手術場所を選ばない、フリーランス顎顔面口腔外科医・岩田雅裕氏の生き方

最近は「プロボノ」という生き方が脚光を浴びています。本業の傍ら、自らの人生にテーマを定め、自分の専門領域を生かしながら、社会と深い関わりを持つ生き方のことです。

手術場所を選ばない、フリーランス顎顔面口腔外科医・岩田雅裕氏の生き方

最近は「プロボノ」という生き方が脚光を浴びています。本業の傍ら、自らの人生にテーマを定め、自分の専門領域を生かしながら、社会と深い関わりを持つ生き方のことです。

岩田雅裕さんの職業は“フリーランス口腔外科医”。今から16年ほど前、岩田さんはカンボジアの医療事情を知り、総合病院に勤めながらボランティアとして当地の医療活動に関わるようになったそうです。そして現在は1年のうち100日間ほどを海外で過ごし、現地で“無償”の医療活動を続けています。

いわば岩田さんも「プロボノ」の実践者といえるのかもしれません。フリーランス医師の道を選択した岩田さんは、その胸にどんな“想い”を携えているのでしょうか。

1年のうち「3分の1」が海外での無償手術


―先日、100回目のカンボジア滞在から帰国されたばかりだそうですね。

はい。友人に誘われるかたちでカンボジアへ初めて訪問したのが2000年のことです。それから16年が経ち、今回が100回目の渡航となりました。

現在は、平均で年6回ほどカンボジアに渡っていますが、カンボジア以外の国も含めれば、少なくとも1年のうち100日間くらいは海外に滞在していることになりますね。

―2000年の当時、カンボジアにおける医療の実情を目の当たりにし、岩田さんの胸にはどんな思いが行き来したのでしょうか。

それ以前から、中国のローカルな地域への医療現場視察の経験がありました。当然、日本よりもずっと医療は遅れているわけですが、それと同等、もしくはそれ以上にカンボジアの医療は遅れていた。ご存じのとおり、カンボジアでは30~40年ほど前にクメール・ルージュによる大量虐殺があり、医療崩壊が起こっていました。

今は、医療従事者は徐々に増えており、一般的な内科医・外科医はいるのですが、脳外科医、耳鼻科医、そして口腔外科医のような専門医となると、まだまだ足りていないのが実情なんです。

―それ以降、どのような関わり方をされてきたのでしょうか。

総合病院に勤めながら、有給や夏休みを使って毎年現地を訪れ、ボランティアとして手術をおこなってきました。しかしそれでも、なかなか現地の現状は変わらない。同じ国のなかでもほかの地域からお呼びがかかるようになっていましたし、そうして自分自身を必要としてくれることに放っておけない気持ちが湧いてきました。

外科手術をしていくことには、どうしても量的な限界があります。このまま定職に就きながら関わっていくのは難しいと感じ、2013年にフリーランスになったわけです。

直近におこなったカンボジアでの手術。1分1秒も無駄にしない。


フリーランス医師の仕事とは?


―フリーランス医師を描いた人気のシリーズドラマに『ドクターX ~外科医・大門未知子~』なんかがありますよね。実際日本でフリーランス医師というのは、岩田さん以外にもたくさん存在しているものなのですか。

海外を含めてそんなに数は多くありませんね。特に日本の場合、世界に比べても少ないといえるでしょう。最近はだいぶやわらいで来ましたが、あのドラマと同様、医療の世界はやや封建的なところがありますからね(笑)。

それにけがをして手術ができなくなったら代わりはいませんし、スケジュール管理の大変さも相当なものです。フリーとして医療の世界に従事することはなかなか難しいところがあるのかもしれません。

―現在は、日本国内の病院からお声がかかるかたちで、フリーの口腔外科医として国内のお仕事に従事される一方、海外で無償手術をおこなっています。1年間の総合的な稼働を考えれば、それに対する報酬も決して多くはないと思いますが……。

国内にいるうちは当然、「AM8時~PM5時」みたいな生活はあり得ません。1日のうちに手術の掛け持ちをすることもありますし、土日にプライベートの時間がないこともあります。

最近は一時期に比べ生活も安定してきましたが、渡航する費用は自腹。日本で稼げるうちに稼いでおかないといけません。

どれだけ多くの命が助けられたことだろう、カンボジアの人が岩田さんを待っている。


それでもフリーランスを続けられる理由は?


