数年後には宇宙旅行がアタリマエになってしまうかもしれない…。
今、世界中で注目されている宇宙ビジネス。全く未知の世界であるこの領域に世界各国のベンチャーが次々と参入しています。
そこにはどんな可能性があり、どんな未来が描かれているのでしょうか? 民間主導の宇宙機開発を目指すベンチャー企業、PDエアロスペース株式会社(愛知県名古屋市)の緒川修治 代表取締役社長に同社が開発する次世代宇宙機とその先の宇宙ビジネスについてお話を伺いました。
高度100kmの宇宙旅行を実現したい
PDエアロスペース株式会社が開発を進める宇宙機の機体のコンセプトは「完全再使用できる弾道飛行宇宙機」というものです。この宇宙機では空港からジェット機のように離陸し、そのまま高度15km(国際線の旅客機が飛行しているより少し高い高度)まで飛行。
そこからロケット燃焼に切り替え、一気に高度100kmまで上昇をします。ちなみに高度100kmは国際航空連盟が「カーマン・ライン」と定める高度で、宇宙空間との境界と考えられています。
宇宙空間で、眼下に地球を眺め、無重力を楽しんだら、機体は下降し地球(空港)に帰還します。
では、同社のこの新型宇宙機はどんな点で優れているのでしょうか。それは、ジェットエンジンの機能とロケットエンジンの機能を1つのエンジンで併用している点だといいます。
「ジェットエンジンは外気を取り入れて燃焼する必要があるため、空気が薄くなる宇宙空間では使用できません。対してロケットエンジンは空気が無い宇宙空間でも使えますが、あらかじめ大量の酸素(酸化剤)を自機に搭載しなければならず、打ち上げ時の重量がかさみます。
加えて、従来のロケットエンジンは、一度使えばそれで終わり。打ち上げるたびに新たに製造する必要があり、コストがかかってしまいます。当社が開発する宇宙機はジェットとロケットの機能を一つにして、さらに完全再使用型。製造コストも、運用コストも大幅に削減することができます。
結果として利用料金の低価格が実現されることになります。しかも、いつでもジェットモードで飛行が可能になるため、万が一の場合の安全性が向上できます。当社では、多くの人に宇宙から地球を眺めてもらいたいと思っており、最終的には39万8000円の宇宙旅行を目標としています」(緒川修治 代表取締役社長、以下同じ)
宇宙までのインフラが整えば、宇宙発電も実現するかも!?
この先、宇宙旅行の実現可能性が徐々に高まっていけば、私たち一般人にとっても宇宙がぐっと身近な存在になることでしょう。しかし地上とはまったく異なる環境下にある宇宙空間、なんの準備もすることなく宇宙旅行を楽しめるものなのでしょうか。
そこで同社では今年から「宇宙旅行のための事前訓練プログラム」をスタートさせました。現在展開している「ゼロGプログラム」は次の3項目で構成されています。
メディカルチェック
既に実施されている、民間人が国際宇宙ステーションに滞在するためのメディカルチェック項目をベースとし、宇宙旅行に関連する項目を抽出。健康、体調面が宇宙旅行に適しているかどうかを点数化。
座学
宇宙や宇宙旅行の基礎知識から実際の飛行プロファイル(離陸・発射から着陸までの行程)などさまざまな側面から学習。正確な知識を得ることで、より安心して宇宙旅行に参加していただくことが狙い。
実地(訓練)
航空機を高高度から自由落下(放物飛行)させ、短時間(約20秒)の無重力と、急激な環境変化を体感し、身体学習する。無重力環境下では、写真撮影など、与えられたテーマをこなす。
実地訓練では、航空機の放物飛行で「1G→0G→2G」の無重力とG変化(重力加速度の変化)を体感できます。さらに近日公開予定だという「+Gプログラム」では遠心加速器を用い「最大6G」を発生させ、耐G特性を確認。メディカルチェック、知識の習得、飛行環境の疑似体験という一連のプログラムで、やがて来たるべき宇宙旅行がどんなものか感じることができるのです。すでに行われた初回プログラムでは「参加者の反応は、すこぶる良かった」と緒川さんは話します。
緒川さんはさらに、将来的には宇宙旅行のみならず、地上の多くの事業が宇宙で発展していくと予測します。宇宙飛行機のような技術が発展していけば、地上と宇宙空間をつなぐインフラが整備され、例えば建設資材の運搬費用も抑えられるようになるからです。
