メンターは、近年のビジネスシーンでよく使用されている言葉です。新入社員の教育役としてのイメージが強いかもしれませんが、具体的に何をすればいいのかわからないという人もいるのではないでしょうか。そこで本記事では、メンターの役割とメリット、意識すべきことについて、経済学博士の中川功一さんに伺い、わかりやすく解説します。
メンターとは?
メンターとは、古代ギリシャの神話に登場する「Mentor(メントル)」という人物に由来する言葉。メントルは助言を行い、良き指導者であったことから、17世紀頃になって指導者や助言者にあたる人物のことをメンターと呼ぶようになりました。
近年では特にビジネスシーンにおいて、実務経験が少ない新入社員に対して指導や助言を行う先輩社員のことをメンターと呼ぶのが一般的です。なお、メンターから指導や助言を受ける人のことを「メンティ」、メンターが指導や助言を行うことを「メンタリング」といいます。
企業で求められている理由
かつては、新入社員の教育を誰が担当するか決められていないことも多く、基本的に直属の上司や先輩社員がその役割を担っていました。そのため、仕事に関する指導は十分に行えても、お互いの立場上、メンタル面の悩みやキャリアの不安に関する相談はしづらかったりするケースもあるでしょう。その結果、新入社員が職場に馴染めず早期退職につながるケースも多かったことから、広くキャリア支援を目的としたメンター制度を導入する企業が増えているのです。
OJTとの違い
OJTとはOn-Job Trainingを略した言葉で、その名のとおり実務経験を積みながら仕事のノウハウや知識を学ぶ研修制度を指します。これに対しメンターは、日々の実務に加えて、メンタル面などのサポートも行うのが特徴です。
米国のリーダーシップ研究機関であるロミンガー社が定義した「70:20:10」という人事育成の法則によれば、人が成長する7割が経験、2割が薫陶、1割が研修であるとされています。つまり仕事での成長には、実務経験による学びだけでなく、メンターのような精神的な助言を含む研修が大切なのです。
コーチングとの違い
コーチングとは、指導者と対等な関係で対話を重ねていくことで、受け手に新たな気づきを与えるコミュニケーション手法のことを指します。コーチとトップアスリートのような関係性を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。
メンタリングとの境界はあいまいですが、基本的には実務経験が少ないメンティへの教育制度であるため、コーチングが目指す関係性とはやや異なります。しかしメンタリングでも、適切な問いかけや目標設定などのコーチング的な働きかけを行うことは極めて重要なので、状況に応じて両者を使い分けられるといいでしょう。
メンターの役割
メンターの役割としてまず大切なのは、メンティの知識や技能の向上を図ることです。仕事の進捗や成果を定期的に振り返り、改善点や次のステップについて具体的なアドバイスを提供します。これに加えて、メンタル面の悩みやキャリアの不安に寄り添うことも忘れてはいけません。メンティが直面する問題や課題を細かくヒアリングし、解決策やアプローチ方法をともに模索する必要があります。
そのため、両者の役職や立場に大きな違いがなく、職務としては同格でありながら先輩に当たる存在がメンターとなるのが望ましいでしょう。多くの場合、入社後3〜8年目の社員が担当しますが、経験年数によって任される役割に大きな違いはありません。大切なのは、メンティに気づきを与え、実際の行動に移すきっかけを提供できるメンター像を自分なりに築きあげることです。
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メンターに求められる能力や素養
では、メンターに求められる能力や素養にはどういったものがあるでしょうか。具体的に解説します。
職務を一人前にこなせること
メンティの知識や技能の向上を図るというメンターの役割を踏まえると、メンター自身が十分な技能を持ち得ていることが大前提となります。これが無ければ、メンターは務まりません。また、ただ単純に仕事の進め方やコツを教えるだけでなく、メンター自らお手本になることも求められるでしょう。職務をきちんと正しいステップでこなせること、これがメンターとしての第一歩となるのです。
リーダーシップがある
