6年間ひきこもりを続けていたぼくが、“作家”になれたのはなぜか? 人生を切り開けたのは、「書くこと」があったからだった

うれしかったり楽しかったり、あるいは悲しかったり苦しかったり。「はたらく」とはそんな瞬間の積み重ねです。そして、その一瞬一瞬の連なりが、人生を彩っていきます。この連載では、各分野で活躍している人に「はたらくこと」についてのエッセイを寄稿してもらいます。第4回の寄稿者は菊池良さん。6年ものひきこもり経験のある菊池さんが、いかに社会に出て、作家として活躍できるようになったのか。その歩みを綴っていただきます。

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ひきこもり6年が就活を成功させた方法

2013年2月2日に、ぼくの運命は変わりました。

そのとき、ぼくは大学3年生でちょうど就活シーズンでしたが、まだ就活をやる前からその結果は絶望的に思えました。ぼくは高校中退後に6年ひきこもってから大学に進学しており、そのとき25歳でした。特に際立ったスキルもないので、普通に就活をしていたら苦労することが目に見えていました。

だから、ぼくはWebサイトを作って就職先を探すことにしました。それが「世界一即戦力な男」というサイトでした。

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このサイトを見た人が面白がってくれて、それで就職先が決まらないかと考えたのです。そして、その試みは成功しました。

ぼくはWeb制作の会社に雇われて、記事の執筆やコンテンツの企画をすることになったのです。さらにはこの活動がドラマ化されたり、書籍化されたりもしました。

今の仕事に就くことはまったくの予想外だった

Webサイトを公開したことで、状況は一気に変わりました。それが冒頭にも書いた2013年2月2日のことです。

その日を境に、ぼくのキャリアが始まり、今の仕事へと繋がっています。

サイトを公開するまでは、ぼくはWeb制作の会社に就職するなんて思ってもみませんでした。就職さえ決まれば、何をやっている会社でもいいと思っていたのです。

映像関係の会社ならその仕事をしようと思っていましたし、メーカーでも小売でもどこに決まろうととりあえずその仕事にチャレンジしてみようと考えていたからです。

普通は「自分は何がやりたいか」からスタートして、キャリアの展望を描いていくものだと思います。学生が「自分が何をやりたいかわからない」と悩んでいるという話はよく聞きますし、ぼく自身もそういう相談を受けたことがあります。でも、ぼくは「やりたいことなんて、仕事の選択基準にしなくていいよ」と思っています。

なぜそう考えるようになったかというと、ぼくの「読書体験」にあります。

「読書体験」で培った「文章を書けばいい」という処世術

ぼくは中学生ぐらいのころ、熱心に図書館へ通って本を読むようになりました。

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そのときよく読んでいた作家の名前をあげると、大槻ケンヂ、高野秀行、宮田珠己の3人。彼らに共通しているのは、「自分の体験を面白おかしく書く」というものです。

大槻ケンヂは『オーケンののほほんと熱い国へ行く』(新潮社)という本で、インドとタイを旅した体験を面白おかしく書いています。バンドマンの著者が初めて行く熱い国はカルチャーショックだらけ。しかし、その道中はタイトルのとおり、どこかのほほんとしている。軽い文体で書かれたとても笑えるエッセイです。

高野秀行は『幻獣ムベンベを追え』(集英社)で謎の未確認生物「モケーレ・ムベンベ」を探しにコンゴへ行く体験を書いています。自分たちでスポンサーを探し、現地語を覚え、ムベンベがいると言われている湖を目指します。かなり気合の入った珍道中です。

宮田珠己は『旅の理不尽 アジア悶絶篇』(筑摩書房)で旅先での不運な出来事を書いています。会社員の著者が、有給休暇を使い切ってトルコやパラオを旅する。魅力的なのはやはりその文体。詐欺にあってもギャグを連ねた文章で楽しく綴っています。当初は自費出版だったのですが、この本が話題となってメジャーな出版社から文庫化され、宮田さんは独立してエッセイストとして活躍しています。

