台風発電で日本を水素エネルギー大国に。下町ベンチャー企業は21世紀のエジソンになれるのか

毎年、夏から秋にかけて、連日ニュースの話題を強風でさらう日本の台風。年間およそ30個も発生する台風は、時に私たちの生活に甚大な被害をもたらすことも。

台風発電で日本を水素エネルギー大国に。下町ベンチャー企業は21世紀のエジソンになれるのか

毎年、夏から秋にかけて、連日ニュースの話題を強風でさらう日本の台風。年間およそ30個も発生する台風は、時に私たちの生活に甚大な被害をもたらすことも。

その台風が持つパワーを再生可能エネルギーとして有効活用しようとする「台風発電」が今、世界中から注目を集めています。

その台風発電の開発に尽力しているのは、誰もが知る大企業ではなく、墨田区の小さな町工場の一角にオフィスを構えるベンチャー企業「チャレナジー」。代表の清水敦史さんは、なぜ台風で発電することを思い立ったのでしょうか。そしてその先にある壮大な野望とは――?

震災で大手企業を退職


清水さん(メイン画像中央)は大学院を卒業後の2005年、大手企業に就職し、エンジニアとして充実した日々を送っていました。

「子どものころからずっと、ものづくりに興味がありました。小学校の卒業文集には、『みんなが見ておどろいたり、笑ったり、感心したりするようなものを、たくさん作りたい』と書いたほどです。就職した会社は、世界初の製品をいくつも世に送り出していましたので、ある意味、子どものころからの夢はかなっていると思っていました。給料も良く、このまま一生安泰だなと思っていたんです」

そんな順風満帆な生活を送っていた清水さんの人生を一変させたのは、2011年の東日本大震災でした。福島第一原発の事故は、日本人がエネルギーをあらためて考えるきっかけになりましたが、清水さんも例外ではありませんでした。

未曽有の事故に大きなショックを感じた清水さんは、「次の世代に再生可能エネルギーの道を残したい」という気持ちを次第に強めていったそうです。

休日を使って開発、特許を取得


清水さんは再生可能エネルギーについて調べているうちに、環境省が発表したある試算の記述に目を留めます。それは、「日本は風力発電大国になれるポテンシャルを秘めている。1,900ギガワット程度の風力発電機を設置できるポテンシャルがあるが、実際は3ギガワット程度しか設置されていない」というもの。

「問題は明確でした。日本で導入されている一般的な風力発電は、欧米で発達してきたプロペラ風力発電機です。しかしそれは、見渡す限り平野で偏西風が吹くヨーロッパのような環境に適するよう作られています。ところが、日本は大陸と海に挟まれた島国。季節どころか朝晩でも風向きが変わり、山の影響でいわゆる乱流になりやすく、その上台風も来る厳しい環境です。逆に、日本の環境に合った風車を国内で開発すれば、きっと世界にも広がる。

使命感のような思いと、ビジネスとしても成り立つイメージが湧いてきました」

震災から1カ月後の2011年4月。清水さんは、プロペラを使わない「垂直軸型マグナス風力発電機」の仕組みを考えつきました。この発電機はプロペラがなく、代わりに円筒を気流中で自転させた際に発生する「マグナス力」で発電するというもの。「マグナス力」とは簡単に言うと、野球やサッカーなどでボールを打ち出す際に、回転をかけると曲がったり上に浮き上がったりする力のこと。この力を応用した発電方式です(図参照)。


風の向きに対して垂直方向にマグナス力が働く。その力は円筒の自転数で制御でき、そのため風車自体のコントロールも可能。日本の台風の強風で回りすぎて壊れてしまうような問題も防げる。



会社に勤めながら休日を使って開発を進めたこのアイデアで、2011年7月に特許を申請し、2013年3月に正式に特許が認められました。

安定した職場を辞めることに二の足を踏んでいたという清水さん。そんな清水さんの背中を強く押したのは、この特許とあの子どものころの夢でした。

「人を驚かせることが夢。小学校の卒業文集で書いた夢をその時思い出しました。会社では、自分の意思ではなく指示をされたものを作っていた。でも僕は、この新たな風力発電を広めるために生まれて来たのではないか、風力発電のエジソンになれるのではないか、と思ったんです」

