仕事がつらいのは甘えではない
「仕事がつらい」「会社に行きたくない」と悩んでいるビジネスパーソンは、意外に少なくありません。そうした人の中には、「甘えなのでは」と自分を責めてしまっている人もいるでしょう。こうした気持ちについて、わびさんは自身の経験を振り返り、こう語ります。
「自分を責めてしまう人は、純粋にやさしい人なのだと思います。自分がやさしいからこそ、世界もやさしいものだと考えているのかもしれません。実際、私もそうでした。私はもともと自衛官として働いていたのですが、上司からパワハラを受け、休職に追い込まれたんです。そんな状況でも、『いつか分かってもらえるはず』と思い込んで、無理に頑張っていました。
世の中には、自分のことしか考えていない人や、人の優しさを利用する人もいます。だから、世界はそんなに甘くないと思っていたほうが、むしろ楽に生きられるのかもしれません。仕事がつらいのは自分の甘えのせいではなく、そもそも世界は厳しいものなんだと。そう考えることも大切だと思います」
わびさんは、多忙に加えてパワハラを受けたことでメンタルダウンしてしまったそうですが、ストレスの原因は人間関係だったといいます。
「パワハラを受ける以前から仕事量はかなり多かったのですが、やりがいを持ってこなせていました。人間関係が良好なら、まわりが助けてくれることもありますから。私の場合は、上司のパワハラの標的になってからすべてが変わってしまいました。仕事量が同じでも、人間関係や環境次第でストレスの量は大きく変わりますよね。ですので、自分の性格や根性のせいにせず、環境のせいだと疑ってみることも必要だと思います」
メンタルの調子を崩さないためのポイント
わびさんはメンタルの調子を崩したことをきっかけに、生き方や働き方、自分自身に対する向き合い方を見直し、3年ほどかけてメンタルの不調を回復させていったそうです。前職に一度復帰したあとは、キャリアチェンジし、現在は外資系の企業で働いているといいます。
メンタルがかなり落ち込んだ状態から奇跡の復活を遂げたわびさんですが、メンタルの調子を崩さないために日々心がけていることはあるのでしょうか。意識すべきポイントについて、わびさんに詳しく伺いました。
人生における「大きな目標」を明確にする
「1つ目は、人生において何を一番大切にしたいのか、目標を決めておくことです。悩んでいるときや不安を抱えているときは、視野が狭くなって、目の前にあるものしか見えなくなってしまいます。でも少し離れて見てみると、いろんな選択肢が見えてきますよね。そのために必要なのが、大きな目標です。
私の場合、仕事でメンタルの調子を崩したことをきっかけに、『仕事よりも家庭を大切にして生きる』と決めたんです。その結果、しんどい仕事が降りかかってきても、目の前にあるしんどい仕事をひたすら頑張るのではなく、『家庭を犠牲にしてまで頑張らない』という選択ができるようになりました」
「小さな楽しみ」を用意する
「2つ目は、小さくても良いので何か楽しみを持っておくこと。それから、そのためのお金を惜しまないことが大切だと思います。私自身しんどいときは、その日その週をどうにか終えるのに精一杯で、帰宅後も週末もひたすらボーっとして過ごしていました。でも、仕事が終わったあとにちょっとした楽しみが一つでもあれば、メリハリもつき、また頑張ろうと思えますよね。
最近は、カフェの新作ドリンクやアイスクリームなど、甘いものがなによりの楽しみなんです。メンタルダウンするまでは自分にかけるお金を惜しんでいたので、コーヒーショップで600円も700円も使うなんて考えられませんでした。今は、ささやかな楽しみを持つために、我慢せず投資するようにしています」
限られたリソースをどう使うべきか、見極める
「すべてのことに全力で取り組むタイプの人は、自分のリソースについて考慮することも大切です。自分は1人しかいないので、使える時間も労力も限られています。そのため、あらゆることに全力投球することはできません。
自衛隊では、『二正面作戦』を取るべきではないと教えられます。複数の相手と同時に戦おうとすると、リソースが分散してしまうので、本当に大切な戦いに勝てなくなるからです。何に自分のリソースを割くと自分の幸せにつながるのか、よく考えておくと、メンタルの安定にもつながります」
食事と睡眠に表れるサインを見逃さない
「疲れのサインを見逃さないことも重要です。メンタルの疲れはやはり、食事と睡眠に表れます。お腹が空かない、何を食べてもおいしくないという状態はメンタルの調子が良くない証拠。布団に入ってもいろんなことを考えてしまって眠れない、夜中に何度も起きてしまうといった睡眠トラブルも、ストレスが溜まっている状態の表れだといわれています。食事も睡眠も、体力やメンタルの回復に欠かせないものですから、これらがうまくいかなくなると、どんどん悪い方向に傾いてしまいます。
こうしたサインを感じたら、思い切って休んだり、趣味に打ち込んだりしましょう。それでも良くならないなら、医療に頼るのも1つの手だと思います」
