出退勤自由、嫌いな仕事はしない? 前代未聞、エビ工場の働き方が教えてくれること

もしも、あなたの職場に「出勤日も勤務時間も自由」というルールができるとしたら、どう感じますか?

出退勤自由、嫌いな仕事はしない? 前代未聞、エビ工場の働き方が教えてくれること

もしも、あなたの職場に「出勤日も勤務時間も自由」というルールができるとしたら、どう感じますか?

多くの人が「そうなってほしい」と思う反面、「そんなことしたら会社が成り立たないのでは?」と不安になる人もいるかもしれません。しかし、このような前代未聞の働き方をしている職場が実在しています。それが、今回ご紹介するパプアニューギニア海産です。

「好きな日に連絡なしで出勤・欠勤できる」「嫌いな作業はやらなくてよい」――そんな型破りな働き方改革を実践した同社の工場長・武藤北斗さんにお話を伺いました。

ちょっと不思議なエビ工場の一日


むきエビやエビフライといった天然エビの加工品を、全国のレストランやスーパーマーケットなどの小売店で販売している大阪のパプアニューギニア海産。武藤さんを含めて社員は2人だけ、ほかはパート従業員が9人。決して人手が足りているとは思えない同社ですが、まずはその一日をのぞいてみましょう。


●8:10……武藤さんともう一人の社員が出勤。事務作業と工場の稼働準備を行う。

●8:30~……パート従業員たちが、好きな時間に出社し、好きな時間で退社。パート従業員の出勤人数を見ながら、武藤さんたち社員の二人も現場に入り作業の調整。正午にはお昼休憩がありますが、休憩を取る・取らないも自由。

●17:00……全ての作業を終了し、パート従業員は全員退社。

●18:00……社員も事務作業や翌日の準備をして18時に退社。



さらに勤務中は「嫌いな作業はやらなくてよい」というルールがあるのだとか。そんなルールがあるのに、本当に工場は滞りなく回っているのでしょうか…?

特徴的な2つの取り組み


パプアニューギニア海産は、パート従業員に対して以下のような就業ルールを設けているそうです。

1.フリースケジュール


これは「好きな日の好きな時間に出退勤すればよい」というルール。これに加えて「連絡は禁止」のルールもあります。

「うちで働くパート従業員の多くは子育て中のお母さんです。ですので、お子さんが突然体調を崩したため、やむを得ず当日欠勤することが少なくありませんでした。フリースケジュールを導入する前は、当日欠勤する場合、会社に電話連絡を入れることになっていたので、大きなストレスや重圧になっていたのではと思います。

もし、自由に出退勤できるのに『会社への連絡』が必須条件だったら、この『好きな日の好きな時間に出退勤できる』というルールが無意味になってしまいますよね。『会社への連絡は禁止』は、フリースケジュールというルールを活かすために敷いたルールなのです」(武藤さん、以下同じ)

しかし、シフトがないと「誰も出勤しなかった」ということが起こりそうですが…。

「私も最初はそのような不安がありました。しかし、出勤人数がゼロだった日は、導入から約4年間の中でたった1日だけ。その日は工場を休みにして、社員は事務作業や発送作業に専念しました。逆に誰も来ないかと思った台風の日でも出勤する人がいたりして。結局のところ、人の生活や心を予想するのは不可能だと気づいて、心配することをやめたのです。この1日を気にする人もいますが、4年に1度しか起こらなかったことを軸にしてルールを考える必要はありません。それよりも大きなプラスの効果があるのですから」

フリースケジュールが導入されたことでパート従業員からは、「旦那さんの休みや子どもの行事に休みを合わせることができる」「精神的なストレスがなくてうれしい」「急に子どもの体調が悪くなって当日仕事を休んでも、誰にも文句を言われないと思うと看病に専念できる」などの声が上がっています。

2.嫌いな作業はやらなくてよい


パート従業員には、エビの殻をむく、エビフライを作る、計量、掃除など多岐にわたる作業があります。しかし同社では「嫌いな作業はやらなくてよい」というルールのもと、それぞれに好きな作業が振り分けられるそう。

