「問わず語りの松之丞」の若手講談師・神田松之丞から学ぶ話す技術

皆さんは「講談」を知っていますか? 講談とは講談師(講釈師)が演じる話芸の一種のこと。若手講談師・神田松之丞さんにインタビューを行いました。

「問わず語りの松之丞」の若手講談師・神田松之丞から学ぶ話す技術

高座で釈台(しゃくだい)と呼ばれる机の前に座り、張扇(はりおうぎ)という道具を使いながら、独特の調子でその話芸を披露します。落語もよく似た日本の伝統芸能ですが、落語がフィクションの世界を演じるのに対し、講談は軍記物や政談など史実に基づいた「読み物」を読み上げるのが基本。

とはいえ「史実を脚色すること」は演者の自由とされています。その講談の世界に、「真打(しんうち)」に次ぐ「二ツ目」でありながら独演会のチケットは瞬く間に完売するという、注目の“若きホープ”がいます。それが、神田松之丞さんです。「講談ってどんなもの?」という基本的なことから、「人に聴かせる話し方って何?」なんてことまで、神田さんに講談のイロハを教えてもらいました。

史実に基づくけど脚色はOK――講談とは何か?


―まず、基本の質問で恐縮ですが……「講談」とはいったいどういうものなのでしょう?


例えば、講談の「読み物」―講談の演目のことをこう言います―の中には「徳利の別れ」という名作があります。「忠臣蔵」にも描かれた物語で、赤穂浪士四十七士の1人である「赤垣源蔵」が討ち入り前夜に兄のもとをたずね、その兄が不在だったため、源蔵が兄の羽織を兄に見立てて酒を酌み交わす――そんな物語なんですね。

これは一見「史実」のようですが、実はよくよく調べてみると赤垣源蔵にはまず兄がいません。しかも源蔵本人は下戸でお酒が飲めない。さらに「赤垣源蔵」という名前自体も本名ではなく、本当は「赤埴(あかばね)源蔵」と言います。ほかにもその日は雪が降っていたという記録はないけれど、講談では「雪がしんしんと降るなかで――」という描写を盛り込んだりもしている。

そうやって「扱う題材は史実だけど、お客さんにとって面白ければ脚色は自由」としているのが講談です。「徳利の別れ」のように「もうほとんど史実じゃないじゃん」と思えるものでも、面白ければ許されてしまいます。その自由さにおいて裁量権が演者に託されているのが特徴で、「ノンフィクションの皮を被ったフィクション」といえば分かりやすいかもしれませんね。

―「徳利の別れ」のような“古典”のほかに、神田さんには“新作”もあります。

私の場合はわりあい講釈のルールに則っていないところがあるかもしれません。だから落語のように、“ほとんどフィクション”に近いものを演じることがある。講談とはいえ、落語の要素も取り入れてよい、と私個人は思っていて、古典も含め「もっと面白いものがある」ことを世の中に示していきたいんです。

初めての講談は「面白くない」、しかし“宝の山”のようだった


―神田さんはいつごろから「講談」の世界に興味を持たれたのでしょうか?

さかのぼれば高校・大学生時代に行き着きます。当時は携帯電話すら持っていない学生でした。私の世代(83年生まれ)で持っていないのは相当珍しくて、在籍したゼミの生徒とも番号交換していなかった。そのくらい内気な性格だったんです。ただ高校時代からとても仲の良い友達が1人いて、高校時代にNHKの深夜ラジオで落語を聴いたのをきっかけに、彼とたびたび落語の寄席に行くようになりました。それから落語にはまり、立川談志の世界にはまり……と好きなものを追いかけているうちに「講談」と出会ったのです。


―2007年に講談師である三代目・神田松鯉(しょうり)に入門。なぜ落語家ではなく、講談師だったのでしょうか?

