勉強は頭の良し悪しではなく、技術的な要素が大きい
みなさんは普段、どれくらいの時間を勉強に充てていますか? 仕事に足りないスキルは自覚しているものの、それを補う勉強時間をなかなか確保できないという人は多いかもしれません。
2022年8月31日に総務省統計局が発表した「令和3年社会生活基本調査(生活時間及び生活行動に関する結果)」によると、有業者が「学習・自己啓発・訓練」に使う1週間の平均時間は、1日につき7分という結果だったそうです(職場研修などの時間は除く)。
出典:「令和3年社会生活基本調査結果」(総務省統計局)
「何か新しい情報を得たり、勉強したりすることは、誰にとってもすごく大切な行為です。だからこそ人間は効果的な勉強法というものを100年以上にわたって学術的に研究してきました。しかし、そういった知見が今の社会で広く共有されているとはいえません。
勉強というのは遺伝的に頭が良い・悪いなど、個人の能力の問題として評価されがちですが、実は技術的な要素がとても大きいのだということをお伝えしたいと思っています」(安川先生・以下同)
受験で叩き込まれた定番の勉強法は効果が低い?
効率性や学習効果という観点で考えたとき、受験勉強で「定番」とされている次のような方法は、科学的に見ても有用性が低い、と安川先生は指摘します。
- テキストを繰り返し読んで覚える
- テキストに蛍光マーカーを引いて、覚えたい内容を強調する
- テキストを見ながら書き写す
「例えば、ノートや教科書などのテキストを繰り返し読んで覚える方法は、試験対策などでよく使われていますが、学習効果は比較的低いとされています。
例えば、コロラド大学の大学生を対象とした研究では、約1,500~1,700語の文章を再読する・しない2つのグループに分け、2日後に内容をできるだけ思い出してもらう試験を受けてもらったところ、試験の成績に有意な差は見られませんでした。その理由のひとつとしては、同じ文章を2回目に読むときのほうが文章に慣れてすらすら読めるため、分かった気になってしまい、深い情報処理が行われにくいこと(流暢性の錯覚)が考えられます。
同様に、教科書や参考書の重要だと思う箇所にマーカーを引いたり、そのままノートに書き写したりする方法も、それだけでは学習効果が低く、長期的な記憶に定着させる方法としては向きません。『なんとなく勉強した気』になってしまう点にも注意が必要です」
科学的根拠に基づいた、効率的な勉強法
それでは、限られた時間の中で効率的に知識を身につけることのできる、学習効果の高い勉強法とは、いったいどのようなものなのでしょうか。安川先生がおすすめするのが、「アクティブリコール」と「分散学習」の2つです。
これらはいずれも、安川先生が大学時代に、日本の医師国家試験と並行してアメリカの医師国家試験を受験し、上位1%以内という高得点で合格した際にも実践していた方法だったといいます。
「医学部学生のときはとにかく勉強しなければならない量が膨大でした。そこで始めたのが、このアウトプット中心の勉強法です。アメリカの医師国家試験に高得点で合格できたのは、僕の頭がとても良かったからでも、記憶力が優れているからでもなく、実践してきた勉強法が科学的にも効果の高い勉強法だったからだと思います」
覚えたい内容を思い出す「アクティブリコール」
まずは、「アクティブリコール」とはどのような勉強法なのかについて教えていただきます。
「アクティブリコールは、テキストなどを読んだあとに、その内容を能動的に思い出し、記憶から引き出す勉強法です。何かを記憶に定着させる上で非常に効果の高い方法といえます。過去の研究でも、同じ文章を繰り返し読むよりも、読んだあとに思い出す作業をしたほうが、学習効果が高いということが報告されています。
このとき、より効果を高めるには、思い出す手がかりをできるだけ減らすことが重要だと考えています。元の情報が何もない状態で覚えたい内容を記憶から頑張って取り出そうとすることで、脳に負荷がかかり、記憶に定着しやすくなります。また、アクティブリコールは単に何かを暗記するだけではなく、理解を深めたり、知識を応用したりする効果があることも分かっています」
-アクティブリコールの実践法:白紙に書き出す
アクティブリコールのやり方はさまざまですが、ここでは、安川先生が学生時代から使ってきた白紙を用いた方法をご紹介します。
<用意するもの>
・勉強したい情報(資格試験の参考書や英単語帳など)
・白紙(要らないノートや使わないプリントの裏など)
・筆記具
「まずは覚えたい情報を読み、その後、その情報を見ないで内容を思い出しながらできるだけ紙に書き出していきます。アウトプットすることが目的なので、文字をきれいに書く必要はありません。覚えにくい内容や難しい内容は、ブツブツ声に出したり、誰かに教えているフリをしたりしながら書き出すと、より記憶に残りやすく、理解も深まります。
書き出し終わったら、必ず元の情報を見直し、忘れていたことを確認しましょう。できれば満足のいく情報量を書き出せるようになるまで、アウトプットと知識の確認(フィードバック)を繰り返すことが大切です」
間隔を空けて勉強する「分散学習」
アクティブリコールと組み合わせることで、より高い学習効果を発揮するのが「分散学習」です。
「分散学習は、時間を空けて勉強する学習法です。何かを長期的に記憶に定着させたい場合は、同じ時間をかけて勉強するにしても、時間を分散させたほうがより学習効果が高いということが、多くの研究で裏付けられています。例えば、資格試験のある範囲を一度に続けて2時間勉強するよりも、まず1時間勉強したあと、別の日にもう1時間勉強したほうが、時間がたったときに覚えていることが多いということです」
