軸は複数持っておくといい。歌人・岡本真帆が考える「好き」や「得意」の見つけ方

日常の喜びや切なさを繊細に捉え、短歌に落とし込む歌人の岡本真帆さん。後編では、岡本さんが創作において大切にしていることや、好きや得意の見つけ方について伺います。

軸は複数持っておくといい。歌人・岡本真帆が考える「好き」や「得意」の見つけ方

2018年、Twitter(現X)に投稿した短歌がきっかけで、一躍有名になった歌人の岡本真帆さん。日常の些細な情景をとらえた作品は、短歌になじみがない人にも届きやすく、「私もこういう気持ちになったことがある」と多くの共感を呼んでいます。後編では、そんな岡本さんが創作において大切にしていることや、好きや得意の見つけ方について伺いました。

※インタビュー前編はこちら
歌人は「生き方」。日常生活を短歌にする岡本真帆が、会社員を続ける理由

約3年間のスランプ。それでも短歌を作ることはやめなかった

――岡本さんは、24歳で短歌を始めてから、いわゆる「スランプ」の時期はなかったのでしょうか?

2018年からおよそ3年間、スランプが続きました。いま振り返ると、短歌を見る目が肥えてしまい、自分の作品に厳しくなっていたんですよね。

2018年って、「傘」の短歌(前編参照)がTwitterでバズった年なんですよ。仕事で会う人からも「短歌の人ですよね」って言ってもらえるようになったのに、私はその時期、短歌を年間で5〜10首程度しか作っていなくて。「短歌の活動、全然できていないんだけどな」みたいな、後ろめたい気持ちがありました。いいねや拡散をたくさんされたからといって、それが歌の評価と一致するわけではないと、冷静に捉えている自分もいましたね。

約3年間のスランプ。それでも短歌を作ることはやめなかった

――バズりの裏で、そんな思いを抱えていらしたんですね。どうやってスランプを乗り越えたんですか?

2020年の夏に、縁あって歌集を刊行することが決まりました。1年以上時間をかけて第一歌集を作りましょうと、話を進めていたんです。ただ、2020年の年末になってもスランプを脱せなくて……。それでも歌集のために、どうにか短歌を作らなければと思い、友だちと一緒に、SNSで歌会をやっていました。

歌会のスタイルは、毎週1つテーマを決めて歌を持ち寄るというもの。それを繰り返して、作った短歌を人に見せているうちに、自分がまだ納得がいってないクオリティの歌を、人に見せることへの耐性がついてきました。

どれだけいい球が来ても、いいスイングで返せないかもしれない、と怯んでバットを振らなければ、ホームランは出ません。逆に、バットを振りまくっていたら、偶然でもホームランが出る可能性がある。そう気づいて、三振を恐れずにバットをブンブン振るようにしたら、歌がどんどん良くなっていきました。

――その時期、どんな短歌を作られていたんですか?

歌集にも載せている“南極に宇宙に渋谷駅前にわたしはきみをひとりにしない”という短歌があって、はっきり書いていないけれど、これは犬の歌なんです。「犬」っていうテーマで歌会をやったときにふと作れた歌で、できた瞬間「めちゃめちゃいい歌だ!」と、自分でも驚きました。

歌集を読んだ方からよく好きだと言ってもらえる“平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ”という歌を作ったのも、この頃でしたね。スランプの中で、それでも歌を作ることをやめずに発表し続けることを選んだから、苦しい状況を脱することができたし、歌集を刊行できたんだと思います。

誰しも、無駄なことに癒やされる瞬間がある

――スランプ以降は、どのように短歌を作っていますか? 前編で「仕事以外の時間を短歌に充てている」とおっしゃっていましたが、時間をとるのがなかなか難しそうです。

誰しも、無駄なことに癒やされる瞬間がある

午前8時から10時までは、短歌を作ったり、エッセイなどの原稿を書いたりする時間と決めています。喫茶店やファミレスに行って、何か書いていることが多いですね。家で作業することもありますが、場所を変えた方が、書くものの風通しが良くなる気がして。10時からは会社の仕事に集中します。仕事中に短歌のことを考えることはほとんどないですが、移動中や休憩中など短歌になりそうなものごとがフッと浮かんだときは、スマホのメモ機能を使って残すようにしています。

――いきなり短歌にするわけではないんですね。

昔はいきなり「五七五七七」にしたんですが、いまは、音数を気にせずメモをして、後で調整するようにしています。これは歌にするかわかりませんが、今日コンビニで、エビチリのレトルトパウチを買ったんですよ。袋は要りませんと言って、ズボンのポケットに冷たいエビチリのパウチを突っ込んで歩いていたんですが、ポケットに一緒に入れていたスマホが急速に冷たくなっていくのがわかって。

これは短歌にできるな、と思ったので「袋いりません」「エビチリのパウチ」「ポケット」とその場でメモをしました。卵に熱を加えると、もう生卵に戻らないように、状況を細かく描写してしまうと、形を戻せなくなるんです。なので、なるべく加熱する前の形で、短歌未満の素材だけ置いておく。あとでそのメモを見て「これで歌が作れる」と思えば、そのときに具体化するようにしています。

――岡本さんの短歌には、身近な言葉がたくさん使われていて、共感できるポイントが多い点も人気を集める理由の1つだと思います。SNSでシェアしたくなる人も、きっと多いですよね。