寄席では講談師も高座に上がるのですが、私が初めて見た講談の感想は「とにかく面白くない」。正直、何を言っているのか分からないし、常連向けにやっているという印象でした。もちろん何度も通って聴き慣れていくうちに、すばらしい講談の先生がたはたくさんいることに気づくのですが、耳が慣れるまでに相応の時間がかかります。つまり「間口がとても狭い」のです。

一方でこうも思いました。講談の“読み物”というのは膨大な数があって、その史実を調べれば調べるほど面白い。一歩そのなかに足を踏み入れれば、ものすごい奥行きと豊潤な作品群を見つけることができる。それは私にとって「宝物を発見した」のと同等の価値がありました。

落語の魅力に気づいている人は、演者を含めて何人もいますが、講談の魅力、やり方・演じ方についてアプローチを広げている人はそんなにいないように思えたんです。講談に対する敬意を払いながらも、客席にいるときの目を大事にして講談の世界を変えていける――そんなプランを持って「自分がやったほうが面白いものができる」と思ったものです。今思えば、うぬぼれだとも思いますけれどね(笑)。

講談も一種の「プレゼン芸」である


―講談師として「人を惹きつける」ために、どのように話し方を意識されていますか?

おそらく落語でも漫才でも同じですが、講釈でも「最初の10秒が勝負」だと思っています。つまりは「つかみ」。独演会なんかは私自身を目的にお客さんが足を運んでくださるのでよいのですが、寄席では30~40組が高座に上がることもよくあります。


人は、自分の目当てではない人の話を聴くときに、悪気はなくともその人を“値踏み”するものだと思っていて。入れ替わり立ち替わり人が出てくる場では特に、面白い人かどうかを判断される「最初の10秒」で信頼していただくことが肝心です。そこで信頼を得られれば、その後どんな話をしても聴いてもらえる。話をする以前に「人間を信頼してもらう」ということが大事なんだと思います。

―それって、会社の企画会議やプレゼンテーションの場など、ビジネスシーンでも活用できるお話だと思います。

私はプレゼンというものはやったことがありませんが、講談はいわば「プレゼン芸」のようなもの。講談自体を知らない人もたくさんいますから、高座で使う「釈台」とか「張扇」という道具も「あれってなんだろう?」なんて不思議に思っている人もいますし、「初めて見に来たけど、講談って笑っていいのかな?」なんて不安を抱えているお客さんもいる。

もちろんおおいに笑っていただいて結構なのですが、高座にいる私たちは「まくら」(本編・本題に入る前の雑談)でそうした問題を一つひとつ解決していく必要がある。そのために例えば15分程度の講談ならば、「このうち何分を本編に使うべきか」なんて、15分の時間のうち最も核になる部分を、事前にすべて書き起こすなりして整理しています。

―高座に上がる前にイメージをかためている?

はい。以前「3分落語」のイベントで優勝したことがあります。そのときに「狼退治」というネタを披露しました。普通にやれば30分はかかるものですが、これを3分でやる。「狼退治」は宮本武蔵と狼が闘う読み物で、本当はたくさん登場人物が出てきてさまざまなやりとりをするわけです。でもやっぱりお客さんは武蔵と狼が闘うシーンを聴きたいじゃないですか。ならばその部分は1分半くらい入れたほうがいいけど、いきなり闘っても意味が分からないだろうから前振りに1分は必要――これで2分半。ならば残り30秒で、ほかの要素をまとめなければいけない……。

限られた時間の中で一番伝えたいことに割く時間を考慮し、逆算して時間配分を組み立てていくのは、もしかしたらプレゼンと似ているのかもしれませんね。

下手な自分から学ぶことは多かった


―ほかに「話し方」という点で気をつけていることなどありますか?

私は猫背なんですが、ご年配の方はこの猫背をすごく嫌がるんです(笑)。だから高座に上がるときにはご年配の方の第一印象を良くするように、意識的に背筋をピンと伸ばす。そのようにして、その日会場に来ている相手の嗜好を把握することを常に意識しています。

年配の方と若い方では普段の話すスピードも違いますので、それぞれ会場の雰囲気や年齢層に合わせてチューニングすることも意識します。以前訪れた老人ホームは、90歳以上のお客様がたくさんいらっしゃるような場所でした。そこでは暗くて難しいネタよりも、明るくて分かりやすいネタのほうがいい。

