果敢に変化して、慎重に恐れて。塩谷舞が考える、自分らしい働き方とは

自身の人生のさまざまな局面を丁寧な言葉で紡いできた、文筆家の塩谷舞さん。自己理解を深めるために必要なことや、他者評価との向き合い方、未来への一歩を踏み出すときに大切にすべきことなど、さまざまなトピックについてお話しいただきました。

文筆家_塩谷舞

Webライターとしての躍進、渡米直後に遭遇したパンデミック、帰国して得た新たな暮らしなど、自身の人生の局面を丁寧な言葉で切り取り、発信してきた塩谷舞さん。現在は、noteマガジン「視点」の連載や、2024年4月発売の新刊『小さな声の向こうに』(文藝春秋)の執筆など、精力的に活動されています。後編では、塩谷さんが自己理解を深めるために思い出したことや、他者評価との向き合い方、そして、未来への一歩を踏み出すときに大切にすべきことなど、さまざまなトピックについてインタビューしました。

※インタビュー前編はこちら
時代は変わる。私も変わる。“人の穏やかな歩み”を念頭に描いた、塩谷舞のキャリア

幼き日の嗜好は、自分の理解を深めるカギになる

――エッセイ『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)で、2017年にニューヨークにお引っ越しされて仕事はないし友達もいない、英会話もできないという状況下で、しぜんと家の中や生活そのものに目が向いていった、というエピソードを書かれていましたね。そこから生活用品の美しさに惹かれるようになり、忙しなく働いていた東京時代とは違う探求が始まった、と。そういうふうに興味関心の対象が大きく変わる瞬間は、それ以外にもあったのでしょうか。

変わった、というよりは「思い出した」というのが適切かなと思います。それで言えば、数年前にTwitter(現X)で絵本作家の方が投稿していた「児童書はその子の一生の地下水になる」という言葉を見て、いろいろ思い出したことがあって。

私の地元の千里ニュータウンには、絵本研究者の正置友子さんが開いた私設文庫があるんです。そこに物心つく前から通っていたこともあり、小さい頃から絵本に触れる機会に恵まれていたんですね。年頃の近い子たちと一緒に絵本を読む機会も多かった。そうした日々の中で、冒険に出る絵本が好きな子がいれば、描き込みの細かい図鑑のような絵本が好きな子もいる。私は…いろいろありますが、一つ挙げるのであれば、自然と共にある日常を描いたような絵本が大好きでした。そういう幼い頃の嗜好は色がついていなくて、自分の素直な気持ちに限りなく近いものだったなと思うんです。

中学生や高校生になると、ティーン向けのメディアの情報に触れたり教室での同調圧力がかかったりして、自分が何を好きなのか正確に選び取るのが難しくなっていく。でも幼い頃に好きだったものを思い出せば、自分のことを理解しやすくなるな、と。

塩谷舞さん_レコードをかける様子

自己矛盾の数は、「向き不向きのリズム」に悩み抜いた証

――仕事選びにおいても、他者からの見られ方や世間的に正しいとされているものを追い求めすぎると、本当にやりたかったことや好きだったものを見失いがちですよね。
ただその一方で、自分の本質を思い出したとしても、そこで方向性を変えることには葛藤も生じるのではないでしょうか。例えば周囲から「以前と言っていることが全然違う」と思われてしまうことが怖い、という悩みって、あるあるだと思うんですけど。

しょうがないですよね、人は変わりますから。その時々の年齢や時代によって思想が変わっていくのは自然なこと。もちろん、一つの仕事を長く続けたり、その過程で職人的な技術を磨いていく方々にしか到達できない次元もあります。でも私は、さまざまなことに影響を受けやすい性格で、職人的な気質とは真逆。そうした自分のことを軽い人間だと捉えていた時期もあったのですが、今はそうした自分の柔軟性に助けられているところも大きいです。

――それこそ塩谷さんの20代は“バズライター”として名を馳せていたわけで。今とはかなり違いますよね。

それも楽しかったんですよ。ああいった勢いのあるインターネットの楽しみ方って、あの時代、あの年齢じゃないと出来なかっただろうな……と思うので。今になって読み返すと、勢いだけで動いていた部分や、言葉が至らない点が多々あるのですが、若気の至りは若い頃じゃないとできない。承認欲求みたいなものは、燃やせるうちに燃やしておいたほうが、そのあと後悔なく生きられるようにも思っています。

それにきっと、今書いていることも10年、20年後に読んだら苦笑してしまう部分があちこち出てくると思います。自分が老いていくところもあるし、時代の空気も驚くほどの速さで変わっていきますしね。でもそれを恐れて萎縮すると何も書けなくなってしまうので、いつだって何かを表現するときの新鮮な喜びを大切にしたいです。

塩谷舞さん_インタビュー写真

――先ほど「職人的」とおっしゃったように、一つのことを突き詰めたり貫いたりするのを美学とする文化が日本にはあるような気がします。だからこそ矛盾に厳しいというか。
とはいえ、仕事は自分の適正をみて決めたい、と考える人も多いですよね。向き不向きを探るには、どんな感覚を持っていればいいのでしょうか。

私の母校、京都市立芸術大学の教授でもある日本画家の川嶋渉先生が「リズムはどうですか?」ということをよくおっしゃっていたんです。これは私の解釈ですが、仕事にはそれぞれのリズムがあると思うんですね。YouTuberにはYouTuberのリズムがあって、陶芸家には陶芸家のリズムがある。そして自分の持って生まれたリズムもあって、それと合うリズムの仕事が「向いている」ということなんだと思います。私にとっては、エッセイを書くという仕事のリズムがとても性格に合っている。同じ文章といっても、新聞記者であればより速いリズムで、小説家であればもっとゆったりとしたリズムの中で文章を書いているのだと思います。自分のリズムに合う仕事であれば、内容が少し変わったとしても上手くいくのかな、とも思うことはあります。

