今年は5月11日から22日まで、フランスのリゾート地カンヌで開催される「カンヌ国際映画祭」。世界でも最も有名といわれているこの映画祭の開催中、現地では、世界中から映画スターが集い、連日連夜パーティーやイベントが行われます。
しかし、その華やかな表舞台の裏で、実は映画バイヤーと呼ばれる人々が、ライバル会社より先に映画を買い付けるために、生き馬の目を抜くような戦いを行っていることをご存知でしょうか。そこで今回は、映画配給・宣伝を行うアンプラグドの代表取締役・加藤武史さんに「映画バイヤー」という仕事について解説していただきます。
カンヌ国際映画祭に行くと連日徹夜。でも楽しい!
-映画バイヤーとはどのような職業なのでしょうか?
加藤武史さん(以下、加藤):海外の映画を買い付け、日本へ輸入するのが映画バイヤーの仕事です。どこで映画を買い付けているのかというと、世界各地で開催されている映画祭や映画見本市。そこで紹介されている作品を厳選し、日本での上映権やDVD権、テレビ権などを買い付けているのが映画バイヤーです。
世界の映画祭の中でもカンヌ国際映画祭は特別で、膨大な数の作品が集まるので、毎年多くの映画バイヤーがカンヌで映画の買い付けをしています。
-カンヌ国際映画祭と聞くと、華やかな世界をイメージしてしまいます。
加藤:そう思いますよね。でも映画バイヤーにとって、これほど疲れる映画祭はありません。各バイヤーには上映作品の資料がまとめられたカタログが配られ、その資料をもとに見たい作品をチェックするのですが、できるかぎり多くの作品を鑑賞しようとするので、朝9時から夜9時まで作品を見続けます。そして夜になると日本の本社に連絡して、進捗を報告する。そのため連日徹夜で、疲労困憊になって日本へ帰るんです。
それでも、世界中の批評家や映画ヲタクたちが一カ所に集まり、レストランでたまたま知り合った人と映画談義に花を咲かす、なんてことがあったり、世界中の人と映画を通じて知り合えるので、やっぱりカンヌは楽しい。
映画バイヤーに配られる映画祭の資料
-映画バイヤーになるためには、どのようなステップを踏めばいいのでしょうか?
加藤:まずは映画の配給を行っている映画会社に就職する必要があり、そして、会社の規模によって2通りのキャリアがあります。
1つ目は大手の映画会社に就職すること。大手ですと国際部という部署があり、その部署に入れば確実に映画バイヤーになれます。2つ目は小さな映画会社で宣伝プロデューサーの仕事に就くこと。
なぜ小さな映画会社の場合、宣伝プロデューサーが買い付けに行くのかというと、映画は買い付けしてから公開されるまで、多くは1年近くかかるので、映画バイヤーは、公開する時期に合っている作品を選ばないといけません。また、買い付けた作品を長い目で見て、どのように宣伝するのかを分かっていないといけないのです。
映画の良し悪しを見極められたとしても、宣伝に慣れた人でないと、その作品がヒットするかどうかは分からないし、ときには、映画ビジュアルを日本人の好みに合わせて変更するなどの、宣伝戦略を立てることも。そのため、宣伝経験を積む必要があります。
-現状では具体的にどんな方たちが映画バイヤーとして活躍されているのですか?
加藤:ある程度、映画業界でキャリアを積んだ方が映画バイヤーとして活躍しています。おそらく日本には100人もいないんじゃないかな。30代後半の人が若手の部類に入るくらい平均年齢も高い。僕は、ここに映画業界の問題が潜んでいると思います。若い感性を生かして、映画を買い付けられる人がいないんです。
世界にはいろいろな映画があって、例えばアフリカや東南アジアでは、見たこともないようなホラー映画やアクション映画が製作されています。でも誰も見たことのない映画を、まったく新しいやり方で日本に輸入できる若い人がいない。映画バイヤーたちは皆、同じような作品を買い付けているので、マンネリが生まれています。業界に新しい波を起こすためには、まったく映画の知識のない人や無鉄砲な人が参入しないといけないんじゃないかと思っています。でも、実際に参入するのは難しいのが現状です。
語学力、宣伝力、交渉力を備えていないといけない
-映画バイヤーになるために必要な能力は何だと思いますか?
