- がんばりすぎる原因は、「トラウマ」にあり?
- トラウマは、自分が気付かぬうちに抱え込んでいるもの
- がんばりすぎる自分のためにできること:トラウマについて知る
- がんばりすぎる自分のためにできること:心の段階別の対応案
- まとめ
ビジネスパーソンにとって、努力することも時には大切。しかし、心身に負担を感じつつも「がんばることを止められない」状態であれば、黄色信号なのだとか。
今回は『がんばることをやめられない コントロールできない感情と「トラウマ」の関係』(KADOKAWA)の著者、秋葉原saveクリニック鈴木裕介院長に、自分をコントロールしつつ働く方法について、伺います。
がんばりすぎる原因は、「トラウマ」にあり?
今の自分は「適度にがんばっている」のか「がんばりすぎている」のか。自分自身ではなかなか判断がつきにくいものです。まずは鈴木先生に、がんばりすぎてしまう人の特徴と、その背景について解説してもらいました。
自分の意思に反し、がんばりすぎてしまう人の特徴
「がんばりすぎてしまう人は、他者配慮的な傾向があります。つまり自分のことよりも相手のことを優先してしまう人です。自己犠牲的な人とも言えますね。難しいのは、会社組織にとって、そのような人は、とてもありがたい存在です。周囲から頼られて人望があり、仕事でも高い成果を上げていることも多いため、本人も周囲もそこに無理が生じていることに気づきにくいケースがあります」(鈴木先生、以下同)
例えば、やりたくない仕事や負担の大きそうな仕事を頼まれても、断るどころか笑顔で引き受けてしまう人などが当てはまる、と鈴木先生。やがて引き受けてから、余裕がなくなってしんどくなったり、後悔をしてしまったりするといいます。ではなぜ、自分の気持ちとは裏腹な対応をしてしまうのでしょうか。
がんばりすぎてしまう人の心の中はどうなっている?
「他者配慮的な人は自分よりも相手を優先するので、仕事を断ることによって相手に失望されるくらいなら、無理をする方がいいと判断してしまうわけです。
もちろん、人には多かれ少なかれ、相手に失望されたくないという気持ちはあります。大事な人のためであれば、多少の無理をしてみようかと迷うこともあるでしょう。けれど、がんばりすぎてしまうタイプの人は、自分と他者との天秤の傾きが一方的なのです。どちらを優先すべきか迷うまでもなく、原則的に他者を優先してしまいます」
強過ぎる他者配慮的な思考の根本には、「トラウマ」が潜んでいる?
がんばりすぎる人は、他者に失望されたくないという思いが強いがあまり、無意識のうちに自分の気持ちをないがしろにしてしまっているようです。この強過ぎる他者配慮的な思考の原因を探っていくと、「トラウマ」に行き着くことが多い、と鈴木先生は指摘します。
トラウマは、自分が気付かぬうちに抱え込んでいるもの
「トラウマ」と聞くと、戦争や災害、事故などによってもたらされるものというイメージがありますが、がんばりすぎる人が抱えるトラウマとは、どんなものなのでしょうか。鈴木先生に具体的な事例とともに解説してもらいます。
想像よりも身近で、心に影響をもたらすトラウマ
「トラウマとは、心身に大きな影響を及ぼした過去のできごとによって生じた、心の傷のことです。自分には関係のないものと思っている人も多いかもしれませんが、実はトラウマは想像より身近で、簡単に私たちの心へ影響を与えてしまいます。
よくある例としては、子どものころに両親がよく喧嘩をしていたり、親の機嫌が安定せずにすぐに怒られたりするような環境だと、安心を感じることができません。すると、子どもは大人の機嫌を気にして、顔色をうかがうようになります。自分よりも他者のことを常に気にして生きることが、最適な生存戦略となるのですね。
子どもは親など保護者の助けがなければ生きていけません。自らの環境の安全が脅かされるかもしれないと感じる経験をすることは、まだ心の容積が小さい子どもにとって『生命の危機』であり、トラウマと言って差し支えないものなのです。必ずしも、戦争や災害といった大きなできごとでない場合であっても、人は生命の危機を感じているんです」
職場でも経験しがちなトラウマがある
鈴木先生は「命が危険に晒された際に感じる恐怖とトラウマの関係については理解が広がっているものの、社会的な立場が危うくなった時に感じる恐怖もトラウマにつながることがある」と続けます。例えば、大勢のクラスメイトの前で恥をかき、学校に行けなくなってしまった、といった状況もこれに該当するといいます。
「さらに職場であれば、以下のようなケースもあるでしょう。