――なるほど。そしてそれはやってみたからこそわかることでもある、と。

そうですね。例えば最近、ずっとやってみたかったインテリアのお仕事に挑戦させてもらう機会があったのですが、なかなかリズムが合わずに苦戦しました。文章は書いて、消して……と何度も悩むことができるけれど、実物を伴う仕事はそうもいかない。私が納得するまで悩んでいると、あまりにも時間がかかりすぎてしまう。慣れの問題もあるでしょうけれど。でも、そうした挑戦を通してよくわかったのは、私は悩むことが人一倍好きだということ。そこであらためて、物書きという仕事が天職だとあらためて思えました。ですから、やってみて「向いてない」と思って方向転換することも、無駄ではないかなと思っています。

――まずやってみることの大切さを頭では理解しつつ、なかなか決断に踏み切れない人も多いと思います。塩谷さんは次へ進む決断を下すとき、どんなことを大切にしていますか?

その仕事をしている自分をイメージしたときに、しっかり想像できて、なおかつ心が高揚することでしょうか。逆に、給与が高かったり、世間的には立派な役職であったりしても、自分がその仕事をしている姿がイメージできなければ、そちらには進まない判断をすることもあります。

もう一つ大事なのは、自分自身が納得していること。誰かに説得され、そのまま道を決めてしまうと、うまくいかなかったときに「あなたが言ったからやったのに」と他責で考えてしまうこともあります。そうではなく、何度も自分の中で「本当にこれでいいのか」と問い直して納得していれば、失敗しても腹をくくれると思います。

とはいえ、家族との兼ね合いなどで、どうしても譲歩しなければならないこともあるかもしれません。でもそのときは、「私はこうして受入れたけれど、あなたは?」と、互いに歩み寄るための話し合いをするべきだな、と。「誰かのためにやりたいことを我慢する」という状態を続けていると、家族との関係性もアンバランスなものになってしまいますしね。

――2024年のnoteで「人生なんて自己矛盾の数だけ愛おしくなる」と書かれていたのが印象的でした。「自己矛盾」は、ネガティブなニュアンスで使われることも多いように思いますが、なぜそう捉えられるようになったのでしょうか?

2024年4月に刊行した『小さな声の向こうに』(文藝春秋)の執筆をしていたときのエッセイですね。3年間書いてきた文章を集めた本を出すにあたって読み返すと、3年前と今では考えていることが全然違っている部分も多くて「これを収録するのはどうなんだろう」と考えていたんです。そういう意味で矛盾がたくさんあるな、って。

でもそれは当然で、今の時代を生きている中で考え方はどんどん変わっていくし、そこで矛盾を抱かないで生きるのは難しいんですよね。むしろ自分は矛盾だらけなんだと受け入れられると他人に優しくなれたり、こだわりを捨てて柔軟になれたりするところがあるんじゃないかな、と思います。

“恐れ”と“親身になってくれる身内”を味方に、未来への一歩を踏み出して

――ここまでお話を伺ってきて、塩谷さんは変化や行動を恐れないタイプなのかなと思いました。

いや、むしろ逆です。恐れているから文章を書いているんじゃないかなと。私は子どもの頃から怖がりで、冒険のようなことは大の苦手。同じことの繰り返しに心地よさを感じるタイプでした。でも、そうやって何事にも恐れを抱え続けているからこそ、悩みが溢れすぎて、文章を書く習慣ができたんでしょうね。

メディアに出る人は恐れを抱かない人が多いと思うんです。人前に立つ仕事って、刺激や変化を嫌う人にとってはとてもストレスフルなことですし、だからメディアで目にすることができる著名人の言葉って、「恐れずにどんどんやってみよう」「恐れることは良くない」みたいなニュアンスが多分に含まれるんですよね。でも私自身は、恐れることは深く考える上で大事なことだし、相手を慮っている証でもあると思う。だから恐れだって仕事にできるし、味方にしてもいいものなんじゃないかなと思います。

塩谷さん_インタビュー中写真2

――「恐れを味方にする」って良い言葉ですね。最後に、キャリア設計を前に漠然とした不安やモヤモヤを抱える20〜30代のビジネスパーソンに、何かアドバイスがあればぜひ教えてください。

年々、「人にアドバイスできることなんて何もないな」と思うようになっているんですが、それでは記事が締まらないですね(笑)。自分の経験から一つ思うのは、弱音を吐ける場所や本当に親身になって心配してくれる仲間を絶対に手放してはいけない、ということでしょうか。

例えば起業や結婚、栄転など、新しい挑戦が始まるときは、多くの人が「おめでとう」と言ってくれます。一方で、立ち止まったり、休んだり、撤退することを応援してくれる人は多くない。離れてしまう人だっているかもしれません。でもそうしたときに頭ごなしに否定せず、話を聞いてくれる存在は貴重です。それが難しくとも、まずは自分で、自分の弱音をきっちり聞いてあげること、例えば誰にも見せない日記を書くことなども大切ですよね。不安やモヤモヤといった心の中の存在に、しっかり発言権を与えてあげるだけで、見えてくることもたくさんあると思います。

塩谷舞さん_読者へのエール

※インタビュー前編はこちら
時代は変わる。私も変わる。“人の穏やかな歩み”を念頭に描いた、塩谷舞のキャリア

【プロフィール】
塩谷舞(しおたにまい)
1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジンSHAKE ART!を創刊。会社員を経て、2015年より独立。2018年に渡米し、ニューヨークでの生活を経て2021年に帰国。オピニオンメディアmilieuを自主運営。note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』『小さな声の向こうに』(文藝春秋)。
個人サイト
X:ciotan

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