すべての人に無条件の権利として一定の所得が給与されるとしたら、人の働き方はどう変わるでしょうか?
「ベーシックインカム」といわれる制度が、現在欧州を中心とした世界中で導入が検討されています。フィンランドでは2017年ごろ試験導入が行われるそうで、その支給額は1人約11万円。この「ベーシックインカム」がもし日本でも導入されたら、私たちの働き方はどう変化するのでしょうか?
そこで、ベーシックインカム導入後の働き方の未来予想を、ベーシックインカム世界ネットワーク理事の山森亮さんに聞きました。
すべての人に無条件で生活費が給与されるベーシックインカム
まず「ベーシックインカム」とはどのような制度なのか、山森さんに聞きました。
「ベーシックインカムとは、すべての個人に、無条件の権利として、生活に足ると考えられる所得を給付するという考え方です。
これは私たちが知っている福祉の考え方とは根本的に異なっています。例えば生活保護を受給する場合、稼働能力の活用や、資産や所得が一定以下であることなど、給付を受けるための条件が設定されています。
しかし、ベーシックインカムにはそのような条件がありません。働いていてもいなくても、子どもがいてもいなくても、結婚していてもいなくても、ステータスにかかわらず、皆平等に給付を受けることができます」(山森亮さん、以下同じ)
ベーシックインカムは試験的段階
近い将来、フィンランドでベーシックインカムが試験導入されるというニュースが最近話題となりました。このベーシックインカムという考え方には、どのような歴史があるのでしょうか。
「考え方には200年ほどの歴史がありますが、今のところ、完全な形で実際に給付が行われている国、地域はありません。
2004年にブラジルで、市民ベーシックインカム法という法律ができましたが、税制改革を行った後に段階的に導入することをうたっており、現時点では、所得制限付きの児童手当がその第一段階として導入されているにすぎません。
『生活に足りると考えられる所得』という限定を外せば、アメリカのアラスカ州で、石油収入を州民全員に等しく分配する制度があります。
ただ昨年、フィンランドと、ユトレヒトなどオランダのいくつかの都市が給付実験を行う準備を始めたことから、現在、世界的な注目を集めているといえます」(同)
ベーシックインカム導入によって変化する働き方
もしベーシックインカムが導入されると、私たちの働き方はどのように変化するのでしょうか?
(1) 目先の生活より、先を見据えた人生設計をすることができる
「多くの人が、やりたい仕事に就くための技能や資格を習得するための進学や訓練を、金銭上の理由から断念して、今の仕事に就いています。
ベーシックインカムの導入だけで、私たちがそうした状況から完全に自由になるわけではありませんが、少なくとも今よりは、長期的な視野に立って、人生設計ができるようになるでしょう」(同)
(2) 生活収入以外のことに、時間や意識を向けることができる。
「多くの人は生活費を稼ぐための仕事に時間の大部分をとられています。ベーシックインカムが導入されることで、生活費を稼ぐための仕事からある程度解放され、お金以外の側面に目を向けることができるようになるでしょう。お金にならない仕事や活動にも、時間とエネルギーを使うことができるようになります」(同)
(3) 労働法規を犯す企業は淘汰(とうた)されていく
「仕事を辞めても食べていけるのであれば、割の合わない仕事を続けていくよりも、転職や充電、新しい技能の習得などへ意識が向きやすくなります。そのため、労働法規が順守されていないような職場での離職率は上がり、自然とブラック企業と呼ばれるような業務体系の会社は淘汰されていくでしょう」(同)
ベーシックインカム導入の最大の課題は「不信感」
ベーシックインカムはこれまでの仕事観や人生観を根本的に変えてしまう大変な行政改革ゆえに、実現には課題も伴うことが予想されます。現実問題として、ベーシックインカム導入の課題はなんなのでしょうか?
