作ってもカレー、食べてもカレー。スパイスカレーはクライマックスの連続だ【ソロ休日の過ごし方 #1】

ひとり遊びを「ソロ活」と称し、様々なソロ活を世に提案するコラムニスト・朝井麻由美さんが、ビジネスパーソンがまねできそうな休日のソロ活を提案&自ら実践する本連載。第1回のテーマは「スパイスカレー」です。

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私にとって、空いた時間をひとりで過ごすことこそが「日常」で、誰かと集まることはたまに訪れる「非日常」だった。

新型コロナウイルスにより、「家にいろ。自粛しろ」となって、私も世間の雰囲気に乗じて一緒にワーワー不安がっていた。けれど、ふと冷静に我が身を振り返ると普段とほとんど変わっていないことに愕然とした。もともと在宅で仕事をしていて、外に出ないことも、ひとりで過ごすこともただの日常ではないか。

だったら今の状況も苦痛じゃないのかと言われたら、それはちょっと違う。自分で選んでひとりでいるからいいのであって、強制されたんじゃあ話が違うのである。
いくら家にいるのが好きでも、ひとりでいるのが好きでも、どこか気は滅入っている感覚が私にも少しはある。皮肉なことに、「全員がひとりでいるべき状況」になったことで、自分が今までいかに社会と関わっていたのかを思い知らされた。「ひとりでいる」と言っても、厳密にはひとりじゃなかったということだ。私が今まで吹聴してきた「ひとりでいることが好き」というのは今思えば少々言葉足らずだった。「ひとりでいること」そのものが好きというより、おいしいものを食べ、面白いものを観て、という娯楽を「ひとりで楽しむ」ことが好きだったのだ。それはこの社会に生きる誰かが作ったもので、その点において私は社会と繋がっていたわけだ。その娯楽のために私は生きていた。誰かが作る「楽しいもの」のほとんどが消え、「必要なものだけ」の世界に身を置かれると、「一体何のために生きているのか?」となってくる。死なないためにやる「自粛」を通して、生きる意味を考えてしまう。

前置きが長くなってしまったが、そろそろ本題に入りたい。油断するとふさぎこみそうになるのを振り払って、時間だけはたっぷりとあるこの機会に新しい趣味を始めるのだ。

「スパイスは好きに選んで良し」に視界が開けた

今回は前々から気になっていたスパイスカレー作りに挑戦しようと思う。何年も前から分厚い本を3冊も買い込んで準備は万端だったというのに、本を買っただけでやった気になっていたのである。よくある話だ。「買う」という行為をしただけで、なぜか自分にプラスのことをしたような気分になるあの感覚はなんなのか。実際には、プラスどころか財布の中身が減って若干のマイナスである。
二の足を踏んでいた理由に、「スパイスの種類がありすぎて難しい」というのがある。まず、カタカナの複雑な名前がついていて難しい。それをひとつひとつ覚えるのも難しい。そして、味覚や嗅覚にさほど自信がないため、使いこなすのが難しそうなのもある。そう思いながら本を開くと、一気に視界が開ける一文を見つけた。曰く、「好きなスパイスを好きなだけ持ってきなさい。すべてを1:1:1:1の割合で混ぜて、最後にコリアンダーだけ4倍加えればいい」。どうやら、カレーをカレーたらしめるスパイスは「コリアンダー」らしい。色が黄色い「ターメリック」でもなく、語感がインドっぽい「ガラムマサラ」でもなく、大事なのは「コリアンダー」。ちなみに、「カレーリーフ」といういかにもカレーっぽい名前のスパイスも存在するが、これはスパイスを一軍、二軍、三軍、で分けたら、なんと三軍にあたるのだとか。

今回参考にしたのは『スパイスカレーを作る』(水野仁輔/パイ インターナショナル)、『スパイスでおいしくなる and CURRYのカレーレッスン』(阿部由希奈/立東舎)、『カレー語辞典』(加来翔太郎/誠文堂新光社)の3冊。
『スパイスカレーを作る』はスパイスの混ぜ方を図解していたり、玉ねぎの炒め方によって変わる甘さや香り、粘度などをそれぞれレーダーチャートで示していたり、とロジックを理解したい人向け。先ほど引用した「好きなスパイスを~」はこちらの本に載っていた。
『スパイスでおいしくなる and CURRYのカレーレッスン』はレシピをシンプルに落とし込んでいて、初心者におすすめ。
一冊通して用語辞典になっている『カレー語辞典』は、カレーやスパイスの種類に歴史に文化、カレーにまつわる食材や商品、イベント、キャラクター、とにかくカレーにまつわる用語なら何でも掲載されている本。パラパラと眺めるだけで知識欲が満たされる。

スパイスカレー作りの実践では、『スパイスカレーを作る』と『and CURRY』の2冊を特に参考にした。

大量のスパイスを購入。使い切るのはいつの日か

先述のとおり、迷ったらコリアンダーを多めに。コリアンダー、ターメリック、レッドチリの三種類だけでも形になる。
さらにもう一種類加えるならクミン。さらに加えるならガラムマサラ、パプリカあたりを使えばスタンダードなカレーになるとのこと。こうやってシンプルに教えてくれれば、結構簡単そうに見えるじゃないか。

スパイスの専門店は東京・大久保にある。今回行ったのは「ザ ジャンナット ハラル フード」。コリアンダーやターメリック、クミンあたりは近所のスーパーでも見たことがあるが、せっかくなら専門店で仕入れたい。(編集部注 ※緊急事態宣言による外出の自粛要請が出されるよりも前に買いに行っています)

