失敗したら誠実に謝ればいい。だから恐れるな! 謝罪系和菓子「切腹最中」の生みの親が思うこと

仕事でミスをしてしまった! 社会人なら、そんな経験の一度や二度はあるもの。時には取引先まで謝りに行かなければならない事態に発展することもあるでしょう。

失敗したら誠実に謝ればいい。だから恐れるな! 謝罪系和菓子「切腹最中」の生みの親が思うこと

仕事でミスをしてしまった! 社会人なら、そんな経験の一度や二度はあるもの。時には取引先まで謝りに行かなければならない事態に発展することもあるでしょう。

そんな困った事態に陥ったビジネスパーソンの「お詫びの手土産」として、定番になっているお菓子があります。それが、新橋にある大正時代から続く和菓子屋・新正堂の「切腹最中」。驚きのネーミングですが、これを手土産に真摯に謝罪したところ「笑って許してくれた」というケースが続出。お詫びの気持ちを伝えたいビジネスパーソンの必須アイテムになっているんです。

この切腹最中を考案したのは、新正堂三代目の渡辺仁久さん。最初は謝罪とまったく関係なかったという誕生秘話や、失敗を乗り越え仕事へ新たに向き合うためにお詫びに向かうビジネスパーソンを見て思うことなどをうかがいました。

由来は忠臣蔵。謝罪の定番になるのは予想外だった


切腹最中が誕生したのは、今から30年ほど前のこと。当時は二代目が考案した粒あんの豆大福が新正堂の看板商品でした。しかし大福は日持ちしないため、お客さんから「贈答用に日持ちするものを作ってほしい」との声が寄せられ、渡辺さんは頭を悩ませていたそうです。

「何がいいかなとずっと考えていたのですが、そうしているうちに二代目が亡くなってしまったんです。三代目として店を継いだ時、何か日持ちのする目玉商品を作らないといけないと思って、ひらめいたのが最中でした。

どんな最中にするか考えていた時に、この店が忠臣蔵で有名な田村邸のど真ん中にあることを思い出しました。ここは浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が切腹した場所だから、切腹最中というのはどうだろうか。それが名前の由来です。だから最初は謝罪の手土産に使われるようになるとは、まったく考えていなかったんですよ」

新正堂三代目店主・渡辺仁久さん

そう言って豪快に笑う渡辺さん。最初はあくまでも忠臣蔵にちなんだものから名前をとるだけのつもりだったそうで、さらに「切腹最中」のネーミングで売り出すまでにも紆余曲折があったそう。

「切腹最中という名前を思いついたはいいけど、やっぱりちょっと縁起は悪い。さすがに僕もこれでは駄目かなと思ったので、『忠臣蔵最中』とか『義士最中』とか、いろいろ考えました。でも、どうしても最初に思いついた切腹最中が気になってね。とりあえず家族に相談してみたところ、もちろん大反対。『切腹なんて名前のお菓子を誰が買うんだ』と散々言われましたよ。身内以外の声も聞いてみようとアンケート調査を行ったりもしたけど、119人中118人が反対するという結果に。それで2年以上止まっていたんですが、どうしても出したいと思い、反対を押し切って発売したんです。

最初はまったく売れなかったですね。忠臣蔵を好きな人が噂を聞きつけて、浅野内匠頭終焉の地のお参りがてら買ってくれる人がいるくらい。『切腹最中』と書いた紙を巻いて売っていたんですが、『この紙いらないので取ってください』と言われたこともありました(笑)」



お客さんの口コミから広がり、お詫びのお菓子として定着


そんな切腹最中が、なぜビジネスパーソンに人気の手土産になったのでしょうか。きっかけは一人のお客さんでした。

「ある日、証券会社に勤める常連さんがやってきてね、仕事で大失敗をしてしまったと言うんです。その時なんとなく、『自分の腹は切れませんが、お詫びにこの最中が切腹をしております』と切腹最中を渡してみたら、と言ったんですよね。冗談のつもりだったのですが、その人は本気にしてしまって、私も焦って『火に油になってもしらないよ!』と忠告しつつ送り出したんです。その後どうなったか心配してたんですが、後日その常連さんがやってきて『笑って許してくれたよ』って。これがお詫びとして使われた最初だと思います。

それから、その常連さんがいろんなところで切腹最中を話題にしてくれました。ある時、その話が日経新聞の記者の方に伝わったみたいで、うちに取材が来たんです。あの時はうれしかったね。一生懸命、ここが忠臣蔵の浅野内匠頭の終焉の地だと由来を話しました。後日、載った新聞を見てみたら見出しは『兜町で大人気、お詫びに切腹最中』で、忠臣蔵の話はどこにもなかった(笑)。でも、そのおかげでお詫びのお菓子として定着していきました」



独断であんこの味を変更。名前負けしないおいしさへのこだわり


切腹最中の特徴は、普通は閉じているはずの皮がぱっくりと開き、たっぷりのあんこが顔を覗かせていること。手に持ってみるとずっしりと重く、いかにも食べ応えがありそうです。食べてみると、サクサクの皮に風味豊かなあんこ、そしてその奥にはあんこと相性抜群のもっちりとした求肥が潜んでいました。ボリュームがありながら甘さ控えめのさっぱりとした味わいなので、何個でも食べられそうです。この味も、渡辺さんは相当のこだわりを持って開発したそう。


