第一線で活躍するにはまだまだだけど、本当は熱い感情や夢を抱いて毎日業務に勤しんでいる。笑顔の裏では仕事や会社、人間関係、さまざまな思いや悩みを抱えている。
いま世の中には、このような口には出せない気持ちや、たまりにたまったストレスと戦っている、多くのビジネスパーソンたちがいます。
未成年をとうにすぎた社会人だって、本当は大声で主張したいことがある。毎日コツコツと業務をこなしているだけじゃない、社会人になって味わってきたこと、そして胸に秘めた滾る思いを誰かにぶつけたいときもある――
そんな気持ちを抱いた社会人同士が、音楽にのせて1対1で言葉をぶつけ合うイベント、それが「社会人ラップ選手権」です。
今回は年に一度行われる本戦に、編集部スタッフが潜入。その熱いバトルの内容と、数時間にわたって繰り広げられた人間ドラマの一部始終をお伝えします。
社会人ラップ選手権って、そもそも何?
テレビやラジオ、さまざまなメディアを通して“ラップ”を耳にしたことはないでしょうか。ヒップホップ音楽が一般的になったと同時に、最近では高校生同士がラップのスキルを競い合う「高校生ラップ選手権」をはじめ、ラップバトルというものが一年を通してさまざまな場所で行われるようになりました。ラップを習う、ラップスクールなるものも最近では社会人に人気なのだそう。
今回レポートする「ラップバトル」とは、1対1でお互いの感情をラップ音楽にのせて即興で歌い合う競技です。
「社会人ラップ選手権」はその名の通り、社会人だけが参加を認められています。ここでは社会人としての礼儀やマナーを踏まえた上で、自分の仕事の過酷さや業界内のエピソード、相手の仕事に対する姿勢へのディス(批判)、自分の仕事へのプライドなどを織り交ぜながら、8小節ごとに交代し1~2分間のバトルが繰り広げられるのです。
決勝の出場者は総勢16名。日本全国約150名の挑戦者の中から予選を勝ち上がって来た猛者たちがそろいます。
職種は、石油商社マン、医師、トマト農家、山形の米農家、IT企業の財務担当、グラビアアイドル、テレビ番組AD、携帯販売員など、多岐にわたるのもこの選手権の特徴といえるでしょう。
もともとラップが好きで趣味で歌っていた人、この大会を知ってから初めてラップに挑戦した人など、出場への背景は十人十色。
出場者の一人、神奈川県川崎市でトマト農家を営んでいる虎之助氏は、山形県で米農家を営むシャドウ國本氏がラップ選手権に出ていることを知り、刺激を受けたことから出場を決めたそう。また「これからの農業を一緒に考える試合を(シャドウ國本氏と)したい。農家として言いたいことはいっぱいある、そこを前面に出して行きたい」とも語っており、自分の仕事を誇りに感じながらも、一般的にいわれているキツい、厳しいといった農家へのイメージを変えたい、そんなまっすぐな思いが伝わってきます。
大会審査員を務める三浦氏は開会式にて、「社会人ラップ選手権の審査基準は、ライム(韻を踏むこと)やロジックも大事ですが、何より出場者の社会人としての生き様、どうやって仕事してどうやって生きていて、この会場に対して何を言いたいのか。自分はどんなふうに暮らして、どんなふうに稼いでいるのか、稼げていないのか。そんな日々の社会人生活の中で培っているプレゼンスキルを生かして社会人としての己を思いっきりレペゼン(主張・代表)してほしい」と、この「社会人ラップ選手権」独自のルールを説明。
ピリッとした気持ち良い緊張感とともに、会場は熱気に包まれていきました。
いよいよバトル開始! 始まりとともに豹変する出場者たち
勝負はトーナメント方式で進行。まずは社会人としてのマナーである、あいさつを兼ねた名刺交換から始まります。深々と頭を下げた低姿勢で名刺交換をしていた社会人たちですが、音楽がかかって試合が始まると同時に強面のラッパーへと豹変!