メンターに求められる能力の一つが、リーダーシップです。一般的に、リーダーシップとは「相手に影響を及ぼす過程」とされています。その方法は人によってさまざまですが、メンター自身の行動や振る舞いを通してメンティが前向きな感情を持ち、頑張ろうと思えることが本質といえるでしょう。例えば、具体的な目標を設定したり、学習のための参考資料を共有したり、あるいは熱い言葉で鼓舞するのも効果的かもしれません。
人はそれぞれ違っているので、自分なりのやり方を構築することが大切です。他人の上手なやり方が、自分に合うかどうかはわかりません。リーダーシップは、試行錯誤の中で自分のやり方を見つけていくことが求められるのです。
コミュニケーション能力が高い
もう一つ、メンターに求められる能力として、コミュニケーション力が高いことも挙げられます。ここでいうコミュニケーション力については、立命館大学の藤本学教授によって提唱されたENDCORE(エンドコア)モデルと呼ばれる4種類のスキルセットが有名です。
- ENcoding:「相手の発言を解釈して理解する技術」
- DEcoding:「考えをまとめて言葉にする技術」
- COntrol:「自己を統制する技術」
- REgulate:「相手との関係を調整する技術」
例えば、メンティが社内システムについてわからないことがあったとします。そうした場合、メンターはメンティが何を知りたがっているのかを聞き出すことが大切です。こうしてメンティの困りごとや悩みを聞き出すのも技術の一つで、あらゆる角度から問いを投げかけ、メンティが抱える問題点や不安要素の本質を解き明かす姿勢が求められるでしょう(DEcoding)。
その困りごとへの返答を考え、まとめる技術(ENcoding)については、経営学の父として知られるピーター・ドラッガーが「大工に話すときは大工の言葉を使え」という言葉を残しています。これを分かりやすく言い換えると、自分の言葉ではなく、相手にわかるような言葉で話すということです。その際は批判や皮肉を言わず、困っている相手の立場に立って共感を寄せて話す(REgulate・COntrol)ことで、メンティの納得も得やすくなります。
問題解決力がある
メンターは、コミュニケーション能力に加えて、問題解決力も求められます。ここで注意したいのが、ここでいう問題解決力とは仮説検証の連続であり、メンティが直面する問題や課題に対してさまざまな視点から解決策を導き出す能力であるということです。
例えば、メンティが社内の他部門とのコミュニケーションに悩んでいる場合、「伝え方が良くないから」と理由を一つに絞ることは好ましくありません。お互いの共通理解がないから、メンティがその部門のことを知らないから、担当者の人柄を知らないから、伝えるべき情報を間違えているから、相手部門が忙しい時間に連絡をしているからと、いくらでも理由は考えられます。メンタリングを通じていくつかの考えられる理由を列挙してから、それぞれの可能性をメンティとともに模索するアプローチを心がけましょう。
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メンター制度のメリット
ここからはメンター制度を導入するメリットについて、メンター側とメンティ側のそれぞれの立場から見ていきましょう。
メンター側のメリット
メンター側にはどのようなメリットがあるのでしょうか。主なものを紹介します。
メンター自身の職務やキャリアに関する理解が深まる
一般的には、教わることよりも、人に教えることで理解は深まることが知られています。なぜなら、相手に分かりやすいように要点をまとめて言語化するには、自身の理解度の高さが問われるからです。したがって、メンタリングを通じてメンター自身の職務やキャリアに関する理解が深まるといえるでしょう。
基礎的なマネジメントスキルが習得できる
通常、まだマネジメント経験がない社員がメンターに任命される傾向にあります。そのため、メンタリングを通じてメンティのモチベーションを高めたり、円滑なコミュニケーションを図ったりすることで、基礎的なマネジメントスキルを身に付けることができるのもメリットの一つです。
メンティ側のメリット
次に、メンティ側にはどのようなメリットがあるのでしょうか。主なものを紹介します。
少し先の未来像を具体的にイメージできる
メンターの存在が一つの指針となるため、メンティは数年先の未来像を具体的にイメージすることができます。メンターがどれほどの技能を身につけているのか、かつ社内でどのように過ごしているのかを知ることで、キャリア形成のヒントにもなるはずです。
職場にいち早く馴染める