「まだまだ不透明な部分はありますが、宇宙産業は、今後、建設業となっていき、宇宙発電なども実現可能です。エネルギーと資源を宇宙から調達する時代は、そんなに遠くないと思います。さらに100年先ならば、多くの人が宇宙に住んでいて、宇宙へ行くだけの「宇宙旅行」は、概念自体が存在していないでしょう」
まわりから何と言われようが、やりたいことだけやればいい
1970年生まれの緒川さんは、子どもの頃はパイロットになることを夢見ていたそうで、これまでに戦闘機パイロット、民間航空会社の自社養成パイロット、さらには航空大学など、幾多のパイロット試験を受けてきたのだとか。しかし年齢制限が敷かれるなかで、いずれも間に合わず……。
その後は三菱重工・名古屋航空宇宙システム製作所で新型航空機開発に携わるようになります。当時のお仕事については「生みの苦しみで大変だったが、全てが楽しく、非常に充実していた」と振り返りますが、宇宙飛行士の募集を知り、宇宙飛行士試験のための勉強を始め、自身の専門性を高めるために、会社を辞めて大学院に入り直しました。
「宇宙飛行士の試験も2度ほど受けたのですがダメでした。しかもちょうどその時期にはスペースシャトルの事故(2003年のコロンビア号空中分解事故)が発生し、宇宙飛行士の募集自体が止まってしまった。
そうしたときにアメリカで民間によるロケット開発レースが始まり、従業員がわずか50名ほどのベンチャー企業が自らロケットを作って飛ばす様子を見て、待ったり、試験を受けたりするのではなく、自分でロケットを作ればいいんだ、と思ったんです。新しいエンジンの構想は、頭の中にありました」
こうして2007年、PDエアロスペースが設立されました。
同社は現在も従業員わずか数名。少数精鋭のチームで宇宙機開発に挑んでいます。1つのことに秀でた能力を求められながら、専門外の能力を発揮しなければいけないことも多く、「走るのが得意なチーターに『泳げ!』と言わざるを得ないのが現状(笑)」と緒川さんは話します。
スペシャリストにもゼネラリストにもならないといけない、そんな同社の仕事環境ですが、それは緒川さんご自身も体験してきたこと。「航空宇宙」という1つテーマの軸に、必要な知識・能力を体得してきたかのように思えます。
「『軸がブレていないですね』と、よく言われるのですが、でも、問題の先送りをした結果なんです。多くの回り道をしてきました。実現するまで続けることが大事。ある意味、お笑い芸人さんと同じですね(笑)。売れるまで続けるには、まわりから何と言われようが自分の好きなこと、やりたいことをとことんやり続けるしかないと思います」
まとめ
どんな仕事でも、全員が全員、好きな職業に就けるとは限りません。しかし緒川さんは「そのなかでも、きっとやりたいこと、面白いことを見つけられるはず」と、若者たちを応援します。
「自分で決めたことなら頑張れるし、たとえ、その道で困難に直面したり、批判を受けたりすることがあっても、やりたいことがあれば突き進められる。どんな状況でも、真剣に取り組んでいれば、いつか、今のその経験が生きる時が来る」
いまだかつてない宇宙機開発という、私たちでは想像もつかない難題に挑む緒川さん。しかし仕事に挑むときの心得は、どんな仕事にも通じる部分があるのではないでしょうか。
識者プロフィール
緒川修治(おがわ・しゅうじ)
PDエアロスペース株式会社 代表取締役社長。
高度100kmへ到達可能な「完全再使用型弾道宇宙往還機」の開発を行う。現在は、エンジン開発と並行して、小型実験機の飛行試験を実施中。宇宙旅行のほか、宇宙環境を利用したサービス提供を目指す。
2007年5月 宇宙機開発ベンチャー、PDエアロスペースを起業。独自技術のエンジンを搭載した完全再使用型弾道宇宙飛行機の開発に着手。2013年から内閣府宇宙戦略室宇宙政策委員会 宇宙輸送システム部会委員を務める。
※この記事は2016/11/21にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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