「死の体験旅行」に申し込み殺到――お寺主催イベントで"死"と"人生"を考える

もしも自分が病に冒され、残りわずか数カ月の命となってしまったら……。体調がすぐれない時などに、ふとそんな想像をしたことがある人は多いのではないでしょうか。

「死の体験旅行」に申し込み殺到――お寺主催イベントで"死"と"人生"を考える

もしも自分が病に冒され、残りわずか数カ月の命となってしまったら……。体調がすぐれない時などに、ふとそんな想像をしたことがある人は多いのではないでしょうか。数日後、体調が回復するとともに、そうした心配はたいてい杞憂に終わり、私たちはそこで考えたことを忘れて日常へと戻っていきます。人間はいつか死ぬものだとわかっていても、健康に毎日を過ごしていると、いまいち実感が湧きづらいものですよね。

そんな遠いもののようにも感じる「死」を疑似体験できるワークショップが、現在ひそかに注目を集めています。主催しているのは、2006年に開かれたばかりのお寺「なごみ庵」住職の浦上哲也さん。「死の体験旅行」と題されたそのワークショップは、2013年1月に初めて行われ、現在は都内の寺院数カ所を中心に毎月1回程度開催されています。お寺という若い層にはあまり馴染みのない場所でのイベントにもかかわらず、参加者は20代から40代までの層が中心。現在は募集開始と同時に応募が殺到し、すぐ定員に達してしまうほどの盛況ぶりです。参加者は何を求めてワークショップに参加し、そして何を見つけるのでしょうか。浦上さんにお話を伺うとともに、実際にワークショップを体験してみました。

死を疑似体験しながら、「大切なもの」を順に手放していく


2017年12月下旬、ある平日の夕方。都内にあるお寺「金剛院・蓮華堂」で、「死の体験旅行」が行われました。開始の時間が近づくにつれ、仕事帰りのサラリーマンや私服姿の女性、大学生のカップルら、さまざまな人が集まってきます。浦上さんの指示に従って壁向きの席に座りますが、友人同士などで参加した人も離れて座るので会話はなく、とても静かです。

時間になり、座席がすべて埋まると、浦上さんがワークショップの概要を説明し始めました。最初は緊張した空気が漂っていましたが、浦上さんが「以前、名前のイメージで、死にそうになるほどハードな運動をするんだと勘違いしてトレーニングウェアで来た人がいました。今回は大丈夫そうですね」と話すと、会場に笑いが広がって和やかな雰囲気に。

「使うものは想像力とペンだけです。まずは今から配る20枚のカードに、皆さんの大切な人やもの、行為などを一つずつ書いていってください」

浦上さんの説明ののち、カードが配られます。参加者はそのカードに、自分が大切に思う人やものを書いていきます。すぐに思いつく人もいれば、なかなか20個も思い浮かばない人もいるようです。筆者もやや苦労しながら、なんとか書いてみたものの、その中には「これって本当に大切と言えるだろうか」と思うものもありました。

カードを書き終えると、照明が暗くなり穏やかなBGMが響き渡りました。「死の体験旅行」の始まりです。浦上さんの語りに耳を傾けながら、参加者は自分が病にかかり、少しずつ心身が弱っていく過程を体験します。死に近付いていく中で、20枚のカードを順に手放していくのです。

なごみ庵の住職であり、「死の体験旅行」のファシリテーターを務める浦上哲也さん(写真右)。参加者は壁に向かって座り、浦上さんのナレーションに沿って死への物語を歩む


浦上さんの柔らかい、それでいて厳かな語り口に、体験中はその世界観に入り込んでしまい、先ほど大切かどうか疑問を抱いたカードも、手放すのがためらわれました。捨てたカードについて「これで良かったのだろうか」と思いがめぐり、大切なものが失われていく感覚に、思わず涙が滲みます。会場ではすすり泣く声も聞こえていました。物語が進行し、いよいよ最期の時を迎えると体験は終了。およそ40分の死の疑似体験でした。

体験を終えると、近くに座っていた数人で感じたことをシェアします。それから全員で大きな円を作り、最後に残ったものは何だったかを一人ずつ順に話していきます。「最初に捨てるだろうと思っていたものが、最後まで残った」と、意外な結果になったことを驚く人もいれば、予想通りだったけれど、あらためて大切なものが確認できた、という人も。泣きながら体験していた先ほどとは一転、皆さんどこか清々しい表情で、少し恥ずかしそうに自分の大切なものについて話す姿が印象的でした。

体験終了後、参加した20代の男性にお話を伺うことができました。保険の営業に携わる28歳のこの方は、「顧客のもしもの時に助けになる仕事をしているので、自分自身が『死』を体験することで顧客の心にもっと寄り添えるのではと思った」と参加のきっかけを話してくれました。

この体験を通して、「自分がいよいよ死ぬという時、残していかねばならない家族のことが心配になった。家族をもっと大切にしたいと思ったのと同時に、これからは顧客の不安を理解し、安心させてあげられるような仕事をしたい」と、感じたそうです。

欧米発祥、終末医療従事者のためのプログラムを一般向けに改良


浦上さんによれば、「死の体験旅行」はもともと欧米のホスピスで始まったものなのだそう。終末医療に従事する医師や看護師が、死と向き合う患者の気持ちを深く理解するため、自分たちも死を想像してみるために作られたといいます。なぜ、僧侶である浦上さんがそのワークショップを開催することになったのでしょうか。


