、まず自分を知ってもらうことから始めようと、イベントに数多く出店し、出展者のつながりなどから、多くの友人や知人をつくりました。

そのなかで設計施工をこなす大工さんと出会い、施工の仕事を手伝わせてもらえることになったんです。今は仕事を少し覚えて、徐々に僕自身でも施工の仕事を請け負うようにもなりました」

イベント活動で焼き芋屋が定着してきた手応えを感じていた長橋さんは、雑居ビルをコミュニティースペースとして管理・運営する「OISO1668」の館長の「せっかくだから、ここでやれば?」という誘いに乗り、大磯でお店を始めることに。

そのようにして、毎年11月から4月は焼き芋屋の業務、焼き芋のオフシーズンには内装・施工の業務を行うという、独特な仕事のスタイルができました。

やりたいのは焼き芋“屋”じゃないと気づいた

 


「やきいも日和」が軌道に乗り、内装・施工の仕事とバランスをとりながら働くという仕事スタイルで5年ほど経ったころ、再び長橋さんの胸中である考えが湧き上がりました。

「ふと、『僕が本当にやりたいのは焼き芋屋じゃないな』と思ったんです。ただ焼き芋を売るだけじゃなくて、『食育』のように、焼き芋を通じて歴史や文化に触れる機会をつくりたいと」

たとえば、サツマイモは世の中の人の好みに合わせて改良されていて、いまや60種類以上もの品種があり、また含まれるデンプン量が変わるので季節によって味も変わるそう。このような知識を得れば、焼き芋もワインのテイスティングのような楽しみ方ができると長橋さんは考えています。

「そうした思いから『知るともっとおいしくなる』をスローガンに、焼き芋の歴史を学び、実際に植えて、育てて、収穫して、最高の状態で焼き芋にして、食べる……という一連の流れを体験できる『やきいも学』という取り組みを始めました」

焼き芋によって歴史や文化に触れる機会をつくる活動を通して、長橋さんは“焼き芋家”と名乗るようになりました。

「昔からの伝統文化を伝える仕事、たとえば書道家や華道家など、“家”がついていますよね。焼き芋を通じて歴史や文化を伝える私の仕事も、それらにのっとって“家”をつけたんです」

長橋流・「自分だけの仕事」をつくるポイントとは?


焼芋家という“自分だけの仕事”をつくり上げた長橋さん。彼のこれまでの道のりを振り返ると、自分だけの仕事をつくるために、大切なポイントが見えてきます。

1つ目は、“人に自分を知ってもらう”こと。

「地元に戻ったとき、周囲に誰も知り合いはいませんでした」という長橋さん。しかし、焼き芋屋が屋台から常設のお店になったとき、「やきいも学」を農場で始めるとき、そして施工の仕事を始めるときなど、長橋さんの仕事が成長していった重要なタイミングには、さまざまな人からの協力がありました。

そんな人脈をつくることができたのは、焼き芋屋を始めたときにイベントに足しげく通い、「自分を知ってもらう」という目標をたて、努力を怠らなかったからです。

2つ目は、人に自分を知ってもらうためにも“アイデアをしっかり形にする”こと。

長橋さんは、「『焼き芋屋』を始めたことで全てが始まった」と話します。自分のやりたいことを人に仕事として理解してもらうには、言葉で説明して納得してもらうだけでは十分ではありません。アイデアを実際に行動に移した成果を見せることが重要なのです。

「焼き芋屋のアイデアを実際に形にしたことで、自分の周りに人が集まってくれるようになりました。『この人なら面白いことをやってくれるんじゃないか』という期待を持ってもらえるようになったので、いろいろな誘いももらえるんです」

そして最後に、“自分ととことん向き合う”こと。

「“自分の仕事をつくる”には、まずは真摯に“自分のやりたいこと”に向き合い、突き詰めることが必要だと思います」と長橋さん。同時に、周囲の環境や状況に流されず、きちんと“やりたいこと”に向き合うのはとても大変なことだとも話します。

「僕自身もそうでしたが、多くの人は仕事などで忙しい日々を送っていると、知らないうちに視野が狭くなったり、自分の“やりたいこと”に対して見て見ぬふりをしてしまっていることが多いんです。

若いうちは、その時代に注目されている職業や、世間の評判の善しあしから仕事を選んでしまうこともあると思います。けれど、そういう見えやこだわりを全く無くして、自分と向き合うことが一番大切です。そのために、僕の経験では、退職して仕事を離れ、住む場所を変えたことが、とても効果的でした」

まとめ


焼き芋屋が成功してからも、考えることをやめず“やりたいこと”を突き詰め続けたこと、そしてアイデアを少しずつ形にし、人に知ってもらえるよう努力し続けたことが、長橋さんが「焼芋家」という自分だけの仕事にたどり着いた大きなポイントです。

現在の仕事に悩む人、もっと楽しみややりがいを持って仕事をしたいと願う人は、長橋さんのキャリアを参考に、“自分だけの仕事”について考え、行動を起こしてみてはいかがでしょうか。


識者プロフィール
長橋徹(ちょうはし・とおる)

神奈川県平塚出身。焼芋家。多摩美術大学・環境デザイン学科を卒業後、東京都内の設計事務所に勤務。2008年より「やきいも日和」を開店。2012年ごろから「焼芋家」として、サツマイモの歴史や生態、生育、おいしい食べ方について学ぶ「やきいも学」のセミナーを開講。現在は、星槎高等学校で、高校生と焼芋学を行う。そのほか、デザイナー、設計・施工の仕事、アーティストとして「アートいちはら」に参加するなど、多岐にわたる分野で活躍する。

※この記事は2015/12/23にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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