ちょうど「扇の的」という読み物(平家物語の一部。源義経の命を受けた源氏方の武士、那須与一が、的に矢を当てるゲームに誘われる……というストーリー)があって、これならご年配の方も小さいころから聞いて知っているだろうと選択しました。


―「聞いてくれる相手を知る」ということですね。

あとは、話し方をうまくするということでいえば、「下手な人の話を聴く」のもひとつの方法だと思います。昔、ある先輩に「下手な落語家を見なさい」と教えられたことがあります。それはすなわち「何が下手なのかがすぐ分かるから」ということ。うまい人の落語や講談を見たり聴いたりしても、なぜうまいのかは意外と分からないものですが、短所にはすぐに脳が反応するので、反面教師的に学ぶものが多い。

だから自分の「下手」から学ぶことも大いにあります。映像に記録して自分のプレゼンなんかを第三者の目線で見てみる――。自分の主観といったん距離を置いて、自分のプレゼンと接するのも、もしかしたら大事なことかもしれませんね。

―話がうまくなるためにはいきなり上を目指すのではなく、自分のウィークポイントに気付いて改善していくことが近道だと。そういうことも踏まえ、さまざまな角度から伝わる話し方を研究されているのですね。最後に、神田さんの目標についてお聞かせください。

真打(しんうち)になるまでだいたい15年といわれています。入門が2007年ですから、まだ5年くらいの歳月があります。実は自分の「真打披露興行」は歌舞伎座でやりたいと思っているんです。もちろんそれだけの場所に人を集めるには、今のうちから自分のお客さんを増やさなければいけない。もちろん伝統ある「歌舞伎座」という場所で披露興行をすることがどれだけハードルが高いものかも分かっています。真打のお披露目を歌舞伎座でやることは、通常で考えればあり得ないことですから……。

でも、それが「講談」を知っていただくよい機会にもなります。それをできるようにするには、これからの5年間をどう過ごすべきか、今から逆算しながら一つひとつの障害を乗り越えてやっていきたいと考えています。

―ひょうひょうと講談の未来の語る神田さんからは、「自分がこの世界を変えてやる」という意気込みがひしひしと伝わってきました。

人を惹きつける話力とは?


神田さんからお伺いした「人を惹きつける話力」のポイントは、以下の4点。企画会議やプレゼン大会などのシチュエーションでも、きっと役立てることができるはず。

(1)最初10秒の「つかみ」が大事

(2)事前に自分が伝えたい話の核を整理

(3)聞いてくれる相手を知る

(4)まずは下手な人(下手な自分)から学ぶ


話すことの前に大切なのは、時間の配分や聞いてもらう相手の空気を読む力。何よりも基本はここからではないでしょうか。仕事では相手に指示を出したり提案をしたり、さらには社内外で発表をしたりと、常に「伝える」技術が必要。

その上でさらに人を惹きつけるためには、間合いを考えたり言葉を強調したり、目線を捉えたり――時には一つの出来事を事実はそのままに、相手に飽きさせずに面白おかしく伝えるためにスパイスを加え、“肉付け”する。こうした工夫で身につく話のリズムや表現力が、その人の魅力そのものへと変わっていくかもしれません。

聴けば聴くほど、講談師の巧みな話術からは多くの学ぶべき「話のスキル」が詰まっていることがわかりました。「とっつきにくい」そんなイメージは全くありません。あなたも講談を聴いて、そのスキルを手に入れませんか?


(取材・文:安田博勇)

識者プロフィール

神田松之丞(かんだ・まつのじょう)
1983年、東京都生まれ。武蔵大学を卒業後、2007年11月に三代目・神田松鯉(しょうり)に入門。2012年6月、入門から5年足らずで「二ツ目」に昇進。以来、寄席の聖地・新宿末廣亭などで高座に上がるほか、独演会も開催する。2017年3月には「平成28年度花形演芸大賞」銀賞を受賞。落語芸術協会の協会員。2017年4~6月には、TBSラジオで3カ月限定のレギュラー番組「神田松之丞 問わず語りの松之丞」が放送された。インタビューや講談が収録されたDVDに『新世紀講談大全 神田松之丞』(クエスト、2015年)がある。
HP: http://www.matsunojo.com

※この記事は2017/05/30にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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