「なんとなくストレス」を感じる…。そのストレスの正体は、心地よい環境にあるかも!?

皆さんは、職場のストレスというとどういうものを思いつきますか? たとえば職場の人間関係が険悪な場合や、上司がハラスメントを繰り返す場合、ほとんどの人がそれをストレスと自覚するでしょう。職場の温度調整がおかしい、嫌な臭いがする、騒音がひどい、お昼を食べる時間が少ない、などなどもストレスの源かもしれません。 ですが最近の企業はコンプライアンスの向上に努めているので、こうした「わかりやすいストレス」の解決は進んでいるほうだと思います。 他方で、「わかりやすいストレス」をキチンと解決している、環境が整った企業なのに、どこか原因のわからない窮屈さを感じてしまうような「なんとなくストレス」もあるのではないでしょうか。

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ホワイトな職場でも、背伸びしてついていくことがストレスにつながる

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一見、人間関係が円満で、上司と部下の間にハラスメントの気配もなく、明るく清潔で静かな職場のはずなのに、どこか気疲れする、しんどさを感じてしまう、そういった経験はありませんか?

世の中には、ホワイトな企業や職場環境に適応できる人と、そうとも限らない人がいるように私には思われます。まず、ホワイトな環境に適応できる人について。そういう人を、ここでは「ホワイトさん」と呼んでおきましょうか。

「ホワイトさん」は社内の人間関係が円満になるほど、コミュニケーションが丁寧になり、職場環境の居心地が良くなればなるほどストレスが減ります。礼儀作法に優れ、意識するまでもなくコンプライアンスを遵守して働ける人材。令和の模範とみなされる人材だと言えるでしょう。
 
ですが、誰もが「ホワイトさん」なわけではありません。社内の丁寧なコミュニケーションについていくために努力が必要な人、向上したコンプライアンスどおりに働くのが苦手な人、礼儀作法が得意とは言えず、ちょっと雑然とした環境のほうが居心地が良いと感じる人もいます。そのような人々にとって、ホワイトな企業の模範的な環境とは、背伸びをしながら適応せざるを得ないものではないでしょうか。

「わかりやすいストレス」と「なんとなくストレス」の違い

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昭和や平成の始めにかけては、前時代的な企業や職場環境がもっとたくさんありました。「わかりやすいストレス」がもっと当たり前のように存在していて、たとえばパワハラやセクハラなどが横行していたことを思えば、職場環境の改善は多くの人にとって望ましい進歩だったと言えます。

それでも、企業や職場環境がどんどんホワイトに変わっていけば、それにふさわしい礼儀正しい社員として、コンプライアンスを遵守する社員として私たちはキチンと振る舞わなければなりません。もともと礼儀正しい「ホワイトさん」にとって、そうした振る舞いの変化は自分の水準に周囲がやっと追い付いてくれるようなものですから、苦労する点など何もありません。しかし、そこまで礼儀正しくない人や、コンプライアンスからはみ出てしまいそうな人にとって、企業のホワイト化やコンプライアンスの向上は「なんとなくストレス」を伴うものではないでしょうか。控えめに言っても、苦労する点など何もない、などとは言えません。

礼儀正しく円滑なコミュニケーションの職場、ハラスメントとは無縁の企業に勤めたいと願う人は多いでしょうし、「わかりやすいストレス」を避けることを思えば、その願いはよくわかるものではあります。

ただし。「わかりやすいストレス」を最も避けやすい職場とは、礼儀正しさやコンプライアンス向上についていかなければならない、それに伴う「なんとなくストレス」を最も伴いやすい職場でもあるのではないでしょうか。

職場がホワイトであればあるほど、そこに勤める人は職場にふさわしい「ホワイトさん」でなければなりません。そうでないとしたら、ホワイトな職場とあなた自身のギャップのぶんだけ背伸びをしなければならないでしょうし、職場のなかであなただけが背伸びをしているとしても、周囲はあなたの苦労や「なんとなくストレス」を理解してくれないでしょう。「こんなにホワイトで居心地の良い職場なのに、どうして辛いの?」と首を傾げられてしまうかもしれません。

社会も人もホワイトになり、ストレスは目に見えなくなりつつある

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こうしたホワイト化やコンプライアンス向上は、企業だけに限らない、社会全体の風潮でもあります。

学生や新社会人も、前世紀に比べてホワイト化しているように見受けられます。私は一部上場企業に勤めている年下の社会人の方に会うたび、その礼儀正しさ、そつのなさに感心してしまいます。昭和世代を見るとそれとは正反対の印象を受けることがしばしばです。昭和世代の方のなかに、まだまだ前時代的で、ホワイトになってゆく社会に今にも振り落とされそうになっている人を見かけませんか。

ここでも、ホワイト化に楽々とついていける「ホワイトさん」とそうでない人の明暗が分かれます。社会全体のホワイト化は、「ホワイトさん」にとって何も悪いことはありませんが、そうでない人は背伸びをして、社会のホワイト化に何とかついていかなければなりません。社会全体のアベレージとして誰もが礼儀正しくなり、学校でも家庭でもコンプライアンスが向上すれば、そうしない人・できない人は悪目立ちすることになり、学校からも社会からもはじき出されてしまうでしょう。

背伸びし過ぎない環境が「なんとなくストレス」を減らす

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この、社会全体のホワイト化に伴う背伸びの大変さ、そこにある「なんとなくストレス」はあまり話題になることがありませんが、本当は、いまどきのストレスやメンタルヘルスを考えるうえで大きな問題ではないかと私は疑っています。なぜなら、誰もが苦労なしに「ホワイトさん」になれるわけではなく、近い将来、もっともっと職場や社会がホワイト化したとしたら、もっともっと背伸びを余儀なくされる人の割合が高まると思われるからです。

それでも、暴力やハラスメントといった「わかりやすいストレス」が溢れていた平成以前と比べるなら、「なんとなくストレス」を感じながらもホワイトに生きていける今の世の中のほうが断然マシだとは言えます。そのマシになった社会のなかで、自分が背伸びし過ぎずに働ける、ちょうど良い職場を探してみる値打ちは、あるのではないでしょうか。

その際、職場選びの基準を「できるだけホワイトな職場や企業に」と考えすぎるのは考えものです。人によっては、いちばんホワイトな企業や閑静な職場よりも、そうでない企業や職場のほうが「なんとなくストレス」を感じにくく、過ごしやすいかもしれないのです。

人間関係についてもだいたい同じことが言えます。「ホワイトさん」たちが楽しそうにコミュニケーションしているなかで、自分だけが無理に背伸びをしていて、その辛さを理解してもらえないとしたら辛くて続けていられません。職場も人間関係も、ホワイトであればあるほど良いと考えるのでなく、自分が無理な背伸びをしなくて大丈夫な加減を意識していったほうが、いちばん働きやすい職場、いちばん付き合いやすい人間関係に巡り合えるのではないかと、私は考えています。

文=熊代亨
編集=矢澤拓

【プロフィール】
熊代亨
1975年生まれ。信州大学医学部卒業、精神科医。地域精神医療に従事しながら、メディアにて現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信し続けている。著書に『ロスジェネ心理学』(花伝社)、『「若作りうつ」社会』(講談社現代新書)、『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)などがある。

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