いま、新たな舞台で活躍しているあの人にも、実はビジネスマンとして会社勤めをしていた日々があったそうです。
しかし、なぜ彼らは会社員を続けなかったのでしょうか。ただ単に彼らは向いていなかったのでしょうか。どんなビジネスマンだったのかを訊いてみました――。
今回は、前回のフランスピアノ・山本さんに続き、相方のなかがわりょうさんにお話しを伺いました。会社で芸人になる夢を語り、「それなら早く辞めてお笑い芸人を目指せ」と社長に言われたとき、なかがわさんが返した予想外な言葉とは。
1993年生まれ。千葉県出身。グレープカンパニー所属のお笑いコンビ・フランスピアノのツッコミ担当。日本大学卒業後、Wi-Fiの営業マンとして勤務。相方の山本陽平とともに、会社勤めを続けながらフリー芸人として活動。2018年4月からグレープカンパニー所属。独自の切り口で漫才もコントもこなす若手として注目を集めている。
会社で生み出した、トイレで熟睡する方法
――相方の山本さんとは同じ大学のお笑いサークルなんですよね。なかがわさんのほうが1年先輩だとか。
なかがわ:はい。でも、僕が就職したときはまだコンビではなかったんです。
――ということは、お笑いの道は考えずに就職されたんですか?
なかがわ:芸人にはなりたかったですよ。でも、普通の人間なので普通に就職するものだと思っていました。
――では、就活もマジメにやって。
なかがわ:それが全然(笑)。就職サイトで「広告関連」で検索して、たまたまヒットした会社で一番最初に内定が出たところに就職しました。
――広告代理店ですか?
なかがわ:いや、アパートやマンションのオーナーさん向けに、Wi-Fiを売っていました。Wi-Fiがまだ設置されていないところに売り込んだり、更新の手続きをしたり。つまり、Wi-Fiの営業マンでした。
――望んだ職種と違ったんですね。それが不満になったりもしましたか?
なかがわ:何にも考えてなかったですね。
――えっ、最初から長く働く気がなかった?
なかがわ:今思えば、「どうせお笑いやるんだろうな」と思ってたんでしょうね。就職してみて、楽しかったらそれでいいやって。
――では、仕事には身が入らず。
なかがわ:とにかく早起きが苦手で、ずっと眠かったです。そこでトイレで熟睡する方法を体得しました。
――洋式便器に座って眠るんですか?
なかがわ:いやいや、それだと絶対に眠れないんです! 僕のやり方は、個室の角に背中をつけて座って、壁に全体重をかけながら丸くなる。人間、首が安定しないと眠れないんですよ。
――それは試行錯誤のなかで生まれたんですか?
なかがわ:眠りたい一心で偶然見つけました(笑)。この格好で夢を見ることはもちろん、金縛りにもあいましたよ。
――あははは。
なかがわ:でも、足は痺れるし、腰も痛めるんで、オススメはしないですけど。
人の大事な決断を横取りするな!
――トイレで眠っていても、営業マンはノルマがありますよね?
なかがわ:臆病者なので最低限のところはクリアしてました。でも、成績が悪くてもあまり怒られず、今考えるとすごくいい会社でしたね。
――同僚からは「いつか辞めるだろう」と思われていたタイプ?
なかがわ:はい、完全にバレてました。「いつ辞めるの?」ってずっと言われてましたから。
――そんな態度で嫌われなかったですか?
なかがわ:社内ではおとなしくしていたんで、そういうのはなかったと思います。
――粛々と最低限の業務をこなしていたわけですね。
なかがわ:唯一イラッとしたのが社長で、とにかく熱いんですよ。
――いいじゃないですか。
なかがわ:面接のときからお笑いをやっていることは伝えていたんです。そして2年目のある日、「お笑い芸人になりたいなら早いほうがいい! すぐに会社を辞めろ!」みたいなことを、飲み会で熱く言われて。
――素晴らしい社長じゃないですか。
なかがわ:そんな大事なこと、自分の意思で決めたいじゃないですか! 「俺が背中を押した」みたいな感じにするんじゃねぇよって。なのでそれから何か月かは会社にいましたね。
――社長が「夢を追うなら会社を辞めていい!」と言ってくれているのに「辞めません!」ですか(笑)。そのとき、周囲はどんな感じでした?
なかがわ:社長の熱いメッセージに感動して、隣にいた同期は泣いてましたね。今考えると辞めたいと思っている人が働いているのは、本人にとっても会社にとっても健全ではないですからね。
――最終的に仕事を辞めるに至ったのは?
なかがわ:何か具体的なエピソードがあったというわけではなかったです。なんとなく「今の仕事じゃないんじゃないかな」っていうのが毎日1mmずつ積み重なっていった感じです。
働きながら芸人としても活動していて、当時、相方はまだ就職したばかりだったので動きづらかったんですが、いよいよってときに「大丈夫だよね? お前も辞めるよね?」って。「俺も別れるから、お前も別れるよな?」って不倫の末の駆け落ちみたいに。(笑)そしたらちょっと遅れて退職してくれました。
熱くなれない仕事では結果は出せない
――振り返ってみて、社会人生活はどうでしたか?
なかがわ: 勤めていた会社で、仕事のできる部長が昼休みもとらずに、カップ麺片手にパソコンと向き合って仕事をしていて。そうやって家族を養うために働くのは美しいし、そのかっこよさとかももちろんあると思うんですけど、そういうの見てて、「あー僕は違うな」って思っちゃいましたね。
――ではサラリーマンをしていて良かったと思うことはありますか?
なかがわ:「ちゃんと就職しておけばよかった」という思いを先に潰せたことですね。芸人としていやっていくことに心が揺れたときに、選択肢をひとつ減らしておくことができたので。迷いをひとつ潰せたというか。
――なるほど。
なかがわ:あとは、お笑い芸人ってほんとに朝も遅いし、社会的に“ならず者”というか、ちょっと枠を外れた人って想像しちゃうと思うんですけど、「俺はサラリーマンができる人間なんだぞ」という自信が得られたことですね。精神的な強さというか。
芸人に限らず、人って“たられば”とか“もしも”とか理想の話ってどうしても想像しちゃうじゃないですか。現状よりいい想像って簡単にしちゃうと思うんですよ。それをしなくて済むっていうのは、すごく強いんじゃないかなって思いますね。
――営業マンをやってみて感じたことは何かありますか?
なかがわ:興味が持てないことで結果を出すのは、ほぼ不可能だということですね。それで結果を出し続けなければいけないっていうのはつらかったです。適当にやって“たまたま成功”することなんてありえないんだなって。熱くなれないものでは結果は出せない。お笑いに関してなら、あのときの社長のように熱くなれますから。
この連載では、会社勤めの経験がある著名人に会社員時代のちょっとやんちゃなエピソードを伺っていきます。
vol.3:フランスピアノ・山本┃「辞めないでくれ!」先輩のメッセージに応えられなかった9ヵ月間のAD生活
【連載】あの人だって元ビジネスマン!
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文/富山英三郎 撮影:佐坂和也
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