わたしは何しに東京へ? 28歳過労女子が「二拠点生活」を始めるまで【二拠点生活のリアル#1】

北海道と東京の二拠点生活。その働き方を叶えるために、会社を辞めて独立したライターの宿木雪樹さん。直線距離にして800kmを月1回往復する生き方を選んだのはなぜか。自身の体験を振り返りつつ、新しいライフスタイルである「二拠点生活」のメリットやデメリットについて綴ります。

東京に行くことは目標であって手段じゃなかった

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わたしは、北海道のちいさな町で生まれ育ちました。

テレビに映る東京の街並みや人々は、もはや異世界でした。「東京に行くには許可証が必要」という親の冗談を、中学生くらいまで本気で信じていました。

メディアに登場する東京の人たちには、肩書きがあり、意見や行動が洗練されていました。おもしろいニュースやあこがれの人は、全部メイドイン東京。わたしはテレビや雑誌に食いついて、ビル群の谷間をさっそうと歩く自分を想像してみたものです。

田舎の高校生には、進路ともう一つの選択に迫られます。故郷を出るか、否か。多くの友人は故郷から出る意味を感じないと笑って、腰を下ろしていました。

でも、わたしには目標がありました。それは、何者かになること。あの東京の渦のなかで、わたしも何かを語ってみたい。ただその好奇心だけで、東京を選びました。

東京の大学に進学したわたしは、アッという間に考えるのをやめました。東京には出会いや情報、感動が窒息するほどあふれていて、何もしなくても何かしている気がしたからです。

ただそのまま濁流にのまれておけば、いつのまにかスゴイ人になれる。それが、わたしの人生最大の勘違いでした。

東京を選んで東京に選ばれなかったわたし

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就職後、わたしは夢見たビル群の谷間を歩く一人になりました。けれど、砂の一粒になって見る東京の風景は、想像の真逆です。青空が狭いこと、空気が苦いことを知りました。

東京にいながら東京を活かせない自分を認めるのは悔しい。だから、せめて仕事を通じて何者かになってやろうと、身を粉にして、もはや粉砕してはたらきました。

その間、真剣に生きる人々と出会う機会が増えました。彼らに共通しているのは、東京にすがって何者かになろうとしているのではなく、何かを目指して東京で生きているところです。わたしは、そもそも東京に来る理由を間違えていたのかもしれません。

家、山手線、会社のループを繰り返す日々のなかで、わたしは東京に選ばれる人材ではなかったことを自覚していきました。ただ仕事があるから東京に居座るのは、正しいんだろうか? そんな問いが、ちらちらと顔を覗かせました。

わたしに足りていなかったのは、そんな「Why?」に答えるための、わたしらしいはたらき方のビジョンです。けれど、わたしらしいはたらき方について考える間もなく、会社らしいはたらき方、東京らしいはたらき方がわたしを目まぐるしくアップデートしていきました。

自分のWantに導かれて決めた二拠点生活

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焦りのなかで過労に過労を塗り重ねたわたしは、ぶどう膜炎という目の病気を患い、休職することに。光を見ると眼球に激痛が走るため、これまで依存していたPCもスマホも見られません。

不安を紛らわすタスクや情報源がなくなって、ようやくわたしははたらき方について考えはじめました。ライトを消した部屋にこもり、汚く乱れた文字でノートにたくさんのWantを書いていきました。

・睡眠時間を確保して、健康に仕事がしたい
・仕事だけでなく暮らしにも真剣に向き合い、どちらも改善していきたい
・会う人や仕事の数、タイミングを自分でコントロールしたい
・丁寧に人々のしあわせに貢献する仕事に携わりたい

並んだ言葉を見返せば、そこに東京の必然性はありませんでした。東京にいたって叶えられるけれど、東京でなくてもできる。この発見で、拠点の選択肢が増えました。

さらにわたしは、自分の苦手なものをリストアップしたり、理想の生活がどんなものなのかを図にしてみたり、あらゆる方法でキャリアを見直す材料をそろえていきます。

満員電車が嫌い、オフィスの電話にベル2回以内で出るのが苦手。庭でハーブを育てたい、日中は蛍光灯を消して自然光のなかではたらきたい。

わがままかもしれないけれど、そのわがままを聞いて実現していくのは、ほかでもない自分しかいないのです。こうやってかき集めたわがままが東京に結びついた人たちの集合体が、わたしがあこがれた東京なんだと、いまさら気がつきました。

ふるさとを拠点にしてみたらどうだろうか。

そう考えたのは、28歳のころです。導かれるように、Uターン移住の実体験について調べはじめました。地方での転職の難しさ、キャリア選択の狭さ。周囲の目が気になる、やることが少なくて飽きる。たくさんの生々しい声と、自分の将来像を重ねました。

東京の仕事はしたい、でもふるさとで暮らしたい。ときどきは新しい出会いも欲しい、けれども普段は自然のなかで、ひとりの時間を大切にしたい。「東京」と「ふるさと」、どちらにも欲しいものは残りました。

だったら、どっちも。答えは、Uターン移住ではなく二拠点生活でした。

わがままを叶える拠点を自分で探して

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二拠点生活を目指して、二拠点生活をはじめたわけではありませんでした。わたしのわがままを全部詰め込んだはたらき方は、二拠点生活しかなかったんです。

移動時間が増えすぎる、東京の仕事を北海道で取る方法、不在時の生活はどう維持する?

そういった課題に頭を悩ませたら、今まで重ねてきた試行錯誤のノートを見返して、何がなんでもクリアしてやる、と自分を奮い立たせました。

ふるさとから東京へ出る理由は、人それぞれです。そもそも理由なんてはっきりしないけれど、ただはたらくためにその渦に飛び込む人もいるでしょう。けれど、時を重ねるうちに違和感を覚えることもあるかもしれません。目標が変わることだってあるでしょう。

そのときには、思い返してほしいです。自分がどうはたらきたいのか、どう生きたいのか。そして移ろいゆく自分自身を整理して、一番自分に合った拠点を選べばいいと思います。ふるさとでなくても、海外でも、やはり東京でも。そして、拠点は複数だって構わないのです。拠点は自分を支える基盤です。流れではなく、自分の意志で選ばなければ。

リモートワークが浸透してオンラインコミュニケーションが普及すれば、あなたが今どこにいるか重視するのは、きっとあなたしかいません。

ぜひ、自分のわがままに正直になってみてください。

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文・写真=宿木雪樹
編集=五十嵐大+TAPE

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