あなたは「日本酒」に対してどんなイメージを持っていますか? 「二日酔いになりやすい」「年齢層が高い人が飲むお酒」「飲みにくい」…。もしかしたら、そんな答えを思い浮かべるのではないでしょうか。
そんななか「日本酒」に対する“偏ったイメージ”を払拭(ふっしょく)するべく革命を起こそうと、和歌山県の蔵元「平和酒造」の代表取締役専務・山本典正さんは日々奮闘しています。
日本酒「紀土」、梅酒「鶴梅」など、オリジナル・ブランドを生み出しヒットさせ、「若手の夜明け」と呼ばれる約40蔵の若い蔵元たちと行う試飲会&セミナーの代表を務める山本さん。彼は今、日本酒業界でどのようなイノベーションを起こし続けているのでしょうか。 今回の記事を読んだあと、あなたの日本酒に対するイメージは大きく変わることでしょう。
衰退する「日本酒」業界、だからこそチャンスがある
日本酒の市場規模は、1973(昭和48)年がピークでした。しかし、この年を境に市場は縮小。国税庁の資料によれば、同年に176万6000キロリットルあった出荷量が、2011(平成23)年には、60万3000キロリットルと、約1/3まで落ち込んでしまっているほど。
この理由を、山本さんは下記の要因があったと分析しています。
・戦後間もないころ、粗悪な日本酒が大量に出回った時期があり、その味やイメージが定着してしまった
・若者の酒離れ(特に日本酒は顕著)
・消費者のニーズの変化。「造れば売れる」時代の終焉
しかし山本さんは、「このピンチがチャンスだ」という逆転の発想をします。
「縮小する市場であれば大企業の新規参入はあり得ないし、既存の大企業も縮小する市場に思い切った先行投資をすることもない。競争相手が少ない現在の市場はチャンスに満ちている、いわゆるブルーオーシャンなのです」(山本さん、以下同)
大量生産の時代が終わり、少子高齢化によって人口が増える時代から減っていく時代への転換期にある現代は、山本さんからすれば「価値の逆転がさまざまなところで起こっている時代」なんだそう。
日本酒の蔵元がライブハウスでDJイベント
「音楽も酒も生存するための必需品ではないけれど、人間が楽しく生きるためにはなくてはならない“嗜好品”なんです」そう話す山本さんは、音楽と酒の相性が良いことに着眼します。
地元・和歌山のロックフェスにウェルカムドリンクとして日本酒を提供したり、ライブハウスで蔵元がDJをしたりするという異例のクラブパーティーを開き日本酒を出すなど、既存の“伝統文化”という型に捉われない活動をしています。
山本さんとファクトリエを展開しているライフスタイルアクセントの代表・山田敏夫さんの対談書『メイドインジャパンをぼくらが世界へ』で、山田さんは山本さんに対してこう話しています。
私たちは伝統を“守る”ものだと思いがちです。しかし、時代に合わせて柔軟に変化し成長を遂げていくことで、結果的に伝統が守られ受け継がれていく…。伝統もイノベーションを起こし続けなくてはならない、ということなのでしょう。
平和酒造が起こした日本酒界の「3つの革命」
1978年に和歌山で生まれた山本さん。小学校でクラスの学級委員長になったとき、責任や大変さの裏返しにチームが組織として機能していく楽しさを覚え、「責任を負える自由さ」を感じたそう。
そんな経験から「将来は経営者になろう」と志を抱き、高校進学時には家の蔵元を継ぐことを決意していたそうです。山本さんは、京都大学経済学部を卒業後に東京の人材系ベンチャー企業で経験を積んだのち、実家である和歌山の酒蔵「平和酒造」の経営に入りました。しかし、そこで「3つの課題」に直面したのだそう。
(1)大手酒造メーカーからの委託生産・廉価な紙パック酒の製造に依存する収益構造
(「安売りの時代」から続く、時代遅れのビジネスモデル)
(2)杜氏(とうじ:酒造りの責任者)依存の酒造り
(杜氏が「製造」、蔵の経営者が「販売」、と明確に分かれていたため)
(3)季節雇用の蔵人(杜氏の下で働く人たち)の雇用改革
これらの課題に対して、山本さんはそれぞれ改善策を検討して実行に移し、経営を立て直してきました。
(1)大手酒造メーカーからの委託生産・廉価な紙パック酒の製造に依存する収益構造
当時の平和酒造は、99.9パーセントの収益を大手酒造メーカーからの委託生産に依存していたそうです。安売りの市場が飽和状態の今、このままのビジネスモデルでは立ち行かないと危機感を覚えた山本さんは、コストや手間の問題は一旦置いて、「ひたすらおいしい」を掲げたオリジナル・ブランドの日本酒「紀土」と、地元・和歌山の紀州の梅を使った「鶴梅」シリーズの開発を行いました。
(2)杜氏依存の酒造り
これまで多くの酒蔵には職人である杜氏以外はほとんど足を踏み入れることがなく、杜氏から指示されるままに季節労働者の蔵人が手となり働いていました。「ブラックボックス」と呼ばれていた酒蔵に山本さん自ら足を運び、この常識を打ち破ったのです。
蔵人のすべてが誇りを持って酒造りの技術に精通し、杜氏がマネージャー職のようなリーダーシップを発揮するという組織へと変革させます。
(3)季節雇用の蔵人(杜氏の下で働く人たち)の雇用改革
