地方から医療問題を解決することができるか。日本初「臨床支援アプリ」の挑戦

世界でも認められている、日本の医療技術。しかし近年は、医療の高度化・複雑化により医師が不足していることに加え、地方では過疎化の影響で病院も閉鎖されつつあり、医療業界では課題が山積みになっています。

地方から医療問題を解決することができるか。日本初「臨床支援アプリ」の挑戦

世界でも認められている、日本の医療技術。しかし近年は、医療の高度化・複雑化により医師が不足していることに加え、地方では過疎化の影響で病院も閉鎖されつつあり、医療業界では課題が山積みになっています。

そんな問題を解決すべく、日本発の臨床支援アプリ「ヒフミル君」と「メミルちゃん」を医師向けに提供し、医師不足の解決の糸口をつくっている地方発のスタートアップ、株式会社エクスメディオ。

医師として働いた後にスタンフォード大学に入学し、在学中に出会ったメンバーと医療業界の課題を解決すべく起業をした代表の物部真一郎さん。氏に今後の医療業界や、キャリアの形成についてお話を伺いました。

三重と高知、東京の三拠点にある活動の場


現在、精神科医として三重の病院に赴任しており、三重と高知、東京を行ったり来たりする生活を送っているという物部さん。

高知に本社を構え、東京では渋谷にオフィスを置く株式会社エクスメディオの代表として、臨床支援アプリ「ヒフミル君」と「メミルちゃん」を開発しました。このアプリを使って、専門外である皮膚科疾患と眼科疾患に悩む内科医や精神科医に、専門医がアドバイスを返すというサービスを提供しています。

ヒフミル君

2015年3月リリース。スマートフォンで患部の画像を送るだけで、12時間以内に皮膚科専門医(5年以上のキャリア)のアドバイスが受けられる。
内科の医師や、在宅医療の医師の利用が多い。

メミルちゃん

2015年10月リリース。皮膚科と同じく専門医の数が少ない眼科医。眼科疾患も皮膚科と同様、高齢の患者さんに多く見られ、非専門医には診断が難しいケースが多いため、利用する医師が多い。ヒフミル君同様、スマートフォンで患部の画像を送るだけで専門医からアドバイスを受けられるサービス。

精神科医になって気付いた医療の問題


精神科医の物部さんが、臨床支援アプリの開発をしようと思ったきっかけは、病院に赴任していたときに見えた、ある問題からでした。

「精神科医や内科医でも、自分の専門以外の疾患を診なければならないケースがあるんですね。例えば精神科の場合、高齢患者になると、高血圧・皮膚の疾患・眼の疾患など、精神疾患以外にも複数の疾患を抱えていることが多いんです」(物部さん、以下同じ)

その場合も主治医が診なくてはならないケースが多く、専門外で疾患の知識がない医師による対応で、適切な処置を受けられない患者が出てくる状況が発生してしまうのだそうです。その傾向はとくに、地方になるほど色濃くなるのだとか…。

「たとえば本社のある高知県には約120の病院がありますが、皮膚科医がある病院は、たった5つしかないんです。非常勤の皮膚科医がいることを考えても、多くの病院には皮膚科医がいません。すると、その病院に入院した皮膚疾患の患者は、その病院の常勤の内科医や外科医が診ることになります」

また、へき地の場合は、寝たきりの老人患者などの家を訪問する在宅医療の医師が多く、その場合も専門ではない疾患を診なくてはなりません。このような状況を目の当たりにした物部さんは、医師になって5年、大きな決意をしました。

5年目で渡米し、ビジネススクールへ


大学を1浪し、さらに1年休学した物部さんは遅れを取り戻そうと、医学生のころから臨床にこだわって必死に勉強に取り組んだそうです。精神科の中でも今後需要の見込める高齢者の精神疾患に興味を持ち、専門性を磨くために力を注いだとか。

また、物部さんは高知医科大学在学時に、飲食店や病院の広報誌を作る会社を設立。その当時、「大きなインパクトを与えることができた!」という達成感を感じたそうです。

その後、「精神科医という仕事が趣味みたいに好きで、毎日病院にいた」という物部さんですが、あるとき「自分は通院できる範囲の、半径10キロ圏内の患者さんにしかインパクトを与えられていないのでは…」と考えました。

「今度は、医療の分野で広く深いインパクトを与えることができないか…。それを考える時間がほしかったので、留学を決意しました」

そこで物部さんは2013年に渡米し、スタンフォード大学のビジネススクールへ入学、2015年6月に経営学修士(MBA)取得します。

「日本で遅れているITを導入した医療、最先端技術やテクノロジーを学び、世界中の優秀な人々と出会い議論し合えたことで自信が持てるようになり、渡米前から何となく構想のあった『ヒフミル君』の仕組みも固まってきました」