例えば、上司や取引先など立場が上の相手から厳しい叱責を受けることで、叱責をした相手だけでなく「特定の性別・年齢層」など同様の属性を持つ相手に恐怖やストレスを感じてしまうケース。さらに、慣れない電話対応でミスをして以来、電話だとうまく話せなくなり、失敗が重なることで電話の呼び出し音にも恐怖感を持つようになるケースなどもあります。過去の恐怖体験や傷つき体験によって記憶された恐怖や身体反応が、その体験と似た特定の状況によって、何度も再現されてしまうのです」
トラウマから生じる「解離」が、自分をコントロールできない状況を生む
トラウマはさまざまな状況から生まれ、多くの人にとって身近なものであることがわかりました。このトラウマが「がんばりすぎる」状況につながる流れを鈴木先生はこう説明します。
「トラウマによって強いネガテイブな感情が呼び起こされると、人はそのダメージを回避するために、つらさを感じる自分を切り離し、心身の接続をオフにしてやり過ごします。これを『解離』と言います。これは、自分を守るための生存戦略です。
ただ、そこで解離されたものはなくなったのではなく、心の奥深くにフタをされた状態で残っています。解離によって封じているおかげで、日常を上手く回すことができるのですが、普段、意識できないレベルのところに封じる必要があるため、トラウマに関する感情が生じたときには、それをコントロールすることは非常に困難になってしまいます。
例えば、さまざまな疲れやストレスによって、自分のキャパシティ(余裕)が失われたり、過去のトラウマ体験が刺激されたりするような出来事があると、封じていた感情(怒りや恐怖など)が、些細なことでもとても強く揺さぶられやすくなってしまいます。そのため、突然人が変わったように怒りを爆発させてしまったり、大切に思っている人に対して悪意のある態度をとってしまったり、といった形で現れることもあります。
がんばりすぎてしまうという反応も、『他者を優先しないと危険だ』『自分は限界まで努力しなければ、周囲から必要とされなくなってしまう』と感じざるを得ない環境を生き延びてきた、その生存戦略の名残である可能性が高いです。
がんばりすぎる自分のためにできること:トラウマについて知る
どうやら、がんばりすぎてしまう人の中には、トラウマが原因で自分を正しくコントロールできなくなっているケースがあるようです。では「限度を超えてがんばることを止めたいのに止められない」状況を改善するには、どんなことから取り組んでいくべきなのでしょうか。鈴木先生にアドバイスをいただきます。
まずは、傷ついた自分を否定しないこと
「先ほど、幼少期からのさまざまなトラウマの例についてご紹介しましたが、最初にしっかりとお伝えしておきたいのは、何をつらく感じるかは人それぞれでまったく異なるため、他の人と同じものさしで考えるべきではない、ということです。課題と本人の反応の大きさは相対的なものです。例えば、三角関数の問題を解く難しさは、回答者が小学生か大学生かで全く違います。
例えば、上司からの厳しい叱責に気絶しそうなほどのダメージを受ける人もいれば、軽く受け流せてしまう人もいます。それは、揺れてしまうだけのトラウマを抱えているかどうかの違いが大きいのです。単なるタフネスの問題でないにも関わらず、そこが理解されず、ダメージを受けた人に対して『メンタルが弱い』『甘えている』とさらに叱責をする人もいますし、何も言われなくても受け流す人と自分を比べて『自分は弱い』と自分を責めてしまう人もいるわけです。
何よりもまずは、傷ついた自分を否定しないこと。周囲から否定されても、そのことによってさらに傷つく必要はないことを、頭に入れておきましょう」
トラウマの根本解決は、簡単にできなくて当たり前
トラウマの問題は非常に複雑なため、定型的に「こうすればいい」ということはなく、簡単なものでもないため、専門家と相談しながらしっかりと準備をして扱うことが望ましい、と鈴木先生は言います。根本的な解決を考えたい場合は、トラウマ治療を専門とする医師や心理士などに相談する方がよいでしょう。続けて鈴木先生は、今、自分でできることとして、こんな提案をします。
「トラウマの根本的な解決は簡単にはできませんが、トラウマによって生じる心の動きを知っておくことは力になります。『コントロールできない感情は、トラウマによる反応かもしれない』『今感じている強い恐怖や怒りは、過去のトラウマによって増幅されているのかもしれない』と理解することで、ある程度反応を予測することができ、対処がしやすくなったり、過度に自分を責めることを防げたりする場合もあるでしょう」
がんばりすぎる自分のためにできること:心の段階別の対応案
最後に、がんばりすぎる状況改善のためにできることを、具体的に紹介します。鈴木先生が語る、段階別の対応案は?
