太宰治の『人間失格』は、なぜ現代人の心に刺さるのか【三分で読める名作劇場 #1】

偉大なる文豪たちが遺した、名作文学の数々。社会人ともなれば、教養としてある程度は読んでおきたいもの。けれど、忙しさやハードルの高さを言い訳にして、なかなか手がつけられていない人もいることでしょう。そんな人たちに向けて、文豪の作品に詳しい文筆家の菊池良さんが、押さえておくべき名作を一冊ずつ解説します。第1回で取り上げるのは、太宰治の代表作『人間失格』です。

f:id:doda-media:20200420021738j:plain

70年も読まれ継がれる『人間失格』と太宰作品

「恥の多い生涯を送って来ました」

このフレーズを知っている人は多いのではないでしょうか。これは太宰治による小説『人間失格』に出てくる言葉です。

太宰はそのセンセーショナルな生涯でもよく知られた作家です。1909年に青森県の地主の家に生まれ、芥川龍之介に憧れて小説家を志し、東京帝国大学在学中に「列車」でデビューしました。『女生徒』『ヴィヨンの妻』などの作品を発表し、新進気鋭の作家として活躍しましたが自殺未遂を起こすなどのスキャンダラスな私生活も話題になりました。代表作となる『人間失格』を書き上げた後、玉川上水で入水自殺をしています。

太宰のファンは多く、お笑い芸人の太田光さんや、今や芥川賞作家である又吉直樹さんもファンであることを公言しています。中学校の国語教科書で、『走れメロス』が多く採用されているので、そちらを知っている人も多いでしょう。「メロスは激怒した」で始まる小説です。

1948年に『人間失格』が発表されてから約70年。社会状況もメディア環境も変わった今、それでも多くの人たちの心を捉えるのはなぜなのでしょうか。

現代人の自意識にも揺さぶりをかける『人間失格』

『人間失格』とは、こんな物語です。

ある作家がバーのマダムから、ある男の写真と手記を受け取った。手記には東北の裕福な家に生まれた男が、道化を演じながら他人の承認を求め、やがて自意識にさいなまれながらも破滅的な行動をしていく様が書かれていた。

『人間失格』の面白みは、そのめくるめく自意識の洪水でしょう。縄のように絡まったナルシシズムと罪意識。そんな主人公に読者は「共感」してしまうのです。

主人公の大庭葉蔵は幼いころから家族を含めた他人のことが理解できず、内心では恐れながらも、愛情だけは求めてしまいます。そこで葉蔵が行ったのは「道化」になること。天然を装いながらユーモアある振る舞いをして笑ってもらい、周囲から愛されようとするのです。

自分が道化であることを自覚しながら承認を求めているので、自らの狡猾さにある種のナルシシズムを感じながらも、欺いている罪意識にさいなまれてしまうのです。そして、演技を見抜かれることを心の底から恐れています。

このような自意識は、現代人なら大なり小なり誰もが抱えているものでしょう。太宰はそこを深くえぐってきます。

太宰は読者に語りかけるような文体で小説を書きます。だから読みやすく「あるある」と共感しやすい。「自分のことが書かれている」と思う人も多いようです。『人間失格』は普遍的な自意識のことを書いているので、現代人にも「刺さる」のです。

入り口はたくさん! 漫画や映画にもなる『人間失格』

太宰作品はその人気から、近年になっても漫画化や映画化がされています。

伊藤潤二による漫画版の『人間失格』が全3巻で出ています。伊藤は『富江』などの作品で有名なホラー漫画家です。そのため漫画版の『人間失格』の登場人物は、深刻なホラータッチで描かれています。小説が苦手という人は漫画から入ってもいいでしょう。

また、昨年(2019年)は太宰治の生誕110年ということもあり、太宰原作の映画も上映されました。蜷川実花監督による『人間失格 太宰治と3人の女たち』はそのうちの一つ。「人間失格」というタイトルになっていますが、小説そのものの映像化ではなく、太宰の生涯をドラマ仕立てにしています。太宰役を小栗旬がやっていて、作品同様の破滅的なイメージに沿った太宰を演じました。さらには坂口安吾を藤原竜也が、三島由紀夫を高良健吾が演じていて、文豪たちのぶつかり合いも楽しめます。蜷川監督の持ち味である色彩豊かな絵作りも見どころです。

変わり種では佐藤友哉による『転生!太宰治』という小説もあります。これは太宰治が現代の日本に転生してくるという物語です。

時代が変わっても人々の心を捉える太宰作品。今後も作品の新解釈はたくさん出てくるでしょう。50年後、100年後にも『人間失格』のように思い悩む人はいるはずです。私たちが自意識の沼にはまりそうになったとき、太宰の作品はそっと寄り添ってくれるのです。

f:id:doda-media:20200420022008j:plain

『人間失格』
著者:太宰治
角川文庫
©2016 朝霧カフカ・春河35/KADOKAWA/文豪ストレイドッグス製作委員会

文=菊池良
文筆家。文豪たちの作品を愛し、それにまつわる書籍を執筆。主な著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』『芥川賞ぜんぶ読む』など。@kossetsu

編集=五十嵐 大+TAPE

【関連記事】
ノーベル文学賞作家・川端康成の『雪国』が描き出すものとは?【三分で読める名作劇場 #2】
意外とハードルが低い? 近代文学の金字塔『吾輩は猫である』のおもしろさ【三分で読める名作劇場 #3】
知る人ぞ知る小説の神様・横光利一。問題作『機械』が描く、人間の深淵【三分で読める名作劇場 #4】
世界を見る視線が変わる。国木田独歩『武蔵野』から得られるもの【三分で読める名作劇場 #5】
6年間ひきこもりを続けていたぼくが、“作家”になれたのはなぜか? 人生を切り開けたのは、「書くこと」があったからだった

page top