編集者・江口晋太朗のキャリアに学ぶ、社会に必要とされる大人の条件

まちづくりに途上国支援、環境保護にソーシャルデザイン。近頃よく目にするそうした言葉に引かれ、「私もいつかは社会貢献を」と思う方は多いはず。でも、何から始めていいのか分からず、なかなかその「いつか」を迎えられないのも事実です。

編集者・江口晋太朗のキャリアに学ぶ、社会に必要とされる大人の条件

まちづくりに途上国支援、環境保護にソーシャルデザイン。近頃よく目にするそうした言葉に引かれ、「私もいつかは社会貢献を」と思う方は多いはず。でも、何から始めていいのか分からず、なかなかその「いつか」を迎えられないのも事実です。

今回取材したのは、そんな「いつか」を自らの意志と行動力で現実にしている編集者・江口晋太朗さんです。

ネット選挙解禁に向けて活動したOne Voice Campaignや、オープンデータやオープンガバメントを推進するOpen Knowledge Foundation JapanやCode for Japan、コミュニティーデザインに関するウェブマガジンのマチノコトなど、テクノロジー、広告、まちづくり、デザインなどさまざまな領域で「社会を編集し、未来をつくる」活動をしている江口さん。いったい、いつ、どのようなきっかけで、社会や未来をより良くするための取り組みを始めたのでしょうか。また、私たちが江口さんと同じように、社会に必要とされる存在となるために大切なことは何なのでしょうか。江口さんに伺いました。

■江口晋太朗の原点となった2つの経験

 

「自分にできることは何か」考え始めた自衛隊時代


高校時代の江口さんは、9.11のような世界に衝撃を与えた出来事も、他人ごとのように感じていたといいます。そんな江口さんが、社会で起こる出来事を自分ごとだと意識するようになったのは、自衛隊での経験からでした。

「高校卒業後、就職先となった自衛隊に3年くらい所属していた時期に、ちょうど9.11から派生したイラク戦争によって始まった自衛隊のイラク派遣がありました。まさに職場が社会情勢の真ん中にあり、それまで感じることのなかった世の中と自分との関係性が、密接につながっているということをすごく感じられるようになりました」

自衛隊の中に身を置くことで、自分と社会のつながりを自覚するようになった江口さん。しかし同時に、自らの立場に違和感を感じ始めます。

「現場の人間では、自衛隊のイラク派遣のような出来事がなぜ起きるのか、本当にそれが社会にとっていいことなのかということをきちんと理解しているわけではありません。それに加えて、自衛隊も公務員なので、自身が30代40代と、ある年代になったときの立場やロールモデルがはっきり見えてしまう。人生の見通しができてしまったときに、果たして自分が本当に世の中の役に立っている存在になっているのかが分からなかったのです」

自分が世の中のためにできることは何か。江口さんはその問いへの答えを見つけるために、約3年間勤めた自衛隊を辞め、大学へ進学することを決意しました。

インターンで気付いた「アクションをしなければ何も変わらない」


大学に入った江口さんは、2008年にNPO法人ドットジェイピーが運営する議員インターンシッププログラムに参加します。ちょうどそのときはアメリカでは政権交代が起きてオバマが大統領になった時期。その後、日本でも2009年に政権交代が起きていました。

江口さんは時代の大きいうねりを肌で感じるなかで、アメリカと日本での、選挙に対する人々の関わり方の違いに気付きます。アメリカでは『みんなで社会を変えよう』という動きが起きているのに、日本は政治不信や若者が投票に行かない、けど何も誰も行動しない、といった現実をインターンを通じて強く実感したそうです。

「少しでも多くの人が世の中で起きている出来事に興味を持ったり、世の中の課題に対して少しでも行動するような機運や文化をつくっていくべきなのではと考えました。世の中に対して嘆いたり議論するだけでなく、自分も何かアクションをしなければ、何も変わらないんじゃないかと思いました」