アメリカでは「医師と患者」をつなげる遠隔療法が確立されていましたが、それは医療費が高いアメリカだから成り立つのであって、医療費の安い日本では「医師と患者」をつなげるサービスは、合わないと判断した物部さん。

「医師は年間で数千人の人を診ます。だから患者さんより医師を助けた方がレバレッジが効き、結果的により多くの患者さんのためになると思ったんです。そこで、医師と患者をつなげるのではなく、医師と医師をつなげるサービスに取り組むことにしたのです」

生死に関わる悪性疾患も早期発見できる

 


現在、「ヒフミル君」「メミルちゃん」を利用する医師の数は日に日に増えています。リリース当初は「12時間以内」に専門医のアドバイスを受けられることをうたっていましたが、現在はなんと平均25分ほどでアドバイスが返ってくるため、ユーザーである医師からも好評なのだとか。

「病院内でも他の先生に診てもらう依頼状を書くと、だいたい診断が翌日になってしまうんです。ですので、返信の早さとアドバイスのクオリティーの高さには驚かれます。

実際に『ヒフミル君』では、これまでに、皮膚がんや、重要な免疫の疾患の疑いなど、死につながる悪性の疾患を早期に数多く発見してきました。

高知県はへき地が多いんです。そのような地方のへき地や、在宅医療の医師にとくに使ってほしいサービスですね」

医療AIを作る、データ集めの役割も


アプリを通してアドバイスをしてくれた医師には、小額の謝金を支払っているそうですが、「日本の医師は自分の知識を患者を助けるための『共有財産』として考えている方が多く、モチベーションベースでアクティブに動いてくださっている医師がたくさんいる」と物部さん。そこで気になる今後の展開を聞いてみました。

「サービスを使えば使うほど、診断の付いた写真と問診情報が増えるんです。それらを集めてデータベース化し、AI(人工知能)を作ろうと思っています。

現在は、AIを作るためのデータを買っている状態ですね。実用化にはまだまだですが、少しずつ自動診断ができるようなシステムを作っています」

テクノロジーの力で医療を効率化させる


そんな物部さんに、今後テクノロジーの力で、医療業界がどのように変わっていくのか聞いてみました。

「テクノロジーを使った方がいい、いや使わなければならない未来がくると思います。今までは医学の知識を自分一人の頭に詰めていましたが、これからは、最適な情報をどこからでも取り出せるように、ITを使った脳(情報)の拡張が起こってくるでしょう。

ただ医療の面白いところは、最終ジャッジは機械では無理というところなんですね。機械は『100パーセント“A”です』という答えが出せないんです。疾患の可能性の確率は出せても、最終的な判断や決定は医師が下すことになるので、最終ジャッジをするためのヘルプを、ITを使って入れていく医療社会になるんじゃないかと思います」

「RPG」のように求められる能力を増やす


最後に、医療への課題を軸にキャリアを積み重ねてきた物部さんから、「仕事」と「キャリアチャンジ」についてアドバイスをいただきました。

「RPG(ロールプレイングゲーム)のように、自分の能力を増やしていくことに貪欲な方がいい。そのために必要な転職やキャリアチェンジは、どんどんした方がいいと思います。

なぜなら、アメリカでは自分の目標を達成できるスキルを習得するために会社を選ぶ、そして次に必要なスキルを得られる会社に転職する…という文化が定着していて、『なんていい文化なんだろう』と思ったからです。

自分に能力があると、失職の不安などはなくなるじゃないですか。ですので、自分は『何ができる』人間になりたいのかをしっかり考えて、必要ならばキャリアチェンジを積極的に考えてみるのもいいのでは。

そのためには資格ではなく、例えば『エンジニア×マーケター』とか、社会が何を必要としているか、そのスキルがあれば社会にどんな貢献ができるかを考えて、キャリア形成していけばいいと思いますよ」

まとめ


超高齢化社会に突入した日本、今後ますますこのような遠隔で支援を行う医療サービスの需要は増えていくことでしょう。

今自分が置かれている環境の中でだからこそ見える課題があり、それを解決するべくキャリアを変更して常に行動を起こしてきた物部さん。あなたが今いる場所で、目下何が課題であるかを見つけることが、キャリアを積み重ねるきっかけになるのかもしれません。


識者プロフィール
物部真一郎(ものべ・しんいちろう) 1983年京都府生まれ、高知医科大学卒。大学を卒業後、精神科医として吉田病院(奈良県)、東員病院(三重県)の勤務を経て、2013年9月スタンフォード大学経営大学院に入学。在学中に出会ったメンバーと、皮膚科疾患用の臨床支援サービス「ヒフミル君」を開発。2014年12月に株式会社エクスメディオを設立し、2015年3月に「ヒフミル君」を、10月に眼科疾患用の「メミルちゃん」をリリース。2015年6月に経営学修士(MBA)取得。臨床を続けながら、現在は株式会社エクスメディオの経営にも携わる。

※この記事は2016/09/22にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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