ピアニスト・ハラミちゃん誕生秘話! 会社員時代の休職を経て、リベンジはここから始まった

即興で次々と美しいメロディを奏で、コロナ禍に沈む人々の心を励ましてきたストリートピアニスト、ハラミちゃん。YouTubeをきっかけにブレイクし、女性ピアニストとして15年ぶりとなる武道館公演も開催したハラミちゃんは、もともとIT企業に勤めていた会社員でした。ハラミちゃんの人生と仕事観について、前後編にわたってお届けします。

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SNSアカウントを変えるように、何度でもリセットすればいい。ハラミちゃんが考えるこれからのはたらき方

ピアノの仕事を目指すも、失ったアイデンティティー

――ハラミちゃんの過去について教えてください。まず、ハラミちゃんは小さい頃からピアニストを目指していたのですか?

ハラミちゃん:昔からピアニストには憧れていましたし、自分がライブをしたり、CDを出したりすることはもちろん夢見ていました。でも振り返ってみると、わたしはピアノに「すがっていた」状態に近かったと思っています。

――それはどういうことでしょう。

ハラミちゃん:わたしにとってピアノは唯一の取りえで、アイデンティティーでした。例えば、小学生時代の自分は勉強ができるわけでもなく、足が速いわけでもない。かと言って、昆虫に超詳しいみたいな、とがったキャラを持っていたわけでもなかったんです。

でも、ピアノだったら人気者になれました。小学校から高校まで、休み時間になると音楽室などで毎日ピアノを弾いていて。そうすると友達が集まってきて、「あの曲弾いて!」とリクエストされた曲を演奏して、みんなに楽しんでもらっていたんです。だからピアノを失ってしまったら、わたしの価値がなくなってしまう。その後、音大に入ったのは、そういう感覚が大きかった気がします。

――ピアノが唯一の心のよりどころだったのですね。

ハラミちゃん:だけどわたしのピアノというアイデンティティーは、音大への受験以降、少しずつ失われていくんです。音大受験のとき、一番行きたい大学に行くために、それまで習っていたよりもっと厳しい先生につきました。でもその先生の前でちょっとピアノを弾いただけで、「あなたはピアニストにはなれない」ってはっきり言われて。その言葉には、結構ショックを受けましたね。

――幼少期から積み上げてきた努力を否定されるような出来事だったのではないでしょうか。

ハラミちゃん:でも確かに、それまで出演してきたコンクールで「上には上がいる」と感じてましたし、やっぱりピアニストは無理なんだっていう妙な納得感はあったんです。だけど4歳からピアノを続けてきて、音大受験も間近になって今さら他の道は考えられなくて……。そのまま音大に入りました。

それに音大に行けば、ピアニストにはなれなくても音楽の先生とか、ピアノに関わる職業には就けるかなって思ったのもあります。

――でも、就職活動では音楽の先生を目指さなかったんですよね。

ハラミちゃん:そうなんです。音大に入って初めて知ったんですが、音楽の先生の採用ってものすごく倍率が高くて。これまで漠然と考えていた「ピアノの仕事」に対する現実をようやく突き付けられ、あれもダメ、これもダメとなってしまって……当時の心境として、「ここまでピアノを頑張ってきたのに仕事はないんだ、ああ詰んだな」と思ってましたね。

ハラミちゃんの独創的な就職活動

――そこからどのように就職活動をされたのでしょうか。

ハラミちゃん:いざ就活を始めて大規模な就職説明会に行ってみると、音大にいた自分はあまりにもニッチな世界のことしか知らないと気づきました。だったら真逆のメジャーな世界に行こうと考えて、今っぽいインターネット系のIT企業を志望することにしたんです。

でも、音大からIT企業を目指す人なんて周りにはまったくいなくて。先輩もいないので、OG訪問もできない。なんとかしてIT企業ではたらいている社員の方と話したいと思って、学生向けの企業説明会で登壇していた方の名前をFacebookで調べて、ダメ元でメッセージを送ってみたんです。

――それは思い切りましたね!

ハラミちゃん:会社の近くのカフェにいるので、少しだけエントリーシートを見てもらえませんかとお願いしました。今思えばかなり無鉄砲だとは思うんですが、それをきっかけに、その会社の採用関係者の間で、音大出身の子だと記憶に残ったみたいで。

わたしはITのことを何も知らないし、PCすらほとんど触ったことがない人間。でも結果的に、ポテンシャル採用のような形でそのIT企業に採用してもらえました。あとで人事の方に聞くと、目標達成のための行動力とか、一つのことに集中できる力を評価していただいたみたいです。

――なかなかできないことだと思います。実際にIT企業ではたらいてみてどうでしたか?