「人にはそれぞれ好き嫌いや得手不得手があります。それは仕事も同じです。例えば、あるパート従業員は、エビの殻をむく作業が好きだけど、計量する作業は嫌い。しかしその逆の人もいる。

嫌いな仕事をしている時はモチベーションも下がり、効率も落ちる。だったら好きな作業だけに集中したほうがいいと考えました」

武藤さんは、工場での作業を項目化し、パート従業員から定期的に「好き嫌い」のアンケートをとっています。この回答をもとにしてそれぞれが好きな作業に多くの時間を費やせるよう、作業を振り分けているというわけです。

「アンケートで意外だったのは『全員が嫌いな作業』はなかったことですね。しかし、『嫌い』が偏った作業はありました。例えば、床ブラシでの工場内の床掃除。これは体力的にキツかったらしく、高圧洗浄機を導入することで『嫌い』な人がいなくなり、『好き』な人が増えるまでに変わりました。このように、その作業が嫌われる理由を考えて少しずつ改善していったのです」

従業員の皆さん。とっても楽しそう!


借金1億4000万円からの再スタート


武藤さんが「フリースケジュール」を導入したのが2013年。このような働き方改革を始めたきっかけは、2011年に起きた東日本大震災だったそうです。

もともとパプアニューギニア海産の工場は宮城県石巻市にありましたが、2011年の東日本大震災による津波の影響で工場と店舗が全て流されてしまいました。福島第一原発の事故による放射能の影響を考え、苦渋の決断で大阪への移転を決意。

「大阪に移ったため国からの補助はなく、工場再建には二重債務を抱え、その額は1億4000万円にもなりました」

2000年に入社以来、ずっと営業と事務一筋で頑張ってきた武藤さん。かつては現場の実情を理解しておらず、会社の利益拡大ばかりを考えていたため、石巻の工場ではパート従業員との信頼関係を築くことができずに後悔したといいます。そんな武藤さんを変えたのが、東日本大震災だったのです。

「震災で人の生死を目の当たりにして『生きる』『死ぬ』『育てる』という人間の根本的なこと、それらを支える『働く』ということをずっと問い直してきました。

震災前までは、働くことと生きることは別物でした。しかし自分が命をかけて再建している会社のことをもう一度考えたとき、『働く』という自分の足元にある行為から、ずっと目をそらし続けていたことに気づきました。その時、生きることと働くことが頭の中で明確につながったのです。そこでこう考えました。

『従業員たちは本当に生きるための仕事ができているのだろうか』『ここは彼らが生きるための職場になっているのだろうか』と」

武藤さんはパート従業員一人ひとりと何度も面談を重ね、利益拡大のためではなく、従業員が働きやすい環境をつくる方向へと考えを切り替えました。工場では子育て中のお母さんたちが多く働いており、そんなお母さんたちが働きやすい職場とは何かと考えた時、真っ先に思いついたのが「好きな日に休める会社」だったのです。

「小さな子どもがいつ熱を出すか、いつけがをするかなんて誰も予測できませんよね。それは自分自身の子どもを見ていて身に染みていたことでした。そんな時、会社に気兼ねなく休むことができたら、どれほどいいだろうと思いついたのです」

こうして始まったのが、採算度外視な働き方改革でした。

前代未聞の働き方改革、5つの効果


こうして2013年に導入された「フリースケジュール」。武藤さんはパート従業員たちと膝を突き合わせて語り合い、一緒に「働きやすい職場」をつくる努力を続けます。2015年には「嫌いな作業はやらなくてよい」というルールも加わり、その結果、次のような「プラスの循環」が生まれました。

1.離職率の低下


以前はパート従業員を雇ってはすぐに辞めていく…の繰り返しでしたが、フリースケジュールを導入してから離職する人がいなくなりました。

導入当初は工場自体も変革期にあったため、武藤さんの考えや方針に合わない人が数人退職したそうです。しかし、それ以降は人が定着し、求人広告の費用も不要になるなど、面接や採用に関する業務に時間を取られなくなりました。