デザイナーは「スキルは高いが見積りは安い!」と自身の仕事について必死の形相で訴えます。山形の米農家は「覚悟と交通費が違う!」と今大会で唯一遠方からの出場者の気合いを叩きつけるように歌い、テレビ番組ADは「俺は負け組!追いかけたカメムシ!」と新人時代にテレビ番組の罰ゲーム用にただひたすら虫を捕まえ続けたエピソードで相手を威嚇。
試合曲は毎回変わり、出場者たちは即座にそのメロディーを判断して韻を踏みながら言葉の語呂合わせをリズムにのせて歌います。瞬時の対応力、語彙力、そしてパフォーマンス力。ラップバトルは脳と感情をフル回転させながら歌にする、とても知的な競技のよう。
審査委員長・DOTAMA氏もコメントの節々で「仕事へのアティテュード(姿勢)」が見え隠れする、社会人としてのあるべき姿とその大事さを取り上げていました。普段は企業に勤め粛々と仕事をこなしたり、手に職をつけ専門知識を生かしながら働いている一般の社会人。自身の社会人としての生き様や、普段どのように仕事と接しているかが大事な審査ポイントとなるのです。
実録、鬼気迫る言葉と言葉の応酬
出場者たちはそれぞれ仕事の中で培ってきたスキルや積み重ねてきた経験、そして仕事人としてのプライドを持って壇上に立ちます。デザイナー・タカハシ氏とトマト農家経営の虎之助氏の対決ではそれぞれの職種や業種間の違いをうまくラップにのせていました。
虎之助氏が「俺は灼熱の下で働いている農家。蛍光灯の下で冷房あたってないんだよ!俺の方が強そうじゃない?」と、いつも整った空調のオフィスで働いているであろうデザイナーに向け体力の自信を力強く訴えると、それを受けたデザイナー・タカハシ氏は「確かにあんたはムッキムキ、俺はこの通りムッチムチ」とポッコリと飛び出たおなかを客席に見せつけながら、さらり虎之助氏のディスをかわして余裕を見せます。
一方タカハシ氏が「俺は広告作ってんだよ。徹夜でも何でもかんでもやる、そういうデザイナーだ!」と、仕事の情熱とともに体力や精神力の強さをアピールすれば、農家の虎之助氏は「YO!YO!デザイン? ならば俺も一年中、畑をデザインしてる」と言い返します。
知っているようで知らない他の業界のこと。あなたも一方向から他の業界のことを見ていたりしないでしょうか。このラップバトルでは、それぞれの活躍しているフィールドや仕事の本質を知り、さらに固定観念を突き抜けて新しい角度から仕事を知ることもできるのです。
VRベンチャー開発マネージャーの入ル初日ノ出氏と、IT企業社員OMATA Longinus氏の対決では、お互いの仕事についてのやりとりが続く中、入ル初日ノ出氏が「仮想現実ってのは遊びじゃないんだ!人類を次のステージに押し上げるデバイスだ!!」とVR技術の素晴らしさを説きます。一方のOMATA Longinus氏は「そのデバイスの半導体、作ってるのはうちの会社だぞ!」と相手の主張を見事に自身の仕事へと引き寄せ、会場内を沸き立たせます。
仕事は顔の知らない誰かが利用する誰かのためにモノを作ったり、サービスを売り買いして、必ず “誰か”とつながり成り立っている。その現実を目のあたりにした瞬間でした。
自分の仕事に本気で取り組む社会人の姿がそこにはあった
約4時間に及ぶ戦いは、あっという間に終焉へ。
審査委員の落語家 林家はな平氏は、「ラップというのを初めて目の前で見ましたが、怖いというか迫力があるというか。しかし、互いをけなしている中にも愛があると感じました」とコメント。
自分の発する言葉やパフォーマンスの迫力で勝たなければいけないというバトル対決でもあるため、時には大きく声をあげたり強く睨みつけたり、けんか口調なども随所に見られます。しかし、それは仕事に対するアティチュード(姿勢)や、真摯さ、ひたむきさ、熱意を全身で表現した結果の“気迫”。
自分の仕事の素晴らしさを訴える人、自分の境遇のつらさは人には負けないことを自虐的に訴える人、出場者の戦い方や考え方はさまざまなものの、全体を通して感じたことは、結局みんな自分の仕事を誇りに思い、相手の仕事への尊敬や敬意も忘れていないということ。
名刺交換で始まり、白熱の対決の後には笑顔と握手で試合を終わる。いち社会人として、相手への思いやりや尊敬の念を持ち、自分の知らない業種の大変さや偉大さを気づかせてくれる。
信念を持ってガムシャラに働く大人の姿ってなんてカッコいいんだろう。堂々としている背中、まっすぐな目、みんながみんな輝いて見えます。明日からさらにまた、自分の仕事に邁進することでしょう。
あらためて自分自身の仕事への情熱や姿勢を振り返り、明日への活力につながるような体に走る熱い気持ちを奮い立たせてくれるような濃厚な大会でした。
あなたは自分の仕事や生き様について、声を大にして伝えたいこと、ありますか?
(取材・文・写真:野崎、東京通信社)
※この記事は2017/08/22にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
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