ハラミちゃん:ゼロからどころか、むしろマイナスからのスタートだった会社員生活ですが、先輩方が大きな愛を込めて育ててくれた結果、会社のMVPを取るくらいまで成長できたんです。でもこれは自分が頑張ったというより、恩返ししたいって思えるような方々に恵まれたから。めちゃくちゃ充実した社会人生活で、はたらくことがこんなに楽しく思えるなんて、正直考えていなかったです。

ただ……。年次が上がって業務量が増えていくなかで、だんだんオーバーワーク気味になってしまって。仕事を頑張り過ぎたと言えば聞こえはいいんですが、要は自分の能力不足です。あるとき体調を崩してしまって、一緒に心も折れてしまった。そして会社を休職することになりました。

――当時はどんな状態でしたか。

ハラミちゃん:わたし、思えばこれまでの人生で立ち止まった瞬間がなくて、ずっと全力で走っている感じでした。学生時代はずっとピアノ漬けで、社会人になったら今度は仕事に打ち込んで。だから休職してしばらくは本当に魂が抜けたように、一日中ずっと布団の中でスマホを触ってました。それにも疲れたら何もせず天井を見る、みたいな日々を送っていたんです。

そんなとき、当時は会社の先輩だった今のマネージャーが連絡をくれて。「ストリートピアノというものがあるから、気分転換にでも行こう」と家から連れ出してくれたことが、ハラミちゃんの活動が始まるきっかけでした。

先のキャリアのことは考えない。ただ今日のことに集中する

――ハラミちゃんが初めてストリートピアノで弾いた『前前前世(2016年/RADWIMPS)』のYouTube動画はいきなり30万回ほど再生されたんですよね。これがきっかけとなり、会社を辞めてピアニストの道を歩まれますが、1本目の動画が広まったときはどんな思いでしたか?

ハラミちゃん:想定外すぎて逆に怖かったですね。それに1本動画がバズったからって、そんなにすぐ会社を辞められるものではないじゃないですか。だからこれからどうするかはめちゃくちゃ迷いました。

会社に戻る選択肢もあれば転職もあるし、逆に会社ではたらきながら演奏活動を続ける道もある。もしくは数年間ニートになってもいいし、どこか旅するのもいいなと思った。自分の20代をどう過ごそうかって、本当に迷ったんです。

――そのようにいろんな選択肢があるなか、なぜストリートピアノ一本で行くと決めたのでしょうか。

ハラミちゃん:いろいろ理由はありますが、一番の理由は自分がこれまでになく幸福だったからです。わたし、休職中に自分自身のことを振り返って気づいたことがあって。

日本人あるあるかもしれませんが、わたしは他人の目線をずっと気にしてきた人間でした。誰にも嫌われたくなくて、八方美人でみんなに良い顔をしてきた。でもストリートピアノを演奏したときの自分は、我ながら驚くくらい笑顔だったんです。他人の目を全然気にせず自分を解放できたことが、すごく楽しかった。

だったら会社員時代の貯金が尽きるまで、ピアノ一本でやってみようと。もしそれでダメだったら、どこかの会社に何とかして雇ってもらえばいい。そう決心しました。

――ピアニストでやっていくと決めたとき、将来の人生設計についてはどう考えていたんですか?

ハラミちゃん:正直、何も考えていなかったんですよね。自分が落ち込んだときにピアノを弾くことが幸せだって気づいて、その延長線上でこの活動をしているので、今も目標を決めていません。「YouTubeチャンネル登録者数、目指せ何万人!」とかも特に考えていません。

先のことは何も考えずに、とにかく目の前のことだけに集中すること。それがわたしの仕事における考え方かもしれません。毎日朝起きるたびに「今日もハラミちゃんとして活動できるんだ!」って思っていて。それは自分にとってとても幸せなことだなって思います。

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SNSアカウントを変えるように、何度でもリセットすればいい。ハラミちゃんが考えるこれからのはたらき方

【プロフィール】
ハラミちゃん●音楽大学を卒業後、IT企業の会社員を経て、2019年にピアニストとしての活動を始める。YouTubeチャンネル登録者数は198万人、総再生数は5億回(2022年5月現在)。2022年1月、女性ピアニストとしては15年ぶりとなる武道館公演を開催した。2022年3月にはピアノカバーCDアルバム第2弾となる『ハラミ定食2~新メニュー揃いました!~』をエイベックスより発売。2022年4月からハラミちゃん過去最大規模となる全国ツアー「ハラミ定食2 全国ツアー ~新メニューお届けするぬ!~」を14都市25公演で行なっている。2022年9月には『ハラミちゃんリクエスト収穫祭 ~みんなで決める!!最強ピアノカバーBEST50~』を開催する。YouTubeチャンネル「ハラミちゃん〈harami_piano〉」。

取材・文=弥富文次
写真=佐坂和也
編集=小林雄大

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