「自分は何のために働くのか」を被災地は考えさせてくれる-「東の食の会」事務局代表 高橋大就-

「被災地の力になれたら……」そんな思いを持ちながら、仕事に追われてなかなか一歩が踏み出せない。そんな方も多いのではないでしょうか?

「自分は何のために働くのか」を被災地は考えさせてくれる-「東の食の会」事務局代表 高橋大就-

「被災地の力になれたら……」そんな思いを持ちながら、仕事に追われてなかなか一歩が踏み出せない。そんな方も多いのではないでしょうか?

大きなネックになるのは、「本業のビジネスがおろそかになるのではないか」という懸念。
しかし本当に、復興支援は本業と両立できないのでしょうか?

「むしろビジネスパーソンこそ、東北に行くメリットがある」と語るのは、一般社団法人「東の食の会」の事務局代表として東北の支援をしている高橋大就さんです。今回は高橋さんに、ビジネスパーソンが復興支援に関わるメリットや、自身が活動を始めた経緯、そして復興支援に興味を持つビジネスパーソンに向けてのメッセージを伺いました。

「東の食の会」が行う3つの事業


―「東の食の会」ではどんな取り組みをしているのでしょうか?

高橋さん:東北の食産業の流通を増やすために、“マッチング”と“プロデュース”と“人材育成”の3つの事業を行っています。

“マッチング”は生産者と消費者のマッチングですね。そのために新たな付加価値をつける必要があれば、“プロデュース”をする。最終的に東北の人たちが自立できるようにするために、より長期的な視点から“人材育成”をして、マーケティングやブランディングのスキルを現地に移転しています。

―「東の食の会」のサイトを見ると、活動を通して、次々に面白い取り組みが生まれていることが分かりますね。

高橋さん:はい。たとえば、三陸の若手の漁師さんや魚屋の人たちが立ち上げた「フィッシャーマン・ジャパン」という団体が生まれたり、『AERA』の「日本を突破する100人」に3人が選ばれたり、人材育成の分野がすごいスピードで発展しているんです。東の食の会では“復興ヒーロー”をつくるということを掲げているのですが、実際にどんどんヒーローが生まれてきているんですよね。本当にそうしたヒーローたちの活躍はすごいと思います。

「いざ鎌倉」でマッキンゼーを飛び出し東北へ


―高橋さんは、現在はオイシックス海外事業部で勤めながら、「東の食の会」の活動も行っていますが、以前は外務省に勤めていたと伺いました。

高橋さん:そうですね。外務省では9年間勤め、日米通商交渉に携わっていました。そのときに、今の日本は農業がボトルネックになっていると感じ、農業に関わる仕事がしたいと思うようになりました。

でも自分にはビジネススキルがなかったので、戦略コンサルティングをやっているマッキンゼーに移って、ビジネススキルを身に付けることにしたんです。

―マッキンゼーでは、農業のお仕事に携われたのでしょうか。

高橋さん:マッキンゼーでは農業を扱っていなかったので、最初は医薬品や自動車を扱っていました。でもその後、自分で「農業をやる!」と宣言して、農業関連の部門を立ち上げ、クライアントを取ってくるところから始めていきました。

―自分のやりたい農業ができるようになったのに、マッキンゼーを離れたのは、なぜですか?

高橋さん:東日本大震災が起きて、原発の問題が起きた時点で、「この問題に関わらない選択肢はない!」と感じたんです。「いざ鎌倉」という感じですね。もともと「国を揺るがすようなことが起きたら、政府に戻ろう」という思いはあったので。居ても立ってもいられず、官邸にいる先輩にコンタクトをとって、「完全無償でいいから政府で働きたい!」と願い出ていました。

―なるほど。それが「東の食の会」設立につながるのですね。

高橋さん:そうですね。最初は、政府が出資しているNPOを紹介してもらい、東北に入って緊急支援を始めました。ちょうど東京ではオイシックス代表取締役社長の高島が、産業復興に向けて動き始めていて。そこに私も入って意気投合し、「東の食の会」を一緒に立ち上げることになりました。

ビジネスパーソンが東北に行く2つのメリット


―復興支援に興味がありながらも、「いざ鎌倉」のような決意が持てずに、一歩踏み出せないビジネスパーソンもいると思います。やはり一番のネックは、本業がおろそかになってしまうこと。しかし高橋さんは、「ビジネスパーソンこそ、東北に行くべき」という考えをお持ちだそうですね。

高橋さん:はい。ビジネスパーソンが東北に行くメリットは2つあると思っています。

1つ目は、東北にとってビジネスパーソンが必要だから。震災から丸4年が経とうとしていて、人によっては「風化が進んだ」と言うんですけど、ビジネス環境的にいうと、復興応援の追い風も弱くなってきた分、放射能の懸念のハンデも減りつつある。そういう意味で、ノーマルな状態に戻りつつあるんですね。なので、これからは単純に“ビジネスの戦い”になってくる。

そこで東北に足りないものは、ビジネススキルなんです。それが今まで支援してきた人たちにしても、政府にしても、欠けている。つまり、有能なビジネススキルを持った人が、意見をしたりスキルを売ったりしていくことが、東北にとって必要なことだろうと思います。

―東北に足りないビジネススキルとは、具体的にどんなものですか?

高橋さん:単純に、モノを売るスキルだったり、デザインのスキル、マーケティングやブランディングのスキルなどですね。あとは会計や法務のスキル、助成金申請作業のような役所的なスキルなど、諸々のビジネススキルが圧倒的に足りないんです。ここはビジネスパーソンのスキルを生かせるところですよね。

―まずはビジネスパーソンが持つこれらのスキルを、東北が必要としているということですね。一方でビジネスパーソン自身にとって、東北に行くことのメリットはあるのでしょうか?