他人に気を使いすぎない
「他人に気を使い過ぎないのも、意識したいことの1つです。私も、以前はいつも他人の顔色をうかがっていました。でも、今振り返ってみると、顔色をうかがわなければ付き合えないような人は、自分にとって大切な人ではないとよく分かります。
これまでの人生で、自分のことをずっと気にかけてそばにいてくれたのは、せいぜい家族や何人かの友人くらい。それ以外の人に対して、無駄に心を砕く必要はないと思います。仕事上どうしても接しないといけない人には、割り切って表面上だけ取り繕って演じておくのも1つの手です」
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メンタルを好調に保つための仕事術
仕事で受けるストレスを軽減し、メンタルを良い状態に保つには、どうしたら良いのでしょうか。わびさんが実践されている仕事術について伺いました。
仕事を自分個人のものだと考えない
「まずは、仕事と自分を切り離して考えることが大切です。仕事を任されると、『これは自分の仕事だ』と背負い込んでしまう人も多いでしょう。でも、仕事はあくまで会社から預かっているもので、個人のものではありません。仕事を自分の一部のように考えていると、何か指摘されたり、指導されたりしたときに自分自身が叩かれているように感じて、へこんでしまいます。
会社の仕事を預かっているのだと考えれば、指摘や指導も、仕事を円滑に終わらせるためのものだと思えるはず。それから、何かミスをしてしまっても、そのミスをカバーするのは上司の仕事です。もちろん反省は必要ですが、「仕事は自分だけのものではない」という心構えを持つようにすると、負担を減らせます」
仕事に取りかかる前に全体を俯瞰する
「仕事に取りかかる前に、全体像を把握してポイントをおさえておくのも大切です。私が尊敬している自衛官時代の上司は、始業後、みんなでコーヒーを飲む時間を設けていました。私もそんな上司にならって、何か仕事を任されたら、一度コーヒーを淹れてじっくりと全体を俯瞰して見る癖をつけています。そうすると、どこに注力すれば良いか、どの部分を人に頼めるかといった点が見えてくるんです。
1つの仕事を最初から最後まで自分1人だけで、100%の力で取り組むのは大変です。注力すべきポイントが分かっていれば、それ以外のところは80%程度の力で取り組めます。得意ではない作業や分野については、得意な人に力を借りて進められれば、よりスムーズに進められるでしょう。
ただ、急にお願いされると相手は困ってしまうので、早い段階で『〇〇について手を貸してほしいので、お願いできますか』と相談しておくことが大切です。実際に依頼するときは丸投げせず、ある程度プランを用意してからお願いするようにしましょう」
休みは先に確保して、予備の時間を作っておく
「あらかじめ休みを入れてスケジュールを組むのも、メンタルの調子を保つ上で重要です。『仕事が落ち着いたら休もう』と思っていても、なかなか仕事が終わらなかったり、別の仕事が入ってきたりして、思うように休みが取れないということも多いですよね。
なので、私は半年分のお休みを先に確保しているんです。できる限り、そのお休みに合わせながら、仕事のスケジュールを組み立てています。
そのほか、常に『予備の時間』を確保しながら仕事を進めていくのもポイントです。自衛隊においても、『予備』は、戦いの形勢をコントロールするために必要なものだと教えられます。余裕がない状態だとミスも起きやすいですし、急な仕事が舞い込んできても、対応するのが難しくなってしまいます。あらかじめ予備の時間をスケジュールに組み込んでおけば、急な仕事を依頼されても、慌てずに対応できます。あらかじめ、休みや予備の時間を確保した上で仕事をすることが、メンタルを好調に保つ重要なポイントだと思います」
「今の会社だけがすべてではない」と意識する
「私は、今いる会社がすべてだと考えないことも大切な心構えだと考えています。私の場合、以前は『1つの会社で長く働くことが安定だ』だと考えていました。でも、それって本当に安定していると言えるのか、メンタルダウンした後、疑問に思うようになったんです。現在は、本当の意味での安定とは、『どこでも働けること』だと思っています。
「自分がいなくなったら仕事が回らなくなるかも……」と考えないことも大切です。語弊があるかもしれませんが、会社員は良くも悪くも会社を動かすための『歯車』だと私は考えています。自分がいなくなっても必ず誰かがそこに入って、穴を埋めてくれる。だから『自分がいなければこの会社は回らない』『自分が辞めたら周りに迷惑がかかる』と背負い込みすぎず、別の選択肢を考慮に入れておくのも、メンタルを保つ一つの方法だと思いますよ」
メンタル疲労を回復させるためのセルフケア
仕事のストレスなどでメンタルの疲労を感じたら、我慢せず、早めにセルフケアを行うことが大切です。最後に、わびさんが実際に行っているセルフケアについて紹介してもらいました。
趣味や推し活などに没頭して、気持ちを切り替える