「お詫びに持って行ったのに、おいしくなかったら余計に怒らせちゃうから(笑)、いろいろと工夫しました。私が個人的に、最中の皮が上あごにくっつくのが嫌いだからいい米を使ってサクサクにしたり、時間が経っても最中の口がきちんと開いたままになるように求肥を入れたり……。形を保つための工夫だったけど、求肥入りの最中は他になかったみたいで、結果的に味も好評でしたね」

変な名前だから味は大したことないだろうとハードルを下げて、食べたら意外とおいしいじゃんと評価を上げるんです、と冗談めかして語る渡辺さん。中でも一番はやっぱりあんこだと、そのこだわりを語ってくれました。


「あんこは小豆を一晩水にさらして、アクや渋みを取ってから火にかけるのが一般的なんですが、うちは煮立たせた湯に生の小豆を入れる『直火炊き』という製法で作っています。京都なんかでは何度も水にさらしてアクをきれいに捨てるんだけど、ある時、最近の小豆はそんなにアクが出ないことに気づいたんですね。そして、少しのアクは悪者じゃなくて、それも含めてあんこの味になると感じるようになった。

社内でこのやり方を話したんですが、どうしても職人が賛成してくれない。だから職人に黙って独断でこの方法を試してみたんです。しばらくその方法を続けたある日、職人から『まさか、作り方変えた?』って聞かれましたが、それでも職人もこのほうが風味豊かでおいしいと認めてくれて。そうしてあんこを切り替えたら、味が評判を呼んでお菓子の売り上げが倍増しました。切腹最中もそれまでは1日に1,200個ほどだったのが、それ以来1日4,000個は売れるようになったんです」


小判形の皮にこだわりのあんこを詰めた「景気上昇最中」という、なんとも縁起のいい最中も渡辺さんのアイデアから誕生

謝罪へ向かう背中を見て「うまくいきますように!」


1日に100個売れたらヒット商品と言われる和菓子業界で、1日4,000個を常に売り上げる切腹最中は異例のヒット商品。取材に訪れた日も、店の外までスーツ姿のビジネスパーソンが行列を作っていました。渡辺さんによれば、客層は8割がビジネスパーソン。中でも、新年度から初夏にかけては20代の来客が増えるそうです。

「みんな初々しい顔をしていて、社会人はじめてのミスなのかな?と想像しながら店先に立ちます。中には『これから謝罪なんですよ』と話しかけてくれる人もいて、事情を聞くこともあります。納品が遅れたとか、クライアントからせっかく仕事をもらったのにうまくできなかったとかいろいろあるけど、ちょっとしたミスも多いんですよ。だけどみんな、かわいそうになってくるくらい顔が強張ってるんです。そういう人には『うちはおいしいから絶対許してもらえるよ』と声をかけたり、謝罪先のお偉いさんは年配の方で忠臣蔵が好きな場合も多いので、話を教えてあげたりしていますね」


渡辺さんはこれから謝罪へ向かうであろうビジネスパーソンの背中を見ていると、いつも「うまくいきますように」と祈るような気持ちになると言います。そんな渡辺さんに、20代への応援メッセージをいただきました。

「人間は失敗するもの。恐れずどんどんやりたいことをやってほしいと思います。失敗を恐れたり、ルールを気にしすぎたりしていると、行動もアイデアも小さくまとまってしまうから。新しいことをして変えていかないと、未来につなげていくことはできないんですよ。私が切腹最中を作ったり、あんこの味を変えたりしたのもその一つです。

失敗は挑戦した人にしか訪れません。そして挑戦する人は、もれなく立派。もし失敗しても、お詫びすればいいんです。その経験も糧にして頑張ってほしいと思います」


仕事では、なるべく失敗はしたくはないと思うもの。でも、失敗を恐れて仕事をただこなすだけになると、成長する機会を失ってしまいますし、やりがいを見いだすこともできなくなるかもしれません。それが続けば、自分の仕事への情熱は先細りになってしまうでしょう。

肩肘張らずに、だけど「切腹覚悟で」一生懸命に取り組めば、きっと未来は開けていくはずです。

(取材:小沼理/撮影:菊池貴裕/編集:東京通信社)

識者プロフィール


新正堂 渡辺仁久(わたなべ・よしひさ)。1952年、愛知県生まれ。1975年、桑沢デザイン研究所 ドレスデザイン科卒業。卒業後結婚し、妻の実家である新正堂を継ぐため、製菓学校に3年通い三代目となった。
新正堂は新橋に店を構える大正元年創業の老舗和菓子屋。忠臣蔵、浅野内匠頭の切腹場所が店舗の近くにあることから売り出した「切腹最中」が大ヒット。「自分が腹を切る代わりに切腹最中」として、ビジネスマンの営業ツールとして定着している。
「1日80個売れればヒット」と言われている和菓子業界の中で、昨年は「1日11,080個」を売り上げる記録を達成。新橋の店舗だけでなく、東京駅や羽田空港、歌舞伎座、国立劇場、新橋演舞場などでも販売され、今や東京の銘菓になりつつあり「メトロガイド東京うまいもの大賞」第1位、「R25お詫びの手みやげランキング」第1位、番組企画「空スイーツ」特集にて第1位など、さまざまなメディアで評価されている。
http://www.shinshodoh.co.jp/

※この記事は2018/05/24にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています

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