傷病手当金とは
会社員の皆さんは、勤務先の会社を通じて健康保険に加入していると思います。
健康保険に加入すると、毎月の給与から保険料が天引きされますが、保険証が交付されて、3割の自己負担で病院にかかることができます。
そのため、多くの方は健康保険に対して、「病院に安くかかるための制度」という認識を持っていることでしょう。
ところが、健康保険にはそれ以外にも、知らないと大損をしてしまう「傷病手当金」という給付金制度があるのです。
まず、皆さんが体調を崩して、病院に行くときのことをイメージしてみてください。
皆さんは会社に電話をして、「すみません、体調が良くないので、本日はお休みをいただきます」と連絡をし、有給休暇扱いにしてもらうことが多いと思います。
病院に行って薬をもらい、1日か2日安静にしていれば元気になる、ということであれば、このような対応で大きな問題になることはないでしょう。
ところが、病院で検査を受けた結果、重い病気が見つかり、半年とか1年といった長期間療養しなければいけなくなってしまった場合、皆さんはどうしますか?
別の例を挙げるならば、スキーやスノーボードで大けがをしてしまい、数カ月の入院が必要になったという場面も考えられるでしょう。
有給休暇は最大でも40日が法律上の上限です(※)。福利厚生の充実したごく一部の大企業以外は、就業規則上の有給休暇の上乗せや、私傷病の場合の特別休暇制度なども存在しないでしょうから、このようなとき、有給休暇の手持ち日数を使い切ってしまったら、多くの人は無給での欠勤または休職という形になってしまいます。
そんなときに助けとなってくれるのが「傷病手当金」の仕組みであり、入院や自宅療養のため仕事ができない期間の所得補償をしてくれるのです。
具体的な所得補償の金額としては、標準報酬月額(保険料の計算の元となっている給与額)を日額換算した額の3分の2が、最大で1年6カ月間支給されます。
たとえば、標準報酬月額が30万円の人であれば、30万円÷30日、日額換算は1万円なので、その3分の2ということで、6,667円が欠勤1日につき傷病手当金として支払われるというイメージです。
(※)勤続6年6カ月以上になると、有給休暇は毎年20日発生し、時効は2年なので、最大で2年分40日間の有給休暇を持つことができる。
傷病手当金がもらえる条件
傷病手当金を受給するためには次の4つの条件を満たす必要があります。
条件1:「業務外」の病気やけがで療養中であること
傷病手当金は健康保険から出る給付なので、「業務上」に起因する病気やけがは支給の対象となりません。業務上のけがや病気の場合は、労災保険から療養や所得補償に関する給付がなされる形になります。
条件2:療養のため労務不能であること
傷病手当金は、働けないことに対する所得補償の意味合いがある給付金ですので、「労務不能」であることが条件となっています。
たとえば、スキーで足を骨折したという場合であっても、デスクワークの人が家族の送迎や松葉杖で出勤できるということならば、労務不能ではないので傷病手当金は支給されないことが予想されます。逆に、外回りの営業や現場で働く技術者のように、体が万全でなければ勤務が難しい職種の場合は、傷病手当金が支給されるでしょう。
すなわち「労務不能」は、病気やけがの程度によって一律に判断されるのではなく、その人がどのような職業に就いているかによって個別に判断されるのです。
条件3:連続して4日以上仕事を休んでいること
傷病手当金には本当に労務不能かどうかを見極めるため、3日の「待期期間」が設けられており、この待期期間が完成して、はじめて4日目から傷病手当金の支給が始まります。
なお待期期間の3日には、公休日や有給消化日も含んでよいことになっていますので、実務上は、3日目までは有給処理し、4日目からは傷病手当金の給付を受けるという扱いにすることが多いです。
条件4:給与の支払いがないこと
前述したように、傷病手当金は、入院や自宅療養期間中の所得補償として給付されるものです。
したがって、就業規則の定めや、経営者の恩恵的な判断により欠勤や休職期間中も賃金の全部または一部が支払われていた場合は、傷病手当金は不支給ないし減額した上での支給となります。
私傷病休職制度は会社によって異なる
この制度は、国によって決まりがなく会社独自の制度であるため、有給でも無休でも良いとされており、詳細なルールや期間が会社によって異なります。私傷病休職制度には、具体的に以下のようなものが挙げられます。
・時間単位や半日単位で取得できる休暇制度
・年次有給休暇を組み立てて、長期療養のときに使える失効年休積立制度
・年次有給休暇とは別の病気休暇
・療養中・療養後の短時間勤務制度
また、長期の治療が必要となるメンタルヘルス上の問題や、医療技術の進歩でこれまで治らなかった疫病も時間をかけて治療することができるようになったため、治療を受けながら就労する人や、長期療養を経て職場復帰する人が増えてきているなか、会社側にとってもより柔軟な制度作りが必要とされてきている背景があります。