私にとって、短歌を作るのは、石を拾って磨くような行為なんです。私が拾う石は、素朴な石もあれば、磨けばダイヤモンドみたいに光る石もある。なんでもない日常の一コマや、言ったって仕方がないようなことも、歌にしたらどうなるか試したい気持ちがあります。

自分でも、本当に無駄なことをたくさん短歌にしているなと思うんですよ。でも、無駄なことに癒やされたり、目的のない遊びに救われたりする瞬間って、実はたくさんあると思っているんです。

――ネットで検索すれば、正しそうな答えがすぐに見つかる時代ですが、そこにたどり着くまでの道中に、実は楽しみが詰まっていますよね。

寄り道の喜びって格別で、胸が躍るようなとてもいいものですよね。けれど、ネットで検索してたどり着けるのは、ほとんどが何かをやり終えたあとの、結果のこと。何かを成し遂げた人、諦めた人、自分じゃない誰かのいろんな経験、結果が出てきます。本当に魅力的なことって、実は検索しても出てこないんじゃないかなって思うんです。たくさん寄り道をして、自分だけの大切なことにたどり着くのが大事なんじゃないかと思います。

他者と関わることが「好き」や「得意」を見つける近道

他者と関わることが「好き」や「得意」を見つける近道

――20〜30代のビジネスパーソンの中には「自分は何が好きなんだろう?」「やりたいことが見つからない」と、悩んでいる人も多いと思います。それが見つからないが故に、現状維持にとどまってしまう人も。岡本さんは、自分の「好き」や「得意」をどのように見つけてきましたか?

「この人はこれに異常にこだわるけど、私はあまり興味ないな」とか「私はこの人の前で、この話題のときものすごく早口になるな」とか、人と話しているときに、自分の趣味嗜好が見えてくることがあります。そうやって、自分の反応を観察してみると、好きなものや苦手なものを見つけやすいのではないでしょうか。

「得意」も同じで、「他の人より簡単にできること」を見つけるには、自己分析だけでは難しい。他者と関わって、役割を与えられたり、褒められたりすることで、自分の得意が見えやすくなるのだと思います。

――「好き」を仕事にするのは簡単ではないと思いますが、どうすればそこに一歩近づけると思いますか?

遊び感覚でいいので、とりあえず始めてみることでしょうか。失敗したくないという気持ちから、最初にあれこれ考えてしまう人も多いと思いますが、遊びなら結果を気にしなくていいですよね。楽しく遊んでいるうちに、それが仕事になることもあるし、「これは趣味でいいや」と思うこともあるかもしれません。回り道や道草をたくさんして、自分に向いているものを手元に残していくといいと思います。

――結果を急がずゆるやかに取り組んでいるうちに、自分に合った方向性が見えてくることもありそうですね。

私自身は「短い言葉で何かを伝える」という得意なことがベースにあり、それを活かす方向を模索しているうちに、短歌に行き着きました。短歌が作れるようになった今は、それに好きな映画や漫画を掛け合わせて、作品をテーマに歌を作るようなこともあります。そういうように、まずは「得意」を探して、「好き」を少しずつ混ぜていくやり方もありかなと思いますね。

――何か1つのことを貫くのが格好いいと思われがちですが、軸を複数持っておいてもいい気がしますね。

そうですね。対象が何であれ、何かに打ち込んだり夢中になったりすることは、絶対に無駄にならないと思うんです。複数の道が後で集約されていくような、伏線回収みたいなことも、もしかしたら起こるかもしれない。好きや得意がなかなか見つからない人は、少しでも興味があるなら、無駄かもしれないこと、余計だと思えることであっても、どんどん手を出してみるといいんじゃないでしょうか。

完璧になろうとしなくていい。でこぼこな自分を楽しんで

――ありがとうございます。最後に、20〜30代のビジネスパーソンである読者の方へのメッセージをいただけますか。

私のことをSNSで知った人は、もしかしたら「好きを仕事にして成功した人」だと捉えているのかもしれませんが、私自身は、そう感じていないんです。楽しいことや、好きなことに取り組んでいたら、ここまで流されてきて今の自分になったという感覚です。この先、不安が全くないといったら、嘘になりますしね。

20代だから、30代だから、こうあるべきという決まりはない。その年代なりの不安はあるけれど、あまり深刻にならずに。完璧になろうとしなくていいので、でこぼこな自分を楽しんでいけたらいいんじゃないかなって思います。

読者へのエール

※インタビュー前編はこちら
歌人は「生き方」。日常生活を短歌にする岡本真帆が、会社員を続ける理由

【プロフィール】
岡本真帆(おかもとまほ)
1989年生まれ。高知県中村市(現・四万十市)で育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。2022年3月、第一歌集『水上バス浅草行き』をナナロク社から刊行。現在はフルリモートで会社員をしつつ、歌人の活動を続けている。2022年6月より、高知と東京の二拠点生活を試行中。
公式サイト
X:mhpokmt

【関連記事】
ピアニスト・ハラミちゃん誕生秘話! 会社員時代の休職を経て、リベンジはここから始まった
自分に矢印を向けてみる。元バレーボール女子日本代表・大山加奈が現役時代に学んだ努力の方向性
弱音を吐いて、他人の力を借りてもいい。アスリートとして過酷な経験を積んだ大山加奈が語るはたらくヒント

page top