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こうして両手いっぱいにスパイスを買い込んで部屋に入ると、部屋中に一気にスパイスの香りが充満した。閉塞感のある日々に気づかないうちに疲弊していたのか、少々強すぎるスパイスの香りだけでも気力が満たされるのがよくわかる。スパイスは古代インドで薬として使われたり、食欲がないときに嗅いだりしていたらしい。スパイスカレー作りは、何かとストレスのたまる今この時期におあつらえ向きの趣味なのかもしれない。

ところで、私はスパイス専門店で1キロ単位のスパイスを計8,000円ほど買ったのだが、いざ帰宅してレシピをじっくり見てみると、どのページも使うスパイスは多くても大さじ1。だいたいのスパイスが小さじ1程度しか使わないことを知る。なんてこった。1キログラムなんて絶対いらなかった。
なお、大さじ1は、例えば小麦粉で言えば9グラムである。各スパイスの大さじ1が何グラムになるのか正確にはわからないが、同じ粉だから似たようなものだろう(適当)。1回のカレーで使うスパイスが、一種類につき10グラム前後だとして、1キログラムは1,000グラム。使い切るにはあと100回はカレーを作り続けなければならない。カレーという料理が得てして1日では食べ切れず、2日、3日と持つことを考えると、ほぼ毎日カレーを食べたとしても約1年後にやっと1キログラムを使い切るくらいなのではないだろうか。頑張らないと。

大丈夫、多少間違えても美味しくできる

いくつかのレシピをざっと見たところ、スパイスカレーを作る際には、最初に何種類かのスパイスを炒め、その後に玉ねぎを炒め、トマトやホールトマト缶などを入れ、具材となる肉などを入れ、その後にまた何種類かのスパイスを入れ、水を入れる、というのが基本的な構造のようだ。

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スパイスには「パウダースパイス」と「ホールスパイス」という二種類があり、「ホールスパイス」はタネや木の皮などの形状そのままになっているものを指す。あらゆるレシピの共通項として、最初に炒めるスパイスは主に「ホールスパイス」のほうで、中盤に入れるのが「パウダースパイス」だとわかってきた。わかってきた、と書いておきながら、実はこれは後から理解したことで、実際に作っている最中は「クミンパウダー」(パウダースパイス)を使うべきところを、「クミンシード」(ホールスパイス)を使ってしまった。本当はこれは良くないことだそうだが、それでもおいしくできあがったので、別にどちらでもいいんじゃないかと思う。こんなことを言うと、カレーのレシピをきちんと作っている料理家の人たちに怒られそうだが……。インド人ならそういうのもおおらかに許してくれそうじゃないか(偏見)。私の頭の中のインド人は、少なくともそうだ。

ルーから作るカレーとの決定的な違い

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仕上がったスパイスカレーを見て、私はひとつ大発見をした。これまで作ってきたカレーよりもずっと、“カレーを作っている感じ”を強く感じられるのである。普段、ルーから作るカレーは、終盤までまったく“カレー感”がなく、序盤~中盤はどちらかというと野菜スープやポトフに近い。肉と野菜を切って炒めて煮込んで、最後の最後に満を持してルーを溶かし入れる。ここでようやくカレー感が出る。
ところが、スパイスカレーは最初から最後までずっとクライマックスが続く。最初にスパイスを炒める時点ですでにいいにおいがする。これはシンプルながらも大事なことだ。カレーを作りたくなるとき、人はたいてい頭の中がカレーでいっぱいになっている。早く完成したカレーを食べたくてたまらない気持ちではちきれんばかりなのだ。嬉しいことにスパイスカレーは、作り始めた序盤からほんのりとカレーっぽさが漂うのである。完璧なカレーのにおいまではいかずとも、「カレーに入っていそうな何かのにおい」はする。途中でスパイスを加えて、さらにいいにおいになる。もう、ずっとカレーなのだ。カレーじゃない瞬間が一度たりともない。作ってもカレー、食べてもカレー。これが何かの戦いなら、ずっと優勝してる。

所要時間もいろいろ。懐深きスパイスカレー

また、スパイスカレーに対して誤解していたこととして、必ずしも作るのに長い時間がかかるわけではない、とわかった。短いものであれば30分、長ければ2時間以上、レシピによってかなり幅がある。玉ねぎを濃い色になるまで炒めたり、最後に1時間以上煮込んだりするものもあれば、ココナッツ系の色が白めのカレーは玉ねぎの炒め時間や煮込み時間が短いため、すぐに完成する。スパイスの組み合わせ方にしろ、所要時間にしろ、スパイスカレーは思っていたよりも懐が深い。

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スパイスを混ぜるのは楽しい。できあがったカレーのにおいが、さらにカレー欲を刺激する。ひとりの時間を持て余している人、どう過ごせばいいのか戸惑っている人、みんなみんなひとり残らずスパイスを混ぜればいいのに。そう思いながら、私は今日もスパイスを混ぜる。

文=朝井麻由美
マンガ=藤沢チヒロ
編集=TAPE

<プロフィール>
フリーライター・コラムニスト。雑誌連載やテレビ・ラジオへの出演多数。著書に『ソロ活女子のススメ』(大和書房)、『「ぼっち」の歩き方』(PHP研究所)など。ひとりでの行動を「ソロ活」と称し、ひとりスイカ割り、ひとりバーベキュー、ひとり流しそうめん、ひとりナイトプールなど様々なことをひとりで楽しむ。趣味は食べ歩きと人狼。

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