「私は一般家庭に生まれ、20代の時に知り合いの勧めで僧侶になりました。それから数年後に父を亡くし、家族を失う悲しみを味わいました。それは本当につらい出来事でしたが、数年経つとその感覚も薄れていきます。そんな時、このワークショップの存在をある仏教の本で知りました。1ページほどで簡単に紹介されていただけでしたが、私は僧侶という立場として"死"についてもっとよく知りたい。そうすれば、亡くなった方や遺族の気持ちにもっと寄り添ってお経があげられるはず。そう思い、ぜひワークショップを受けたいと思いました」

当時は一般向けにほとんど開催されておらず、受講に至るまでには苦労したと浦上さんは言います。

「毎日のように情報を探したもののなかなか見つからない。ようやくワークショップを開催できる方を見つけ、私の寺に招いて僧侶仲間とともに受講したのが2012年の夏でした。初めて受講した時は私も号泣しましたね。体験しながら"死"というものを身近に感じ、父のことを思いました」

「その体験をネットに綴ったところ、多くの方から『私もやってみたい』との声が寄せられました。その反響を受けて、それなら私が進行役となりやってみよう、と思ったのがきっかけです」

20代の中には「自分は何が大切なのか」を見つめ直すために参加する人も


参加者が物語に入り込みやすいよう、浦上さん自身で試行錯誤を重ね、現在のワークショップの形を確立。これまでに体験した人は2400人以上にのぼります。ネットで広報や申し込みを行っているため、参加者の年齢が若いのも特徴です。

「お寺でのイベントは高齢者が中心となることが多いので、この若さは極めて珍しいと思います。20代の方も多いですよ。参加される理由は『最近家族が亡くなった』という死を身近に感じるきっかけがあった人から、『自分の大切なものが何かを見極めたい』『転職や結婚で悩んでいる』といった人生の岐路に立っている人までさまざまです。20代だと、まだ"死"そのものについて真剣に考える機会は少ないので、『何が自分にとって大事なのか』を考えるために受講される方が多いように感じますね」

死の疑似体験を通じて、自分の大切なものが見えてくるのがこのワークショップの特長。ただ死を身近に感じるだけではなく、そこから生を見つめ直すことが「死の体験旅行」の本質といえるのかもしれません。だとすると、毎日なんとなく生活していて、このままでいいのかと漠然と不安を感じている人にとっては、これからの生き方や働き方を深く考えるきっかけにもなりそうです。

終わりを意識することが、誠実に人生を生きることにつながる


最後に、浦上さんから20代に向けてこんなメッセージをいただきました。

「私はよく人生を飛行機にたとえます。1時間のフライトだと、離陸上昇が10分ほど。それから30分ほどの水平飛行があり、20分ほどかけて降下着陸します。これを人間に当てはめると、学生時代が「離陸上昇」、現役で働く時間が「水平飛行」、そしてリタイヤから死を迎えるまでが降下着陸です」

「着陸がヘタな飛行機なんて乗りたくないですよね。ですが、今の日本では『降下着陸』のことを考えて生きる人は稀です。しかし、必ず着陸の瞬間はやってきます」

「それに、フライト時間が決まっている飛行機と違い、私たちの着陸はいつやってくるかわかりません。だから20代であっても、死について考えておくことが大切です。着陸、つまり死について考えることは、誠実に人生を生きることにつながるのですから」

いつまでも続いていくように思えるけれど、いつ終わりがくるかわからないのが私たちの人生。そのことを実感すると、背筋がぴんと伸びるような気持ちになります。常に終わりを意識して生活するのは難しいかもしれませんが、その体験や想像を通して感じたことは、生きていく上での重要な指針となるはずです。

あなたなら、最後の1つに何を残すと思いますか? そしてそれを今、ちゃんと大切にできていますか? "死"を通して自分の人生を見つめ直してみることで、あなたが本当に大切にしたいものが浮かび上がってくるのではないでしょうか。

(取材・文:小沼 理/編集:東京通信社)

(オススメ記事)
私たちは暗闇で何を見いだす?「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の体験で得る気付き
間違えても、ま、いっか。「注文をまちがえる料理店」で見えた、ちょっと寛容な社会の姿
集中もクリエイティブも全ては「無」から。坐禅から学ぶ「仕事に入りきる」方法

識者プロフィール


浦上哲也(うらかみ・てつや)
一般家庭に生まれ、縁あって僧侶となる。
「自分らしい方法で仏教をひろめたい」と考え、2006年に浄土真宗 俱生山(ぐしょうさん)なごみ庵を開く。山号の「俱生山」には、「俱(とも)にこの世を生き、俱に浄土に生まれる」という願いが込められている。法話会や写経会、全国の寺院で仏教演劇の公演を行うほか、もとは医療系のワークショップである「死の体験旅行」を主催。
死を見つめることによって〝いのち〟について考え、自分にとって何が本当に大切なものかを再確認できるものとして、多くの参加者が集っている。

なごみ庵HP
まちのお寺の学校HP -「死の体験旅行」お申し込みはこちらから

※現在予約が取りにくい状況となっております。ご了承下さい。

※この記事は2018/02/08にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

page top