「連続的再学習」はあらゆる分野に有効
「アクティブリコール」と「分散学習」を組み合わせた学習方法は、「連続的再学習」と呼ばれ、あらゆる分野の学習において有効な方法だといいます。
「参考書や教科書を使った資格試験に向けた勉強だけでなく、語学学習はもちろん、普段の読書や情報収集などにも使える方法です。
例えば、一冊の本を読んでそのときは分かった気になっていても、1週間後には何が書いてあったかすっかり忘れてしまった、という経験は誰にでもあると思います。これはとても自然なことで、一度読んだだけのものはほとんど記憶に定着しません。
そこで、僕の場合は暗記アプリを使って、本を読みながら覚えておきたい知識があったら、それを問う質問形式に変えてフラッシュカードにしています。本を読み終わったあとに、それを見ながらクイズに答えるような感覚で繰り返し思い出す作業をするだけで、知識の定着がまったく変わります。ぜひ、自分に合ったやり方を見つけてみてください」
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忙しい中で勉強時間を確保するときの“心構え”
アメリカで医師として働き始めてからも、長い時間を勉強に費やしてきたという安川先生。多忙な中で、どのように勉強時間を確保しているのでしょうか。
「アメリカの医者の場合、比較的オンとオフがはっきりしているので、日本ほど長時間労働ではありません。ただ、忙しい妻に代わって育児と家事の大部分を担っているので、まとまった時間はなかなかとりにくい状況です。なので、スキマ時間をうまく使うようにしています。例えば、子どもの習い事を待っている車の中や子どもが寝たあとのちょっとした時間、お風呂に入っている間の読書の時間などです。
学生時代には、本を開けないような満員電車の中でよくアクティブリコールをしていました。電車通勤をしている社会人であれば、電車の中で昨日勉強したことを何も見ずに思い出してみるのはおすすめです」
時間の使い方や働き方も見直して
しかし、こうしたスキマ時間を活用する前に、ぜひ考えてほしいことがあると安川先生は話します。
「普段、自分が何に時間を使っているのかをぜひ見直してみてください。例えば、SNSや動画を長時間見ているのであれば、その時間を自分の成長につながるような勉強に充てていくのもひとつの方法ですよね。そうした時間が精神的な安定や癒やしにつながっているのであればすべてを削る必要はありませんが、ただなんとなく習慣になってしまっているだけなら、スマートフォンは時間泥棒なので気を付けたほうがいいでしょう。
時間の使い方を見直して、それでも本当に忙しくて時間がないのであれば、スキマ時間などを有効活用していくことになるわけですが、決して無理はしないでください。特に睡眠時間は、7時間以上しっかり取るようにしましょう。
どうしても時間がない人は、働き方自体を見直す必要があるかもしれませんね。アメリカでは“Hell Yes or No(絶対にやりたい、そうでなければお断り)”という表現がよく使われます。自分が進んでやりたいと思えない仕事はやんわりと引き受けないようにする。20~30代の方、特にキャリアの初期にいる方にはなかなか難しいとは思いますが、自分がやりたいことに優先的に時間を使えるような環境を意識してつくっていくことは大切なことです」
好奇心を持てることを勉強しよう
最後に、勉強の仕方に悩むビジネスパーソンに向けて、安川先生から応援メッセージをいただきました。
「最近はコスパやタイパという言葉をよく耳にしますし、キャリアに直結した勉強が重視されがちです。僕はそうした傾向に少し問題意識を持っています。
キャリアに関係なく、ただ自分が興味のある分野や好奇心を持てることを勉強するほうが、むしろビジネスパーソンとしての魅力、そしてオリジナリティや強みにつながっていくのではないかと思うんです。科学的にも、好奇心があるときのほうがやる気が出るし、知識も忘れにくいということが分かっています。ぜひ、純粋な好奇心に導かれるままに勉強にのめりこんでみる体験を、社会人になっても大切にしてください」
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まとめ
科学的に高い学習効果が実証されている「アクティブリコール」と「分散学習」。働きながら勉強にうまく時間を使えていなかったり、勉強しても思うように成果がでなかったりする方は、この機会にぜひ取り入れて、勉強法を見直してみてはいかがでしょうか。
その一方で、忘れてはならないのは勉強そのものを楽しむ姿勢。好奇心を持って勉強することで思いがけない自分自身の可能性を発見できることも、勉強のひとつの醍醐味といえるのかもしれません。
話を聞いた人:安川康介さん
1982年、兵庫県生まれ。2007年慶應義塾大学医学部卒。日本赤十字社医療センターにて初期研修後、渡米。米国ミネソタ大学医学部内科研修、テキサス州ベイラー医科大学感染症研修修了。米国内科専門医・米国感染症専門医。南フロリダ大学医学部助教。YouTube登録者数は約15万人、著書に『科学的根拠に基づく最高の勉強法』(発行部数8万部以上)がある。二児の父。
X(旧Twitter): https://x.com/kosuke_yasukawa
YouTubeリンク:https://www.youtube.com/@yasukawa
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