『金閣寺』から読み取る、三島由紀夫の文章の美しさ【三分で読める名作劇場 #6】

偉大なる文豪たちが遺した、名作文学の数々。社会人ともなれば、教養としてある程度は読んでおきたいもの。けれど、忙しさやハードルの高さを言い訳にして、なかなか手がつけられていない人もいることでしょう。そんな人たちに向けて、文豪の作品に詳しい文筆家の菊池良さんが、押さえておくべき名作を一冊ずつ解説します。最終回で取り上げるのは、三島由紀夫の『金閣寺』です。

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川端康成が感謝した日本人作家

三島由紀夫は川端康成、谷崎潤一郎と並んで日本文学のビッグ3と言われています。1956年という早くから英語に翻訳されて出版されており、海外でも注目されてきました。川端がノーベル文学賞を取ったときは、「日本の伝統、翻訳、三島君のおかげ」と言いました(三島自身もノーベル文学賞の候補だと言われていました)。

では、ノーベル賞作家が感謝する三島とはどんな作家なのでしょうか?

美しさに魅入られた男の暴走『金閣寺』

三島の代表作はさまざまありますが、ここでは『金閣寺』を取り上げましょう。1956年の作品で、読売文学賞を受賞して三島の文名をますます高めた作品です。実際にあった金閣寺の放火事件をもとにして書かれています。

幼いころから金閣寺の美しさに魅入られた男が、金閣寺に学僧として入り、やがて現実の金閣寺と頭のなかにある理想の金閣寺が乖離していることがわかっていき、金閣寺を燃やすことを決意します。観念的な美と現実とのずれを目の当たりにし、やがて激情的な行動に出る男の物語です。

三島の作品の特徴は、そのあまりにも整った美しい文体です。少し長いですが、『金閣寺』の一節を引用してみましょう。

もう私は、属目の風景や事物に、金閣の幻影を追わなくなった。金閣はだんだんに深く、堅固に、実在するようになった。その柱の一本一本、華頭窓、屋根、頂きの鳳凰なども、手に触れるようにはっきりと目の前に浮んだ。繊細な細部、複雑な全容はお互いに照応し、音楽の一小節を思い出すことから、その全貌を流れ出すように、どの一部分をとりだしてみても、金閣の全貌が鳴りひびいた。

このように三島の文体はとても華美です。さらに「属目(しょくもく)」「照応」といった日常で使わない言葉も出てきます。また、「金閣の全貌が鳴りひびいた」という詩的な表現が入るのも特徴的です。

それは三島が文章だけで「美」の世界を構築しようとしているからです。三島自身もまた、「美」に取りつかれた人間なのでした。

国際派の作家として八面六臂の活躍をした

三島は1925年に東京で生まれました。東京大学の法学部を卒業し、大蔵省に入省。エリートとしての道を約束されていましたが、わずか9カ月で辞職して、専業作家の道を歩み始めました。幼いころから文学に耽溺していた三島は、作家になることを夢見て学生時代から創作活動をしていたのです。

大蔵省をやめる前、三島は川端康成にそのことを手紙で相談しています。三島は21歳のときに川端のもとを訪れて『煙草』という作品の原稿を渡しており、それが川端の紹介で雑誌に掲載され、文壇デビューしていました。三島は川端のことを尊敬して、手紙のやりとりをしていたのです。

専業作家になった三島は『仮面の告白』『愛の渇き』『潮騒』といった小説を発表していき、小説家としての地位を不動のものにしていきます。

先ほども書いたように1956年からは海外で翻訳されるようになり、国際的な名声も得ました。フランスのガリマール社やアメリカのクノップフ社といった名門の出版社から出され、三島作品のファンは海外にも多いです。三島は純文学だけでなく、週刊誌で大衆向けの小説を連載したり、SF小説にハマって自らも書いたり、はたまた役者として映画に出演したりと、従来の小説家の枠におさまらない活動も展開しました。

「美」という概念は、日常生活において置き去りにしがちです。しかし、忘れてはいけない大事な概念でもあります。私たちは「美」に触れることで、感情を呼び起こしたり、言葉にできない感動をおぼえたりします。小説というジャンルで「美」を追求した三島由紀夫の作品は、ふとした日常に読むことによって、私たちに「美」を問いかけます。

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『金閣寺』
著者:三島由紀夫
新潮社

文=菊池良
文筆家。文豪たちの作品を愛し、それにまつわる書籍を執筆。主な著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』『もし文豪たちがカップ焼きそばの 作り方を書いたら 青のりMAX』『芥川賞ぜんぶ読む』など。@kossetsu

編集=五十嵐 大+TAPE

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