高橋さん:そうですね。それがビジネスパーソンが東北に行く2つ目のメリットで、東北に行くことでその人自身、すごく得るものが大きいということなんです。かつて関東大震災や戦後の焼け野原から復活を果たした人々、そして今の東北の人々が持っている「大災害を乗り越えて、新しい東北を創っていくんだ」というエネルギーは、今の東京にはありません。そうしたエネルギーを肌で感じたいという、社会的なことがらに関心がある人なら、行かないのはもったいないですよ。

東北は「何のために働くか」を考えさせてくれる


―個人にとってのメリットに焦点を当てて、もう少しお話を伺います。「新しい東北を創っていくんだ」というエネルギーが、どのように個人に影響を及ぼすのかということが気になったのですが、高橋さん自身、復興支援に関わる中で何か変わってきたことはありますか?

高橋さん:はい。東北で地域再生しようとしている人と関わることで、人生が変わり得ますね。私も行くたびに必ずエネルギーをもらいますし、何のために働くかを考えさせられるんです。

―何のために働くか。

高橋さん:たとえば自分の施設が流され、船が流され、販路を失い、商品を売りに行けば「毒を売るのか」と言われ、人によっては家族を失い、「もう、何重苦なんだ」という状況の中で、彼らや彼女らは、めちゃくちゃ明るいんですよね。ものすごいポジティブにがんばっていて。

そういう姿を見ていると、「俺はいったい何やってるんだろう」と思いますよね。「社内のしがらみにとらわれて動けない」という悩みなんて、ものすごくちっぽけなものに感じられます。彼らを取り巻く環境は、漁協との軋轢だとか、しがらみだとかで、ものすごいんですよ。その中で立ち上がって、非難の矢面に立つ、という覚悟を持ってやっている人たちなので、覚悟が違いますよね。それをまざまざと見せつけられるんですから。

―覚悟の違い、ですか。

高橋さん:彼らは若くても、スケールが違うんですよね。30歳そこそこで「未来のために」ということを言います。「いかに自分の子どもたちの世代が、漁師という職業を、夢を持って語れるものにするか」という話をするんです。震災以前から存在する地域の構造的な問題の上に、津波が襲い、放射能の問題が起きたので、やめる理由も、やらない理由もいくらでもある。それなのに、ブランドを創って輸出までしちゃうんですから。すごいですよ。そういう話を聞くと、刺激を受けない人はいないと思いますね。

「仕事があるからできない」と制約を設けるのは自分


―東北に関わりたくても、仕事との両立をするときに、時間がネックになっている人も多いと思うのですが。

高橋さん:今は働き方を自分で設計する時代だと思うんです。自分がどういう働き方をしたいかによって、たとえば平日は仕事で時間が取れなければ、土曜日3時間くらいやると決めればいいし、夜2時間くらいデスクワークができる時間が取れるなら、平日の夜にやればいい。そういう働き方もできますよ。

つまり、制約を設けているのは、自分なんです。企業のトレンドとして、兼業やプロボノやNPOを認めるようになってきています。もしそれらがダメでも、本当に意志のある人は、会社と交渉すればいいですし。自分のスキルを生かして社会貢献する方法を、自分で設計すればいい。

それに、本業以外のこともやった方が、本業にも良い影響が生まれることが多いんです。まったく無関係に見えることからインプットをもらうこともあるし、インスピレーションを受けることもあるんです。

やりたいことをやらないのは、可能性を狭めている


―高橋さんはマッキンゼーを辞めて、後悔したことはありませんか?

高橋さん:まったくありません。むしろ、あのとき東北に行かなければ、後悔していたでしょうね。

やりたいことをやるのが一番重要なんです。やりたいことがあるなら、やらないよりやった方がいいに決まってる。もちろん、うまくいくかどうかは分からないですけど。もしやってみて食べていけなかったら、やりたくないことをやればいいんです。

―とはいえ、やりたいことに一歩踏み出すのは、不安がつきものですよね。

高橋さん:でも、自分の人生を振り返っても、何かアクションを起こしたら、必ず何かがつながるし、何かが起こるんです。一歩を踏み出すっていうのは、すごく重要です。その積み重ねで人生やキャリアができてくると思うので。思いきって「やってみたい」って口に出して言ってみれば、いつかたどり着けるはずですよ。もしくは、たどり着けるまで言い続けるか。

―不安を乗り越えて一歩踏み出せば、何かが見えてくると。

高橋さん:「一歩踏み出さない、声を上げない、手を挙げない」っていうのは、ものすごく可能性を狭めてしまっていると思います。その分岐点で全部“やる”を選んだ人生と、全部“やらない”を選んだ人生では、まったく違うものになってしまう。やる方を選んだ人生の方が、絶対楽しくて後悔がないと思うし、やらない方が成功する確率が高いというわけでもないのだから。私は絶対に、アクションを起こしている人が世の中をつくるし、成功の確率がより高いし、よりハッピーになりやすい、と思っています」


識者プロフィール
高橋大就(たかはし・だいじゅ)/
オイシックス株式会社 執行役員 海外事業部長。
一般社団法人「東の食の会」事務局代表。
1999年に外務省に入省後、2003年から2005年にかけて在米国日本大使館勤務を経て、2008年よりマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。 2011年、震災直後からマッキンゼー社を休職、2011年6月、東の食の会発足と共に事務局代表に就任。同年8月、正式にマッキンゼー社を退社し、オイシックス株式会社海外事業部長(執行役員)に就任。 現在オイシックスにおける海外事業と東の食の会における東北の食産業の復興事業を同時に行っている。

※この記事は2015/02/25にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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