「まず1つは、オンとオフを完全に切り替えることですね。私が自衛隊にいたときに出会ったメンタルが強い人たちはみんな、仕事が終わったらスパッと切り替えていました。走るのが大好きで、就業後に10kmも20kmも走りに行って帰って来ない先輩とか、車が生きがいで、仕事が終わるとすぐに洗車している先輩とか。コンビニスイーツが好き過ぎて、新発売の商品を買うためにすぐに帰ってしまう先輩もいましたね。仕事は仕事できちんとやるけど、終わったら仕事のことは一切考えない。そういう人たちは、みんなストレス知らずだった印象があります。
趣味とか推し活とか、没頭できるものがあることってすごく大事ですよね。私の場合、以前はそういうものがありませんでしたが、最近は家庭菜園や射撃、ゲームなど、仕事以外に楽しめることがたくさんあるのでとても充実しています」
仕事モードをオン・オフできるルーティンを設ける
「1日の始まりと終わりに、気持ちを切り替えるルーティンを持つこともおすすめです。私の場合は、出勤時に家の近所に立っているお地蔵様に『行ってきます。今日は〇〇を頑張ります』と手を合わせ、退勤時は「今日は〇〇を頑張りました」と手を合わせるのを習慣にしています。ときにはお地蔵様に愚痴を聞いてもらうこともあるんです。
お地蔵様でなくても、飼っている猫に話しかける、日記をつけてみる、空を見上げてみるといったことでも良いと思います。ロールプレイングゲームの主人公のように、会社員としての自分をルーティンによって起動させて、夜になったら会社員の自分をセーブするようなイメージです。セーブが終わったら、仕事のことを考えずに過ごすようにすると、うまく切り替えできるようになります」
自分の手で何かを育てて、達成感を得る
「小さな達成感を積み重ねることも、メンタルの回復を助けてくれます。特におすすめなのが、何かを育てることです。
私は家庭菜園で野菜を作っているのですが、世話をすると芽が出たり、大きくなったり、実をつけたりと、野菜の成長が見られるのがとてもうれしく、達成感を感じています。ストレスも和らいでいる気がしますね。
野菜を育てるのはハードルが高いかもしれませんが、植物を育てたり、ゲームのキャラクターを育てたりして、成長を見守ることを習慣にすると、メンタルの疲れを軽減できるかもしれません」
ボーっとする時間を作り、脳を休ませる
「何も考えない時間を作ることも重要です。私の場合は、毎日お香を焚いて、その煙を見ながらひたすらボーっとしています。煙は常に形を変えて流れていくので、それに集中していると、心が休まるんです。一種の『マインドフルネス』と言ってもいいかもしれません。焚き火の火を見ていると癒されるという人も多いですよね。
お香や焚き火だけに限らず、ボーっと眺めていても飽きないものをぜひ見つけてみてください。何か1つのものに集中して、不安や悩みを一時的にでも断ち切ることができると、とてもスッキリしますよ」
「おうち入院」と「デジタルデトックス」を一緒に行う
「メンタルの疲れが溜まっているなら、入院したときのように自宅で安静にして過ごす『おうち入院』もおすすめです。おうち入院では、食事はあらかじめ用意しておくなどして、なるべく何もしないようにしましょう。私は事前に食料を買い込んでおくようにしていますが、出前アプリなどで頼んでもいいかもしれません。
効果を高めるポイントは、情報からなるべく離れること。メンタルが疲れているときにインターネットやテレビなどを見ると、刺激を受けて余計に疲れてしまいます。特にSNSには注意が必要ですね。私の場合は、おうち入院中はスマホをオフにしています。テレビもパソコンもつけていません。
おうち入院は1~2日でも十分効果は得られますが、前日のことを引きずったり、翌日の仕事のことを考えたりしてしまう場合もあります。3日ほど行ってみると、ストレスが和らいで、頭も心もスッキリしやすくなりますよ」
まとめ
メンタルの調子を崩さないようにするには、ストレスをそのまま放置せず、体や心の状態を常に気にかけ、悪化する前にケアすることが大切です。わびさんいわく、「メンタルケアとハラスメントに関する本は、1冊ずつ読んでおくと良い」とのこと。自分の今の状態は、良い状態なのか、注意が必要な状態なのか。上司の言動は普通なのか、異常なのか。そういった基準が分かっていると、何か問題が起きても早めに対処できるはずです。
人生も仕事も、俯瞰することができれば、不安や悩みは小さくなります。目の前のことだけに集中するのではなく、別の選択肢も視野に入れながら、少しでも楽に楽しく生きられるような道を歩んでいきましょう。
話を聞いた人:わびさん
元陸上自衛官。会社員として働くかたわら、気持ちが楽になる生き方についてX(旧Twitter)で発信している。著書に、『メンタルダウンで地獄を見た元エリート幹部自衛官が語るこの世を生き抜く最強の技術』(ダイヤモンド社)、『人生から逃げない戦い方』(扶桑社)がある。
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