2013年6月、34歳の誕生日に会社へ辞表を提出しました。ついに、風力発電のエジソンへの第一歩を踏み出した清水さん。当時を振り返って、「未来への希望と同時に、不安で胸がいっぱいでした(笑)」と苦笑いしながら話してくれました。

会社設立から2カ月で最初の危機


2014年10月、満を持して株式会社チャレナジーを設立。11月には、NEDO研究開発型ベンチャー支援制度(SUI)に採択され、開発資金の調達に成功しました。出発は順風満帆のように思えましたが、その2カ月後となる12月、コンピューターシミュレーションにて「垂直軸型マグナス風力発電機」の発電効率の数値を検出したところ、まさかの事態が明らかになります。

「プロペラ風力発電機の発電効率は約30~40パーセントと言われています。それに対して、当時の垂直軸型マグナス風力発電機の発電効率は1パーセント以下と、想定を大幅に下回る結果でした。このままでは風力発電機として成り立たない。会社をつくって2カ月で開発頓挫の危機に直面しました。人生を懸けて飛び出したのに、天国から地獄に落とされた気分でしたね」

その日を境に朝から晩まで実験室にこもる日々が続きます。試行錯誤する中、偶然から奇跡が生まれます。

「ある時、風の流れを感じてみようと、回っている円筒に手を近づけると、その時だけトルク計の値が大きく振れたことに気付いたんです。それがきっかけとなって新しいアイデアを考え、急いで特許を取り直しました」


2016年、ついに沖縄でフィールドテストの実施に至ります。7月に発電機を設置し、8月に実験開始。来る日も来る日も台風を待った清水さん。でもこの年は異常気象で、沖縄に台風は直撃しませんでした。

翌年の2017年、この年も9月まで1つも台風が来ないという異常な年でしたが、諦めかけていた10月下旬、ついに台風が直撃。風速30メートル以上の暴風の中での発電に成功します。

「やっと、“清水理論”は正しかったと証明できました(笑)」

台風発電で南の島作戦!?


実験に使われた垂直軸型マグナス風力発電機の大きさは約3メートル。これで1キロワットの電力を発電できますが、現在は大きさ約10メートル、10キロワットの発電ができる量産機を開発中。2018年の夏に実験開始予定だそうです。

「最初は1キロワットの垂直軸型マグナス風力発電機を売るビジネスプランも考えていましたが、10キロワットにすれば、使える用途が飛躍的に増えます。ただ、これまでの3倍のサイズとなると技術的な難易度も桁違いですが、東京オリンピックまでの実用化を目指して頑張っています」

世界には、プロペラ風力発電機や太陽光パネルを設置したくてもできない場所があります。その代表例が「島」です。島は海の中にポツンと浮いているので、風が強いことが多く風力発電に向いているのですが、台風があまりにも多く来襲するような場所では、プロペラ風力発電機が壊れてしまう場合があります。また、太陽光パネルを設置できるような広大な面積がないことも多く、意外に日照率が低いため、発電効率が悪い場合があります。

清水さんは、日本以外の「島」にも、垂直軸型マグナス風力発電機の需要があると考えています。特にフィリピンは日本と同じように風力発電のポテンシャルが高く、かつ台風に悩まされている国です。

「フィリピンは7,000以上の島々からできている国。中には、発電コストも環境負荷も高いディーゼル発電に頼っている島も多くあり、ディーゼル発電の代わりとして設置したプロペラ風力発電機が台風で破壊されたという過去もあります。だからこそ、我々のような小さなベンチャーが、フィリピンの国営電力会社と覚書を締結することができました。まずは2018年に沖縄で実験を行い、2019年にはフィリピンでも風力発電機を設置する予定です。そこからハワイやグアム、サイパンなどの島国に設置していく『南の島作戦』を目論んでいます」