まず思いつくのは、財政的な問題です。しかし山森さんは、「財政的にはあまり問題はない」と語ります。
「財政的な問題については、多くの経済学者がそれは問題ではないと考えているのです。2016年1月にダボスで開かれた世界経済フォーラムでも、2010年にノーベル経済学賞を受賞したクリストファー・ピサデリスが、ベーシックインカムを『最も好ましい』政策として論じました」(同)
実際には財政的な問題ではなく、政治的な問題が大きいそう。しかしその背景にある根本的な問題は“心理的な不信感”だと山森さんは指摘します。
「財政的な問題がクリアーされている以上、導入課題として考えられているのは、税制改革を行う政治的困難に由来する、政治的な問題ということになります。しかし、政治家にその意思が欠如しているとすれば、民主主義社会では、それは巡り巡って、有権者の問題ということになります。
つまり、人々の心理的な問題が現在、一番の大きな課題といえるでしょう。私たちの多くは、『働かざる者食うべからず』と教えられて育ってきました。働いていなくても給付されるベーシックインカムは、一見、そうした教えに反しているようにみえます。私も実は二十数年前に初めてベーシックインカムを知ったときは反発を覚えました。
これまでの価値観が覆る考え方なだけに、ベーシックインカムを実現するためには『不信感』を払拭(ふっしょく)していくことが大切なのではないでしょうか」(同)
ベーシックインカム実現の方向へ世界は向かっていく
まだ市民権を獲得したとは言い難いベーシックインカム。今後、ベーシックインカムは実現に向かって展開していくのでしょうか?
「今年6月には、スイスで、ベーシックインカムを憲法に書き込むかどうかについての国民投票が行われます。冒頭で触れたフィンランド政府の実験は早ければ来年にも始まります。
こうした動きが一筋縄でベーシックインカムの導入につながるとは、私個人は思っていませんが、長期的にはベーシックインカムないしベーシックインカム的な制度の導入の方向へ、世界は向かっていくのではないかと考えています
なぜなら、技術革新によって多くの仕事が失われており、オックスフォード大の研究によれば、アメリカの現在の仕事のうち半数近くは、今後20年のあいだに無くなるだろうと予測されています。既存の雇用や福祉の仕組みは、こうした動向に対応できていません。
ただ既存の福祉の仕組みと一口にいっても、海外の国と日本では、その実際の運用には雲泥の差があります。ベーシックインカムないしベーシックインカム的な仕組みについても同じことがいえます。どのような具体的な仕組みを、どのように導入するのか、それは有権者にかかっています」(同)
「綱」ではなく「道」を歩む人生に
最後に、山森さんは現在の社会を「綱渡り」に例えて、ベーシックインカム導入後の未来を教えてくれました。
「私たちの知っている福祉の仕組みを、しばしばメディアや専門家は通常の生活を営むことが難しくなった人びとを受け止める『セイフティーネット』と例えますが、言葉の裏を返せば、私たちの人生は常に『綱渡り』ということになります。
現状、日本の福祉制度は完全に機能していると言いづらい状況にあります。例えば、生活保護を必要としている人のうち、実際に受給している人は5人に1人もいないといわれています。
ベーシックインカムを導入することで、私たちの生活は道を踏み外すことのないよう足元ばかりを見る『綱渡り』ではなく、そもそも踏み外すことのない『道』を歩むことができ、失敗を恐れずにさまざまな挑戦ができるように変化していくでしょう」(同)
いかがだったでしょうか? もしかしたらいつか、ベーシックインカムの制度が日本で導入される日がくるかもしれません。そんなときのために、今回見てきたベーシックインカムの基本的な考え方や歴史を心の片隅に留めておくとよいでしょう。
識者プロフィール
山森亮(やまもり・とおる)Basic Income Earth Network理事。同志社大学経済学部教授。関連著書に『ベーシック・インカム入門』(光文社新書)、『貧困を救うのは、社会保障改革か、ベーシック・インカムか』(橘木俊詔との共著、人文書院)、『Basic Income in Japan』(共編、Palgrave Macmillan)ほか。
※この記事は2016/03/11にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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