2.商品品質の向上


人が辞めると、その穴を埋めるため新たに人を採用しなくてはなりません。そして採用した新人を育てるために、熟練したパート従業員は育成に当たります。新人は仕事に慣れていないため作業時間がかかる上、質の低い商品を作ってしまうこともしばしば。離職ゼロになったことで熟練したパート従業員の作業する時間が長くなり、商品の品質も向上しました。

3.生産効率の上昇


フリースケジュールを導入後、パート従業員の数が13人から9人に減ったにもかかわらず、売り上げは横ばい。熟練したパート従業員一人ひとりの動きに無駄がなくなったことから生産効率はアップ。

4.人件費減少


導入前と比べ、パート従業員の数が減少したため人件費が約40%削減されました。

5.従業員の意識変革


パート従業員の動きが機敏になり、臨機応変に物事を考えるようになりました。また、日々現場にいるからこそ見えてくる課題を指摘するなど、働きやすい環境をつくるための前向きな意見を提案してくれるようになりました。

武藤さんは、パート従業員が受動的ではなく能動的に働くようになったことが、これら「プラスの循環」を生み出していると言います。

「会社と従業員との間に信頼関係が築けたことが何よりも大きいですね。働き方改革をすすめるには、会社が従業員の生活を大切に考え、そのために必要な行動を起こすことが重要だと考えています。そしてそれが従業員に伝わった時、初めて信頼関係が生まれるのではないでしょうか」

働き方改革を始めた2013年には1億4000万円あった負債も、この好循環によって約4年で9000万円にまで減少しました。

仕事の本質は「人」


パプアニューギニア海産の働き方改革は大きな反響を呼び、2017年に『生きる職場~小さなエビ工場の人を縛らない働き方~』として書籍化されました。2017年9月現在、パート従業員は15人に増え、今日も「生きる職場」でパワーをみなぎらせて働いています。

最後に、武藤さんが考える「仕事の本質」とは何かお伺いしました。

「私たちは、仕事をするために生きているのではなく、生きていくために仕事をしています。賛否両論はあるかもしれませんが、私は仕事にやりがいを求めすぎたり、誰もがうらやむような仕事ばかりを求めすぎなくてもいいんじゃないかなと思っているんです。

全ては人間関係だと思っていて、どんな仕事であっても、会社の理念に同意でき、人間関係さえ良ければ仕事のやりがいも自然と付いてくるのではないでしょうか。細かな仕事の内容よりも、どんな人が働いているのか、どんな人と働くのかを知ること。それが仕事を選び、働いていくにあたって重要なことだと思っています」

また、武藤さんはこうも続けます。

「『フリースケジュール』や『嫌いな作業はやらなくてよい』は、ただの手段でしかありません。ほとんどの企業で導入は可能だと思いますが、それをみんなにまねてほしいわけではなく、がんじがらめになっている社会や会社の仕組みが、実はおかしいのではないかとあらためて考えてほしいのです。

私たちは『機械のように人を管理する会社経営』といった固定概念にとらわれずに今までの仕組みをひも解いていったところ、効率が上がったり、人間関係が良くなったり、品質が上がる、ということが結果として付いてきました。

働く人たちがいかに働きやすい職場にするか。それを考え続けることが一番大事。私たちにとっては前述した2つの取り組みが改善策につながりましたが、他社にとっては、この方法がベストではないかもしれません。

効率を優先したことばかりを考えて取り組んでいくのではなく、まず『人』に焦点を当てていくことが、働く人にとっても会社にとってもプラスになっていく、と伝えていきたいですね」

人を機械のように管理する従来のオートメーション化されすぎたシステムでは、働く人自身を幸せにできないのではないでしょうか。経済も会社も、人ありきで回っています。一見、非常識にも見えるパプアニューギニア海産の働き方こそ、新しい常識になっていくのかもしれません。

多様化してきた今だからこそ、従来では考えられなかった働き方を積極的に取り入れ、個々に仕事の本質を見いだしていくことができるのではないでしょうか。

(取材・文:ケンジパーマ/編集:東京通信社)

識者プロフィール


HP:パプアニューギニア海産

※この記事は2017/11/14にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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