シリコンバレーの若者たちの間で「効果的な利他主義」という考え方が注目されています。
今回はこの「効果的な利他主義」という考え方がどのような背景から生まれて、どのような可能性を持っているのか、『あなたが世界のためにできるたったひとつのこと〈効果的な利他主義〉のすすめ』(NHK出版)の編集を担当した松島倫明さんに聞きました。
「効果的な利他主義」とは
「効果的な利他主義」とは「利他主義(他人の幸福や利益を図ることを第一とする考え方)」と銘打たれていますが、単なる募金や寄付のような社会貢献の方法とは少し異なるそう。
松島さんは「効果的な利他主義」を「数字と理性による判断のもと、社会をよりよくするために最大の効果を追求する哲学やムーブメント」と表現します。
つまり、「かわいそうだから」といったような感情による判断ではなく、かかる費用や効果を厳密に計算したうえで、世界をよりよい場所にするためにもっとも効果がある行動を理性的に選択するのが、「効果的な利他主義」の考え方なのです。
例えばお金を寄付する場合でも、「まだ子どもなのにかわいそう」「もし助かる見込みがあるなら助けたい」といった“情緒面”よりも、人の病気を治したり、命を救うことにかかるコストなどの“数字”に着目し、「どうすれば最も効率良く、つまり同じコストで最も多くの人を救うことができるのか」を理性的に判断するというわけです。
ビル・ゲイツは「効果的な利他主義」の見本
まだイメージがつきにくい方のために、具体的な例を挙げてみましょう。
「効果的な利他主義」について、松島さんが象徴的な存在として挙げたのはマイクロソフトCEOのビル・ゲイツ氏。彼は、自身の財団を通して、例えばマラリア対策に多くの寄付金を投じており、「世界で最も多くの命を救っている人物」ともいわれています。
世界の乳幼児の死亡原因の多くを占めながら、蚊帳という安価なツールを導入するだけでも大きな成果を出すことができるマラリア対策は、「効率的に大勢の命を救う」という行為にぴたりと当てはまるのです。
「効果的な利他主義」がシリコンバレーの若者に支持される理由
アメリカにおいて現在「効果的な利他主義」を実践しているのは、学生やシリコンバレーでビジネスに取り組む若者たち。
シリコンバレーのスタートアップには、「世界をよりよくしたい」というピュアな思いが根底にあり、「それがビジネスにどうつながるか」というくらいのスタンスを持つ人々が多いのだそう。「そういった、『効果的な利他主義』の考え方、スタイルが共感を呼んでいるのでは」と松島さんは考察します。
さらに、アメリカと日本での価値観の変化も「効果的な利他主義」が支持される背景にあるとか。松島さんは次のように指摘します。
「アメリカではリーマン・ショック、日本では震災以降、“お金があれば豊かといえるのか”“はたして自分のライフスタイルはこのままでよいのか”といったように、 価値観の見直しが起こりつつあります。こうした変化が『効果的な利他主義』の考え方と合致し、国内外を問わず新たなサービスをつくり上げているのではないでしょうか」
日本で「効果的な利他主義」は根付くのか?
こうした「効果的な利他主義」の潮流は欧米だけの話で、チャリティーの文化があまりない日本では根付かないのではないか、という疑問も浮かぶでしょう。
たしかに欧米では、可視化しづらいチャリティーの成果を数値化し、盛んに意見交換を行うためのWebサービスがある一方で、日本にはまだそうしたサービスはないため、「同じ国の人だから助けなきゃ」というような情緒面が強くなってしまい、「いかに効果的に行うか」という議論がスキップされがちだと松島さんは言います。
ただ、「そこにビジネスチャンスだってあると思いますし、新たなチャリティーのあり方として若い人たちにはぜひ盛り上げていってほしいです」と松島さんはエールを送ります。
さらに、松島さんは次のように付け加えます。
「日本人の多くはこれまで言語の壁もあり、受け取ることができる情報の量は限られていました。ですがネットの普及により、ヨーロッパでのテロやアフリカで起きている飢餓など、『世界で今なにが起きているのか』をSNSなどから瞬時に受け取れるようになっています。
これによって、国内だけでなく世界という枠組みで、“同じ人間として他者に共感し、行動したいという意識”が、特に若い方に芽生えているのではないでしょうか。さらに、日本には欧米のような旧来のチャリティーの文化があまりない分、先入観を抜きに『効果的な利他主義』を実践できるという利点もあると思います」
まとめ
単なる社会貢献とは違い、費用や効果といった効率面を理性的に判断し実行する「効果的な利他主義」。震災などをきっかけに、日本人の多くがチャリティーのあり方を模索したり、「社会のためにできることはないか」と考える機会が増えた今、シリコンバレーの若者たちの間だけでなく、日本でも注目が集まっていきそうです。
識者プロフィール
松島倫明(まつしま・みちあき) NHK出版 放送・学芸図書編集部 編集長。1972年東京生まれ。『ZERO to ONE』『MAKERS』『FREE』などの翻訳書をはじめ、後藤健二『ようこそボクらの学校へ』など多くの書籍の編集を手掛けている。
※この記事は2016/04/22にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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