就職や転職は仕事に就くと同時に、新たなコミュニティに加わることを意味します。そのためメンティにとっては、メンタリングを通じて職場にいち早く馴染むことができる点も大きなメリットでしょう。
良いメンターになるために意識すべきこと
メンターの役割やメリットなどについて解説してきましたが、良いメンターになるためにはどのようなことを意識すればよいのでしょうか。詳しく解説します。
常に職務に対する誠実な姿勢を示す
良いメンターになるためには、メンティに信頼されたり尊敬されたりするような振る舞いを意識することが大切です。メンタリングをする上では自身の役職など組織上の権限に依拠するかたちでは相手へ良い影響を与えることはできません。
例えば、仕事に対して怠けた態度を示したり、姑息な方法を指導したりすれば、幻滅されて相手への適切な影響力は失われる可能性があります。このようにリーダシップの意味を履き違え、幻滅されてしまうようなことはするべきではありません。常に職務に対する誠実な姿勢を示すことを心がけましょう。
メンティの性格や価値観を尊重する
自分が仕事への信念を持つことと、相手にもそれを求めることは一致しません。良いメンターになるためには、自身の信念は持ちつつもメンティの性格や価値観を尊重することが重要です。
例えば、メンティの仕事に対する価値観が自分と異なる場合でも、否定的な意見を述べたり、過度な要求をしたりするのは避けるべきでしょう。メンティはメンターの思考や振る舞いを受けて「このメンタリングは受ける価値がある」と良い感情を持ち、積極的にその影響を受け入れつつ自分のスタイルに取り込んでいけるのです。
適切な目標を設定する
メンティーが成長するためには、適切な目標を設定し続けることが大切です。ペラルーシ出身の心理学者レフ・ヴィゴツキーが明らかにした「発達の最近接領域(Zone of Proximal Development:ZPD)理論」によると、自力では達成できないものの、誰かの支援があれば達成できるレベルの目標が理想だと言われています。
例えば営業職の場合、売上を先月の2倍にするという目標だと達成は難しいですが、売上を先月よりも20%アップさせるくらいの目標なら周囲の支援があれば達成することはできるでしょう。
このように、メンターは常にメンティの成長状態を見ながらZPDを見極め、ちょうど良いチャレンジを与えていく必要があります。これに成功すれば、メンティにとって職場は良き成長の場であるとともに、日々をワクワクしながら過ごせる場にもなります。
自分一人で責任を抱えこまない
責任感が強いメンターほど、1対1の関係にこだわり、自身がメンティの成長において大きな鍵を握っていると考えがちです。ただ先述した通り職場はコミュニティなので、1人で責任を抱え込む必要はありません。時には周囲と上手く連携しながら、職場全体でメンティの成長を見守ることが大切です。
そこで意識してほしいのが、メンティに仕事の1から10までを全て教える必要はないということ。基本的に仕事は、現場で上司や同僚から総合的に学びます。悩み事の相談についても、その性質によって同期に聞くこともあれば、上司に聞くことも、家族に聞くこともあるでしょう。メンターの役割は、あくまでもメンティが自ら学んで成長するためのサポートを行うことであり、その役割を過剰に重く捉えることはないのです。
メンター経験を自身の成長の機会に
メンターはメンティの成長を支援するだけでなく、メンタリングを通じて自身のスキルを高めることもできます。今後のキャリアを見据えて、早いうちからメンターとして基礎的なマネジメントスキルを積んでおくことは大きなメリットです。だからこそ、もしメンターに任命されたら、自身にその適性があると思って自信を持ちましょう。ただし、気負いすぎることはありません。「放っておいても人は育つ」と考え、適度な距離感を保つことを意識してください。
監修:やさしいビジネススクール学長 中川功一
経済学博士(2009年、東京大学)。「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。学長を務めているオンライン経営スクール「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作などで経営知識の普及に尽力している。 主な著書に『感染症時代の経営学』『ど素人でもわかる経営学の本』『戦略硬直化のスパイラル』など。
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