今までは酒造りのメインとなる冬に、休耕中の農家の人々を季節労働者として雇用し日本酒造りをしていたそう。しかし、山本さんは「酒造りという重要な現場を、非正規雇用で済ませたくない」と考え、なんと新卒者から採用するという、今まで業界ではありえなかったような取り組みを実施。
「3つの課題」に向き合い「3つの革命」に挑んだ結果、日本全国の大学から「日本酒」と「ものづくり」に情熱を傾ける若者たちが集まることとなり、彼らが今の平和酒造を支えています。平和酒造では、蔵人に一人一本の日本酒タンクを任せているそうです。タンクには一升瓶およそ2,000本分ものお酒が入っており、一升瓶2,000円と換算すると、約400万円分のお酒に相当します。
このように責任を持たせてもらえるからこそ、蔵人たちは自発的に動き、誇りとやりがいを感じながら生き生きと働いています。また、蔵人の斬新なアイデアに経験豊富な杜氏が耳を傾け、それらが化学反応を起こして新しい日本酒が生まれることもあるのだそうです。
採用時には、なんと2,000人も応募者が殺到する年もあったといいます。その中から山本さんが面談などを行い、最終的に採用するのはたった1人か2人(年によっては採用0人のことも)。
時間とお金をかけてでも徹底して「人」にこだわり、その人たちが造る「ものづくり」への情熱を育てているのです。
「ワーク・ライフ・バランス」への疑問
山本さんは、今後の働き方について「やりがいを求める働き手と、単純に時間労働で割り切る働き手と、二分して行くのではないか」と話します。
近年、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉をよく耳にするようになりました。これは本来「仕事にやりがいを感じながら働き、プライベートでも年代に応じたさまざまなライフスタイルを選択・実現できる」という意味ですが、山本さん自身は、今の日本の“働き方改革”で「いかに時間を短縮するか」「仕事の量を減らして人生を楽しもう」ということが前提で語られがちなことに疑問を感じているそうです。
「仕事はつらいもの・悪であり、人生の楽しみを奪うもの…という前提で『ワーク・ライフ・バランス』を唱えているように感じられてしまうんです。私が考える働き方はそうではなく、会社にいる時間が短かろうが長かろうが、その時間を輝かせることができたら、その人の人生も輝かせることになる。仕事が輝かないで人生が輝くはずがないんです。働き方だけではなく“やりがい改革”も各所で行われていかなければならないと思っています」
本当にライフを輝かせたいのであれば、やるべきはワークを減らすのではなく、ライフの大半を占めるワークそのものを輝かせることが大事…山本さんからはそんなメッセージをいただきました。
「日本で働いていると、経済至上主義という考え方が今でも根強いと感じることがあるかもしれません。就職活動も転職活動も『年収』や『企業名』だけで仕事先を選ぶ人が少なくないようですが、そんな狭い視野で人生の大半を占める仕事を決めてしまってはもったいないのでは。
仕事と人生は切り離すことができず、仕事は人生の一部。だからこそどちらも大切にしていきたいですね」
日本酒片手に、改革を起こせ!
「日本酒は米と水を原料にして、麹菌と酵母菌という二つの菌を操って造られます。操るのは、杜氏や蔵人などの“人”。原材料も製造プロセスもシンプルだからこそ、人が介在する意味は大きく、創意工夫や酒造りの考えがそのまま味や香りに影響を与えます。
そのため、味や香りもバリエーション豊かで、一本一本まったく異なるのが日本酒の特徴であり魅力です。それに日本酒にはワインやウイスキーなど、世界のお酒と肩を並べて戦えるくらいの力があると感じています。私たちは、その日本酒文化の楽しさを伝えていきたいという思いで、酒造りをしています」
山本さんたち酒蔵の二代目・三代目の改革により、「日本酒の味わいは、ここ5~10年で大きく成長しました」とのこと。海外では和食ブームとも相まって、この4~5年の間で日本酒業界全体として150%ほど売上増。「おいしい、おしゃれ、クールなお酒」として日本酒人気が拡大し続けています。
「もしも日本酒が若い人に、オヤジ臭いお酒と思われているのであれば、その意識改革をしていきたいですね」と意気込みを見せる山本さん。
そんな私たち日本人が誇るべき、さえた日本酒。仕事でも人生でも、この記事を読んで自分の中で何か革命を起こしたくなったあなた、今夜一杯、日本酒を片手にとってみませんか?
(取材・文:ケンジパーマ)
識者プロフィール
山本典正(やまもと・のりまさ)平和酒造代表取締役専務
1978年生まれ、和歌山県出身。東京のベンチャー企業を経て、2004年に平和酒造へ入社。
それまでの廉価な大量消費のためのお酒ではなく、日々の人生に豊かな彩りを添えられるお酒を届けたいとの思いから「紀土」「鶴梅」を立ち上げ、近年ではクラフトビール「平和クラフト」の販売も開始。斜陽産業といわれる酒造業界において新風を吹かせるべく、若い蔵人の育成にも力を注ぐ。
伝統と革新をもって酒造りを行う一方、日本酒の魅力を伝える活動も行っている。
※この記事は2017/03/22にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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