―どんな仕事も、本業だけをやっているほうがやっぱりラクであって、岩田さんのようにボランティアとして社会貢献的な活動に関わるのは、なかなかの勇気がいると思うんです。「人生はお金だけではない」というような、ある種の価値観の変化があったのでしょうか。

当然、今でもお金を稼がなければいけない気持ちに変わりはありません。ただ、お金だけじゃない充実感といいましょうか、医療を受けられない地域の患者さんが喜んでくれる、そこから授かるものは何ものにも代えがたいですね。

もともと医療の世界に足を踏み入れた人なら、誰でもそうした志を持っているものです。ただ、医療が発達していない途上国では、そういう機会に恵まれることが多い。

―なるほど。日本全体を見れば、これだけ豊かになっています。私たちのなかで、医療を受けられるありがたみが薄れているのかも……。

患者さんから「ありがとう」と言葉として伝えられるかどうかが問題ではなくて、そうしたことを“肌で感じられる世界”が、そうした地域に残っているのだと思います。

現地を知り、それぞれの地でゴールを定める


―そう考えていくと、岩田さんの人生の「ゴール」には、どんなことを考えているのでしょうか。

一言でいえば「本当のゴールは、ない」ですね。完成形がないんです。

カンボジアにしても、最近行くようになったラオスなどもそうですが、その国の医療従事者ですべてまかなえ、患者さんが最低限の治療を受けられるようになるのが本来の理想。ですが、私がこの活動を続けているうちはおそらく無理だと思います。そのくらいに医療が遅れているんです。

だから今は、自分のできることをやるのみ。自分が寝ずに働いたって、1日にせいぜい10件の手術をするのが限度ですが、自分と同じことをできる人が1人でも増えれば、その分救われる人がいるはず。そのために各地で技術指導もおこなっています。

それに、国によって医療の実情は違いますから、それぞれの国で目標も異なってきますね。

年齢も国も超えて、これからも岩田さんの挑戦は続く。



―私たちは「アジア」というくくりで見てしまいがちですが、それぞれの国・地域でまったく事情は異なるのですね。

積極的に関わることもあれば、サポート的に携わっているところもあります。それぞれに関わり方がありますから、その地に行く前には必ず下調べもするし、現地を見て、現地の人と話もする。それぞれの地で、ゴールを決めていくといった感じです。

―最後に、20代の読者に向けて、何かメッセージがあればお願いします。

一般企業に限らず、医療の世界も安定志向なんですよ。病院に勤める医者も、なるべく忙しくなく、ほどほどにお金も欲しい。

そんな安定志向が最近の傾向なんです(笑)。でも私からすると、若いからこそ、やりたいことをやってほしい。私みたいに53歳でフリーになる人は稀なケースですから。

まとめ


岩田さんは最後に「仕事だから楽しまなきゃ損」だと、若者たちにメッセージを送ってくれました。医療の世界にかかわらず、日本の組織のあり方も徐々に変わりつつあります。

終身雇用制度も陰りをみせるなか、自分の生き方・働き方にどんなテーマを設定すべきか。皆さんも一度考えてみてはいかがでしょうか。


識者プロフィール
岩田雅裕(いわた・まさひろ) 1960年、兵庫県尼崎市生まれ。2000年、知人に誘われて訪れたカンボジアで現地の医療事情を知る。当時勤めていた大阪府の総合病院で顎顔面口腔外科部長を務めながら、ボランティア医療を続ける。2013年に退職し、フリーランス医師に。現在は1年のうち100日間ほどを海外で過ごす。これまでにおこなった無償の医療活動は3000件、カンボジアでは1600件以上にものぼる。

※この記事は2016/10/24にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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