また、書籍だけではなくインターネットに目を向けてみても、自分の境遇を面白おかしく書いている人はたくさんいました。

そういったものを浴びるように読んでいて、「ああ、何が起きてもそれを文章にすれば楽しくなるはずだ」と考えるようになりました。

いつも「書く」ことで自分は救われてきた

何を隠そう「世界一即戦力な男」も、自分の体験を書いたからこそ成功したものだと思っています。

あのサイトを公開したあとによく聞かれた質問は「本名なのか?」「実際の経歴なのか?」というもの。はい、本名ですし、実際の経歴です。高校を中退しましたし、6年間ひきこもっていました。それを逆手にとってああいう表現にしています。だからこそ、面白いと思うんですよね。

その後、就職して入った会社のメディアで書いていた記事もその延長線上にあります。

「なぜ仕事中はオフィスにいなきゃいけないの?途中で家に帰ってみた」。これも実際に帰りました。

「なぜ売り上げを使い切ったらダメなの?会社の経費でハワイに行ってきた」。これも実際にハワイへ行きました。

そして、このとき書いていた記事が読まれていたことで、転職や独立のきっかけにもなっていました。そういえば、ひきこもり時代もブログを書いていて、それに「面白い」という反応があったからなんとかなっていました。そう考えるとぼくはいつも「書く」ことによって救われてきたのです。

心のなかで「いつか自伝を書く」と思っているから怖くない

ぼくは「いつか自伝を書く」と決めています。そうすることで、今の状況を受け入れることができます。

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高校をやめてひきこもってしまっていたときは「ここは『第一章 ひきこもり編』だな」と思えますし、会社員をやっていたときは「今は『会社員編』だ」と思っていましたし、会社員をやめたときは「新章きた。『フリーランス編』に突入だな」と考えていました。

そして、自伝にするなら他人が読んで面白いものにしたいです。そうすると、状況の変化にも対応できます。なぜなら、同じ章がだらだらつづくと読者が退屈してしまいますよね。だから、状況が変わって「別の章」に移るのは必ずしも悪いことではないのです。

どんな状況になっても「今は○○編だ」と考えることができるのです。だから、ぼくは転職するときもフリーランスになるときも勇気を出せました。「いつか自伝を書くんだから」って。

楽しい自伝を書くために、ぼくは生きる

さて、状況はいつも突然変わりますが、それは悪い方向にも変わります。今年の始めから広がり始めた「新型コロナウイルス」がそうです。

外出することもできずに、家にこもっている日々がつづいています。まさか21世紀になってこんなに感染症が流行るとは思っておらず、まったくの予想外な状況です。

ぼくは幸いなことに仕事への大きな影響はまだ受けていませんが、数カ月後はわかりません。ひょっとしたら数日後に発熱して、症状が出ることもあり得ます。家族や友人が罹患したり、失職したりする可能性もあるでしょう。あるいは産業自体がなくなる未来も考えなくてはいけません。

しかし、どうにかこの状況を乗り越えて、新しい章を始めないといけません。だって、自伝の最後がバッドエンドだと読者のあと味が悪いでしょう? そうならないように、できるだけのことはします。ぼくの自伝は多くの人を楽しい気持ちにしたいのです。

そして、未来の読者を確保するためにも、できるだけ多くの人が生き残れるように最善の行動をしなければいけません。ぼくは自伝を、あなたに読んでほしいのです。

あなたもぜひ自伝をいつか書いてください。そして、それをぼくに読ませてください。そのときまでお互い生き延びましょう。

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三分で読める名作劇場

文=菊池良
作家。高校中退後、6年間のひきこもり生活を送る。その後、大学に進学し、就活のために立ち上げたサイト「世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ」が話題に。以降、制作会社を渡り歩き、作家へ転身。『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』『芥川賞ぜんぶ読む』など著書多数。@kossetsu

編集=五十嵐大+TAPE

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