傷病手当金の受給に関する注意点
傷病手当金の受給に関する代表的な注意点を、3つ紹介したいと思います。
◎傷病手当金の支給は打ち切られる場合がある
まず気を付けたいのは、私傷病で欠勤し、傷病手当金をもらっている期間中に、解雇や休職期間満了によって退職となり、健康保険の被保険者としての身分を失ってしまう場合です。
退職の日までに、健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あれば、退職後も引き続き傷病手当金の支給を受けられるのですが、被保険者期間が1年未満の場合は、退職の日をもって、傷病手当金の支給は打ち切られてしまいます。
退職をせざるを得ない場合でも、可能な限り会社と話し合って退職日を延ばしてもらい、1年以上の継続勤務期間を確保できるようにしたいものです。
この点、直近で転職した人で、前職との間に1日でもブランクがある人は注意が必要です。
退職後も傷病手当金を受給するための「継続して1年以上」は、前職の被保険者期間も通算できるのですが、1日でもブランクがあれば通算はできません。
◎会社が傷病手当金の申請に協力してくれない場合がある
傷病手当金の申請には、下記リンク先にある法定の書式を用います。
傷病手当金支給申請書(全国健康保険協会HP)
※本稿では、全国健康保険協会の加入者を前提に説明をします。会社独自の健康保険組合に加入している方の場合は、各健康保険組合へ個別に確認してください。
4枚セットの書式となっており、1枚目と2枚目には本人が基本情報等を記入、3枚目は会社が欠勤や賃金不支給の事実を証明、4枚目は主治医が労務不能の事実を証明、という構成になっています。
4枚の書類が揃ったら、全国健康保険協会の各都道府県支部の窓口へ郵送により申請をします。本人が直接郵送しても、会社経由で郵送してもどちらでも大丈夫です。
この際、会社から3枚目の証明書を書いてもらえない場合があります。
そのような場合には、まずは本人から会社担当者に説明をしましょう。傷病手当金は、会社の人事担当者も知らない場合がありますから、単に知らなかっただけの場合には、すぐに書いてもらうことができると思います。
本人から説明を尽くしても嫌がらせや怠慢などで書いてもらえない場合には、全国健康保険協会の都道府県支部、あるいは厚生労働省の地方支分部局である厚生局へ相談をし、行政から会社へ指導をしてもらうように依頼をしてください。
◎健康保険の傷病手当金より自動車保険を選ぶべき場合がある
最後に、第三者の絡む負傷のため会社を休んでの療養を余儀なくされた場合です。ここでは、代表的な例である交通事故を前提として説明をします。
まず、自分に過失がない場合や過失割合が少ない場合には、相手側の自動車保険を使いましょう。
健康保険の傷病手当金では、標準報酬月額の3分の2の額になりますが、自動車保険であれば原則として働けなかった分の給与全額を賠償請求することができます。
もちろん、健康保険から3分の2を受け取り、差額を相手方の保険会社に請求することも可能ですが、手間が増えてしまうだけで、被害者側の自分にメリットはありません。
逆に、自分の過失割合が高い場合、ひき逃げ、相手方が無保険であった場合のように、相手側の保険会社から保険金を得ることが難しい場合は、健康保険の傷病手当金を使うことになります(ただし、自分の加入している自動車保険に人身傷害の特約がある場合は、自分の自動車保険から補償を受けることができる)。
また、健康保険を使う場合は、事故にあった事実を全国健康保険協会に届け出る前に、示談をしないようにしてください。
全国健康保険協会が立替えた金銭は、後日、加害者側に代位(代わりに)請求をするので、示談がその請求を妨げるような内容になっていた場合、健康保険からの給付が受けられなくなってしまう恐れがあるからです。
まとめ
傷病手当金は意外と知られていない制度ですが、私傷病で長期間会社を休むことになってしまった場合、生活を支える大きな助けとなりますので、この機会にぜひ、頭の片隅に置いておいてください。
傷病手当金は請求しなければ1円ももらえませんし、会社の総務部などが教えてくれるとも限りません。
いざ病気やけがに遭遇したとき、損をしないよう、自分の生活を守るための権利については、自分で責任を持って学んでおきたいものです。
識者プロフィール
榊裕葵(さかき・ゆうき) 特定社会保険労務士(あおいヒューマンリソースコンサルティング代表) 上場企業経営企画室出身の社会保険労務士として、労働トラブルの発生を予防できる労務管理体制の構築や、従業員のモチベーションアップの支援に力を入れている。また、「シェアーズカフェ・オンライン」に執筆者として参加し、労働問題や年金問題に関し、積極的に情報発信を行っている。
※この記事は2016/03/07にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています
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