間違えても、ま、いっか。「注文をまちがえる料理店」で見えた、ちょっと寛容な社会の姿

今年の6月、都内某所でオープンしたあるレストランが話題になりました。「注文をまちがえる料理店」というちょっと不思議な名前のこのお店、変わっているのは「注文を取るスタッフが、みんな認知症」ということ。

間違えても、ま、いっか。「注文をまちがえる料理店」で見えた、ちょっと寛容な社会の姿

今年の6月、都内某所でオープンしたあるレストランが話題になりました。「注文をまちがえる料理店」というちょっと不思議な名前のこのお店、変わっているのは「注文を取るスタッフが、みんな認知症」ということ。

頼んだ注文を忘れてしまうかもしれない、違う料理が来るかもしれない。そんな特性を、逆に楽しんでしまおう!というコンセプトの期間限定プロジェクトです。

プロジェクトは開店したその日からSNSを通じて拡散され、大きな注目を集めました。その話題は日本国内にとどまらず、世界にまで広がっていきます。アメリカ、中国、シンガポール、イギリスなど、多くの国から「自分の国でも『注文をまちがえる料理店』を紹介したい!」と連絡が殺到する、予想外の盛り上がりとなりました。

このプロジェクトの発起人は、テレビ局ディレクターの小国士朗(おぐに・しろう)さん。なぜテレビディレクターの小国さんが、このレストランを思いついたのでしょうか? 今月の9月16日から18日に第二弾が開催されたことに合わせ、プロジェクトの経緯や、小国さんが考える理想の社会のあり方について話を伺いました。

ハンバーグのはずが出てきたのは餃子!でも、それでいい


小国さんが「注文をまちがえる料理店」を思いついたのは、今から5年前のこと。当時ディレクターを務めていた番組でのある取材がきっかけだったそうです。

「当時の僕は認知症介護のエキスパートである和田行男さんのグループホーム(認知症の方が介護を受けながら共同生活をする施設)を取材していました。和田さんのグループホームは、認知症の方であっても自分ができることはすべて本人が行います。ロケの合間に彼らの作る料理をごちそうになる機会が何度かあったのですが、ある日『今日はハンバーグ』と聞いていたのに、出てきたのは餃子だったんです。

間違いを指摘しようかと思いましたが、ふと思いとどまりました。それを言うことで、この食事が台無しになってしまう気がしたんです。考えてみれば、ハンバーグが餃子になったって別に誰も困らない。こうじゃないといけない、という考えに自分自身がとらわれていて、それこそが介護の現場を窮屈にしてしまっている、そんな気がしました。

小さなことにこだわっていた自分が恥ずかしくなったと同時に、『注文をまちがえる料理店』というワードが突然思い浮かんだんです。僕はハンバーグを注文したけど、餃子が出てきてしまう。オーダーと違うものが出てきても、店名で『間違える』と言っているからダメじゃない。これはかなり面白いんじゃないかと思って、ずっと企画をあたためてきました」

お店を開く時に決めた、2つのこと


実際に企画が動き出したのは2016年11月のこと。小国さんが企画を話すと、あっという間に人が集まったといいます。

「『注文をまちがえる料理店』っていうのをやりたくて、と一言話しただけで、多くの人が『面白そう!』と言ってすぐ仲間に加わってくれました。今の運営に関わってくれた人はみんなそういう人たちです。もちろん、このプロジェクトは社会的な目的があるもので、そこに対しては真剣ですが、入り口は単純に『自分がワクワクしたから』だったのではないかと思います。社会に対していいことをしたいというより、ワクワクすることの先に、結果として社会へのアクションがあるというか。

そういう気持ちでやっているから、モチベーションも高くてすごいアイデアがどんどん出てくる。会議中はまるで夢でも見ているかのように、いろんなことがとんとん拍子で決まっていきました」

情熱を持った人たちが集まることで、物事がスムーズに進んでいく。理想的なチームは会議を重ねるごとに士気を高めていきました。その会議の中で、小国さんたちは2つのことを大事にしようと決めたといいます。

会議中の一コマ。デザインやPR、外食サービス、認知症介護など、各分野のプロフェッショナルが集まりプロジェクトは進んだ



「一つは、来てくれた方が十分満足できるよう、味にこだわること。たとえばハンバーグを頼んだのに餃子が出てきて、それがおいしくなかったらがっかりしてしまいますよね。どの料理でもおいしいからこそ、間違えても笑って許せるのだと思い、ここでは決して手を抜きませんでした。

もう一つは、認知症の方がわざと間違える仕掛けにはしないということ。お客さんの中には、『注文を間違える』ことを期待していらっしゃる方もいるかもしれません。でも、認知症の方にとって間違えるのはとてもつらいことなんです。そうではなくて、間違えないよう最善の対策をしつつ、それでも間違えちゃったら許してね、という設計になるよう気をつけました」

「注文をまちがえる料理店」のロゴマーク。「舌を出した“てへぺろ”に、“る”が横になっていて茶目っ気たっぷり。初めて見たときはキュンキュンしました」(小国さん)


間違いを楽しみ、コミュニケーションが生まれる


そしてついに6月3日、お店は開店初日を迎えます。前日、小国さんは緊張から一睡もできなかったそう。

「認知症の人を笑い者にしているという批判を受けるかもしれないし、頼んだ通りのものが出てきてつまらなかった、というお客さんがいるかもしれない。そんなネガティブな妄想をたくさんしていました。