ネットやテクノロジーが社会を変革する大きな力になる


「世の中のためにできることは何か」と考えるだけではなく、実際にアクションを起こすことが重要だと江口さんは考えました。では、江口さんにとってその「アクション」とは何か。そのヒントが、アメリカの大統領選挙にありました。

「ネットやソーシャルメディアが政治家と市民をつなぐ重要なツールとして活用されている様子を目の当たりにし、テクノロジーが社会をドリブンさせるきっかけになるのでは、と気付きました。そこで初めて、インターネットやテクノロジーが社会を変革する大きな力になると確信したんです」

江口さんはその後、仲間とウェブマガジンの立ち上げやブログの執筆、イベントの企画プロデュースやSNSを使ったキャンペーンなど、ネットやテクノロジーの領域で活動を始めます。2012年にはネット選挙解禁を目指す「One Voice Campaign」の発起人として活動し、ネット選挙解禁の一役を担いました。現在は、オープンデータやオープンガバメントを推進するOpen Knowledge Foundation Japanや、行政サービスの刷新とシビックハッカーコミュニティーをつくることを目指すCode for Japanなどに所属。活躍の幅を広げています。


江口さんがこのように「社会を編集し、未来をつくる」活動を始めた背景には、自衛隊での勤務と政治家のもとでのインターンという2つの経験で、社会の中に自らを位置付け、役割を見出してきたことがあったのでした。

■自己成長のために「脱キャラ化」が必要


若者が20代や30代を経て「社会の役に立つ存在」へと成長していくためには、江口さんのように「自らと社会の関わりを見つめなおす」経験が必要です。しかし江口さんは、ネットの普及に伴う「キャラ化」がそれを難しくしていると指摘します。

「ネットは、すでにあるコミュニティーを強化するツールとしての機能や、『永遠の17歳』的な、いわゆる時間軸が欠如した存在を維持し続けられる世界をつくる機能があります。特に、ネットの世界における『キャラ化』によるアイデンティティーの付与がまさにそうです。『こうありたい自分』をつくるキャラ化が発生し、そしてキャラが固定化されることによって、いつまでたっても同じ風景が見え続け、『終わりなき日常』というある種の虚構の世界が広がっています。しかしそれは、ややもすると現実世界とのかい離がおき、結果として現実世界に悪影響を及ぼし始めることに、多くの人は気付いていません」

人は年を重ねるにつれて、部下や後輩ができ、組織の中の役職も変わり、時には結婚相手や子どもができ、というようにある程度の社会的な立場が変化していきます。ライフステージが変わるなかで、自然と誰かの役に立つ存在になっていくもの。しかしネットの世界だけに目を向けてしまうと、社会の中での自分の役割が見出せずに、自己成長の機会を逃してしまいます。「人は年をとることで日々変化していく生きものです。変化することを受け入れ、その変化にあった適切なタイミングで、ライフステージシフトをきちんと起こすことが必要です」と江口さんは語ります。

私たちも、「社会の役に立つ仕事がしたい」と言いつつも、気にかけているのは「変わらずにいたいと思う自分、こうありたいと願うばかりで行動や変化を起こさない自分」といったことになってしまってはいないでしょうか。ネットでの「キャラ」から離れて、いま周りの人たちや会社、社会の中で、自分にどんな役割が求められているのか、思いをめぐらせてみること。それが、社会に必要とされる大人になるための、最初の条件なのです。

 

識者プロフィール


江口晋太朗(えぐち・しんたろう)/ 1984年生まれ。福岡県出身。編集者、ジャーナリスト。「社会を編集し、未来をつくる編集者」として、情報・環境・アート・デザイン・テクノロジーなど、ジャンルを超えたさまざまな分野を横断しながら企画制作やプロデュース活動を行う。ネット選挙解禁に向けて活動したOne Voice Campaign発起人、NPO法人スタンバイ理事、オープンデータやオープンガバメントを推進するOpen Knowledge Foundation Japan、Code for Japanに所属。著書に『パブリックシフト ネット選挙から始まる「私たち」の政治』など。

※この記事は2014/09/01にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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