可能性は未知数。台風発電で水素を作る未来


チャレナジーの目標は、台風でも壊れない風力発電を作ることだけではありません。その先にはさらに「水素エネルギー社会の実現」という壮大な野望があるようです。

「僕らの最終目標は、世界中の島という島を世界の水素供給地にすることです。

垂直軸型マグナス風力発電機で発電した電気で、海水を電気分解して水素を作る計画です。再生可能エネルギーで作った水素を活用する社会こそが究極の循環社会であり、人類が文明社会を継続するための大きなポイントになると思うんです」

そうすれば水素社会のエネルギーのマップがガラッと変わる、と清水さんは続けます。

「日本は石油をはじめ、エネルギー資源のほとんどを輸入でまかなっています。しかし、海洋面積は世界6位の海洋大国であり、燃料電池車で知られるように、水素を使う技術にも長けています。水素を作る技術、そして使う技術を世界に供給し、水素社会化できるのは日本しかありません。

フィリピンなどの南の島も、日本と同じように台風を活用して世界中に水素を供給できるようになる。僕はこれを『台風水素社会』と名付け、数十年後のチャレナジーは、世界中に水素を供給する水素会社になっていることを目指しています。これこそが僕のライフワークです。

今、台風はただの自然災害としか思われていません。でも台風が来れば来るほど水素が安くなって、『台風が来るのも悪くないかな』なんて思える社会に僕はしたいんです」

人生は「七転八倒九起十駕」


最後に清水さんから20代のキャリアコンパス読者の皆さんへ、メッセージをいただきました。

「自分のやりたいこと、やるべきだと思うこと、社会から求められていること、それらが一致していることが“天職”だと思います。僕は今の仕事が天職だと思っているので、忙しくても毎日が充実しているんです。

自分が携わっている仕事の先では誰が喜んでいるのか、誰の、何の役に立っているのかを考える――そんなふうにイメージしながら仕事をすることが、自分の仕事のモチベーションをあげ、仕事を楽しむコツになるのではないでしょうか。

そして、これは僕の造語ですが、『七転八倒九起十駕(しちてんばっとう・きゅうおき・じゅうが)』という座右の銘を皆さんに贈ります。僕の起業経験は七転び八起きのつもりが七転八倒でした。でも九回起きればいい。最後の『十駕』とは故事成語で、『鈍い馬でも10日走れば優れた馬の1日分と同じくらいは走ることができる』、つまり特別な才能がなくても、努力を続ければ結果を残せるという意味です。走り続ければ、必ず成し遂げられる。起業してから3年間を全力で駆け抜けて、僕は本当にこのことを身に染みて感じています」

発明王・エジソンも「もちろん、生まれつきの能力の問題もまったく無視はできない。それでもやはり、これはおまけみたいなものだ。絶え間なく、粘り強く努力する。これこそ何よりも重要な資質であり、成功の要といえる」という名言を残しています。

夢の第二章をかなえるために、少年のように走り続ける清水さん。日本の下町ベンチャー企業が21世紀のエジソンとなる日も、そう遠くないのではないでしょうか。


(取材・文:ケンジパーマ/編集:東京通信社)

識者プロフィール

 


清水敦史(しみず・あつし)
株式会社チャレナジー代表取締役CEO
東京大学大学院修士課程を修了後、大手企業にてFA機器の研究開発に従事。東日本大震災をきっかけとして、独力で「垂直軸型マグナス風力発電機」を発明。
2014年10月に株式会社チャレナジー創業、同年3月に第1回テックプラングランプリ 最優秀賞受賞。2014年11月、TOKYO STARTUP GATEWAY 2014 ファイナリスト。2017年02月、Cleantech Open Global Ideas Competition 優勝。2017年06月、VERGE Hawaii 2017 Accelerate 準優勝。
株式会社チャレナジーHP:https://challenergy.com

※この記事は2018/01/12にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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