でも、いざオープンしてみるとそんな心配は杞憂でしたね。認知症のおじいちゃん、おばあちゃんはサラダにスプーンをつけて出したり、ホットコーヒーにストローを添えて出したり……。注文もやっぱり間違えています。だけど、そのことにいら立ったり、怒ったりする人は誰一人としていませんでした。むしろ間違ったことがコミュニケーションになり、いろんなことが和やかに解決されていく。これはすごい、と思いました」

最初の営業が大成功に終わり、後日お客さんからもらったアンケートを見てみると、全体の3分の2ほどのテーブルで何らかの間違いがあることが分かりました。にもかかわらず、90パーセント以上の方が「また来店したい」と回答。「間違われたら普通のお店だったら怒るかもしれないけど、ここでは笑顔で受け止めることができました」「間違えても大丈夫な雰囲気がありました」といった声が多かったそうです。

 

認知症スタッフも大満足! 働く喜びが生きる力に


さらにお客さんに限らず、参加したスタッフからもうれしい感想がたくさん挙がりました。

「今回ホールスタッフを務めた元美容師の認知症のおばあちゃんは『呼ばれなくたって明日も来るよ!』と、とても張り切っていましたし、以前、社員食堂の厨房で働いていた60代の若年性認知症の男性は、『間違えたら普通はクビ。でもここは間違えても誰も怒らない。やっぱり働くっていいよね』とおっしゃっていましたね。皆さん『こういう場所なら働きたい』と思ってくれているようでした。

認知症の方のご家族からも、『ここで働く前はふさぎ込みがちだったのに、次回もあるなら頑張るぞ!と、ものすごく前向きになった』という感想をいただきました。中には、『料理店から家に戻ってきてから、元気になりすぎて困る』という声もあったほどです(笑)」

認知症になったことで自信をなくしていた人たちが、働くことで再び生きる喜びを取り戻す。「注文をまちがえる料理店」は、そんなプロジェクトになったようです。

みんながちょっとだけ寛容になれば、居心地のいい社会になる


「注文をまちがえる料理店」の第二回は9月16日から18日に開催。6月のイベントは、関係者やその友人知人を招いたプレオープンという形式だったのに対し、今回は一般の方も招いての営業となりました。

「第一回の営業のあと大きな反響をいただき、『自分の町でも実施したい』という声がたくさん届きました。それを受け、今回は僕たち以外の誰かが実施しようとした時に応用できるフォーマット作りも目的の一つとしています。

前回も、実際に認知症の方と働く中でいろいろと見えてきた課題がありました。たとえば、認知症でないスタッフは慣れてくるとどうしても効率を重視してしまうので、普通の料理店のようになってしまいます。そうすると、せっかくの認知症の方とのコミュニケーションの機会が失われてしまう。料理店として成立させるためにある程度は必要なことなのですが、その塩梅はとても難しいなと思いました。

正直、ほかにもまだまだ課題は山積みです。ですが、やってみることで得た収穫もたくさんあります。僕はもともと社会課題を取材する中で、『社会課題は、社会受容の問題であることも多い』と考えていました。たとえば電車にベビーカーで乗ってくるお母さんに不満を抱いたり、同性婚の是非をめぐる議論などは、法律や制度を整えることも大事です。でも、社会がもっと寛容になれば解決する問題のようにも思うんです。

『注文をまちがえる料理店』も、この活動で認知症の人のさまざまな問題が解消されるわけではありません。だけど間違えても『ま、いいか』と思えるような寛容さを社会の側が持つことで、みんなが楽になる。それはあくまで仮説にすぎませんでしたが、このプロジェクトをやることで可能性が見えたと思っています。

僕は認知症の専門家ではないですし、社会を変えようと強い志を持って活動しているわけではありません。『注文をまちがえる料理店』のことを知っていただいたり、実際に足を運んでくれた人が、思い思いに何かを感じてくれればいいと思っています。

しかし『間違えたり忘れたりしても、ま、いいか』そう思えるだけでほっと心が軽くなるのだとしたら、認知症のあるなしに関係なく、みんなにとって居心地のいい社会になるんじゃないでしょうか。そういうほんのちょっとの寛容の精神をどうやったら持てるようになるかということは、考え続けていきたいですね」

小国さんが語ってくれた、社会に対してちょっとだけ寛容になるということ。それは認知症の方との付き合い方を考えると同時に、私たちの仕事や日常生活を見直すヒントにもなりそうです。

間違いやちょっとしたことが気になって、つい不機嫌になってしまう経験は誰でもあるもの。だけどそれを「ま、いいか」と思えるようになることで、悩んでいたことや苦しかったことがうそのように楽になることがあります。これからを担う20代の私たち一人ひとりがその気持ちを持っていれば、今よりたくさんの笑顔で生活できる社会へと、変えていく大きな力になるかもしれませんね。

(取材・文:小沼 理)

識者プロフィール

小国士朗(おぐに・しろう)
2003年テレビ局入社。番組ディレクターとして、主にドキュメンタリー番組などを制作。2013年に9カ月間、社外研修制度を利用し電通PR局で勤務。その後、番組のプロモーションやブランディング、デジタル施策を企画立案する部署で、ディレクターなのに番組を作らない“一人広告代理店”的な働き方を始める。主な企画に、150万ダウンロードを突破したスマホアプリの企画開発や認知症の人がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」など。

※この記事は2017/09/29にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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