心身にある程度のキャパがあれば、リスクを減らす対策を
まずは、自分ががんばりすぎているなという自覚があり、このままではいけないのでなんとかしよう、という気持ちがある段階で、できることを紹介します。
「まずは何よりキャパシティが大事です。トラウマに関する反応は、自分のキャパシティがなくなったときに一気に起こりやすくなります。逆に言えば、キャパシティが確保できていれば、揺れにくい状態を維持できるのです。
がんばりすぎてしまう人は、自分がギリギリまでがんばっていないことに、違和感や居心地の悪さを感じてしまうものですが、キャパシティがなくなると『もっとがんばらなきゃ』という気持ちに掻き立てられて、悪循環に陥ってしまいがちです。違和感があるものだと、ある程度割り切って、動きすぎない練習に少しずつ取り組んでみましょう。
そして、キャパを広げるために、もし信頼できる相手がいれば頼ることが大切。この『信頼できる』というのが重要なポイントで、ピンチの時に頼れる相手がいれば、仕事をする上でも人生を生きていく上でも、ハードモードな状況を回避できます。そして、信頼できる相手を選別する能力は、「スキル」として高め続けることができます。それは、人生の幸福度や充実度と直結する一生物の技術になり得るものです。
もしそういった相手が思い当たらない場合は、立ち止まって、自分の現在の状況を把握するようにしましょう。自分にとって必要なものとそうでないものを整理して、大事な仕事、大事な人の優先順位をつけていくといいですね」
優先順位によってあらかじめ対応を決めておけば、仕事を頼まれた時に他者配慮的に無条件で引き受けてしまう状況に、ブレーキをかけられるかもしれません。それは『がんばる』という戦略の適応範囲を、段階的に狭めていくということです。それほど重要でもなく、自分にとって影響も少ない相手に対して、少しずつ手放していくことに慣れていくのはどうでしょうか」
心身に余裕がなければ、倒れる前にゆっくりしよう
「心身がぎりぎりな状態であれば、本来は休む選択をできるようになることが望ましいと思います。休むことに対する罪悪感や恐怖は非常に大きいものですが、燃え尽きたり、限界がきて突然倒れてしまったりする前に休んでいただいた方が、結果的には周囲への影響も少なく済む可能性は高いです。一度休む経験をしたことで『止まるって、もっと怖いかと思った』『がんばることから降りられてよかった』とおっしゃる方も少なくありません。
がんばることはとても尊いですが、そこから降りたいという気持ちを認めることは、決して恥ずかしいことではありません。少しずつやり方を変えながら、状況によっては『降りる』という選択が取れるようになることは、生きることの選択肢を大きく広げてくれるものだと思います」
まとめ
ビジネスパーソンは、ともすると誰もが「がんばりすぎ」になりがち。その理由はさまざまですが、もし自分でコントロールができない状態であれば、トラウマとの関わりを考えてみてはいかがでしょうか。また、原因にかかわらずがんばりすぎる人にとって、キャパシティの管理は大切です。まずは一度、自分の仕事や人間関係について見直し、バランスのよい働き方を探ってみましょう。
話を聞いた人:鈴木裕介 院長
内科医・心療内科医・産業医・公認心理師。2008年に高知大学医学部卒業後、一般内科、へき地医療などを経て、マネジメントを学びコンサルタントとして病院の組織改革に関わる。2018年、安心の拠点をコンセプトとした秋葉原saveクリニックを開院。
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