加藤:まず、映画の知識が豊富であることは最低条件です。映画好きでないとこの仕事はできません。その上で大切なのは「語学力」「宣伝力」そして「交渉力」です。
「語学力」は海外の人と英語で交渉するために必要ですが、そこまで重要ではないと考えています。英語に不安を覚えるなら通訳をつければいいんです。「宣伝力」については先ほど申し上げたように、買い付けた作品をどう売り出すかがイメージできていないと、ヒット作品を生み出せません。
-最後の条件である「交渉力」については?
加藤:映画バイヤーの一番の仕事は何かというと、値段を交渉すること。そして、これが一番大変な仕事なんです。ヒットが見込めるいい作品を安く購入することが映画バイヤーの腕の見せどころ。いい作品にはたくさんの映画バイヤーが集うので、そのライバルに競い勝ち、よりよい条件で購入する「交渉力」が必要です。
どのように交渉が進んでいくのかというと、映画の上映権を持っている「セラー」と呼ばれる担当者に、バイヤーが購入を打診するんです。セラーが額を提示し、そこから交渉がスタート。セラーは1ドルでも高く売ろうとし、バイヤーは1ドルでも安く購入しようとする。そこでバイヤーはよりよい条件で話をまとめないといけない。しかもライバルが出現する前に、素早く交渉を進める必要があります。
右は映画『あまくない砂糖の話』の本国のビジュアル、左は日本のビジュアル。映画のビジュアルを変えることもあります。
-早く交渉するためにどのようなことをされているんですか?
加藤:それは簡単。映画が完成する前に上映権を手に入れるんです。
-映画が出来上がる前に購入を決めるのですか?
加藤:そうです。優れた作品だと脚本の段階で売り切れる、なんてことも当たり前。たとえばウディ・アレンのような人気監督の作品ですと、撮影する前に買い付けが終了してしまいます。買い付けしてから撮影が始まり、それから本国で公開が決定。そしてやっと日本に来る。だから上映権を購入してから2年後にやっと完成したものが見られる、なんてことはざらにあります。目利きのバイヤーは、脚本や限られた情報をもとに、『この作品はヒットする!』と当たりをつけて購入するんです。
映画はハイリスク・ハイリターン。まさにギャンブル
-映画が出来上がる前に購入を決めるのはかなりのギャンブルですね。
加藤:映画バイヤーほど、ハイリスクな商品を扱うバイヤーはいないんじゃないかな。
昔『ジャニス』という作品を購入したのですが、完成が遅れに遅れてしまって……。結局、日本での上映予定日に間に合わなかったことがあるんです。でも頭金は払ってしまった。もちろんお金は戻ってきませんよ。また、国の政治や情勢が変化したために映画が上映できないということも。東日本大震災のときは、上映が中止になってしまった作品がありました。でも買い付けをしたとき、震災が起こるなんてことは予見できない。天変地異が起こってしまうことは映画バイヤーには恐いことです。
-では映画バイヤーという仕事をしていて、どんなときにやりがいを感じますか?
加藤:映画が大ヒットしたときですね。弊社では『ロボット』という作品を250万円という破格の安さで購入できたのですが、この作品が劇場でヒットし、DVDのセールスもよかった。おかげさまで、億という額のお金を生み出せました。万馬券を購入したような気持ちになりましたね。まさにギャンブルです。
それから、買い付けた作品がカンヌ国際映画祭やアカデミー賞などで受賞すること。自分が買い付けた作品が認められるのは本当にうれしいんです。でもそれがなかなか訪れないのが映画バイヤーの大変なところなんですけどね(笑)。
まとめ
映画がヒットするかは運やタイミングも関係し、ヒット作に巡り会えるのは何年かに1度だと加藤さんは語りました。「映画バイヤー」は、それくらい大変でスリリングな仕事のようです。
しかし、「大変だと」語る加藤さんの顔は生き生きとしていました。仕事が大変なのは当たり前ですが、その大変さを楽しめるかどうかが仕事のやりがいにつながるのかもしれませんね。
識者プロフィール
加藤武史(かとう・たけし) 松竹撮影所(京都)で助監督を経験した後、日活で配給・宣伝を担当。出版社勤務を経て、2002年に株式会社アンプラグドを設立。これまで『ザ・コーヴ』『ロボット』などを配給しヒットへと導く。最新作『あなた、その川を渡らないで』が7月より公開される。
※この記事は2016/05/20にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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